21、過去、そして……?
放課後の幽霊部の活動は、昨日と同じく、空き教室で行われることになった。
ただ活動といっても、何をするかは決めておらず、優太はイスに腰掛けて、隣のイスに座っている桃音と顔を見合わせていた。
「ねえ、優太くん」
「……なんですか?」
「その……柚莉香ちゃんなんだけど」
おずおずと口を開く桃音。優太は何も言わず、机に頬杖をつく。
視界の端で、雪が壁に凭れかかって腕を組んでいるのが見えた。
「今日お話とか、した?」
「いえ……」
「そうなんだ……」
特にすることがない。となれば自然に話題が昨夜のことになるのは、仕方ないといえば仕方ないことだろう。もし優太が桃音の立場であれば、同じような質問をしていたはずだ。
「どうして幽霊の真似なんかしたんだろうねー」
首を傾げて桃音が呟く。その顔は、心の底から不思議に思っていることが、ありありと窺えた。
「……俺のことバカにしたかったんですよ」
頬杖をついたまま優太は、桃音から顔を背けるようにそっぽを向く。
「柚莉香は昔から幽霊なんかいないって言ってた。初めの頃は俺に付き合ってくれてたけど……。幽霊部に入るって言ったときもバカにされた」
小学生の頃は小学校の七不思議を調べて、二人で実在するのか探した。結局見つからなかったけれど。
こっくりさんもした。失敗したけれど。
心霊スポットに行ったり、心霊写真を撮ろうとしたり、すべて失敗に終わったけれど、それでも柚莉香は、ずっと付き合ってくれていた。
それが今では……どうだ。
「あいつが変装して幽霊の真似をしてたのは、俺のことをバカにするためだったんだ。幽霊なんかいないって分からせるためだったんだ」
「……でも優太くんは、知ってるでしょ?」
苦々しげに呟く優太に、桃音が言う。見れば桃音は、少し眉根を寄せて、どこか困ったような、苦笑したような顔で、優太を見つめていた。
「幽霊さんは実在する。ユッキーだって視てる。それなのにどうしてそこまで怒るの?」
そう言って桃音は首を傾けた。
優太は答えに詰まり唇を閉じる。
確かに、いくら柚莉香に幽霊がいないと言われても、実在することを優太はもう知っている。それこそ逆に、幽霊はいないという主張を笑い飛ばしてしまえばいいのだ。
「それは……そういうことじゃなくて……」
「う?」
優太の独り言に桃音が聞き返す。
――そう。優太が怒ったのは、そこじゃない。別にバカにされることは構わないのだ。だって幽霊が存在することを知っているのだから。
優太が怒ったのは、もっと違うところ。
「……」
昨夜のことが優太の脳裏に浮かぶ。白いワンピースと、帽子、下ろした長い黒髪――。
「あの格好、写真のものと似ていたな」
静かな雪の声が突如、教室に響いた。
「写真?」
雪の発言に目を瞬く桃音。
対して隣のイスに座る優太は、びくりと肩を揺らした。
そんな優太の反応を見て、雪が切れ長の目を細める。
「それが関係してるんじゃないのか?」
足音を立てず、雪は滑るように優太の前へ移動した。机を挟んだ向かいから優太を見下ろす。
疑問を露わにした桃音の視線と、見透かすような雪の視線を感じて、優太は一度俯いた。しかし黙ったままではどうにもならないだろうと、再度顔を上げる。
「……ユッキー先輩の言う通りです」
溜め息と共に、優太は話し出した。
「柚莉香のあの格好は、俺の姉貴の好きな格好でした。俺と姉貴と柚莉香は昔よく一緒に遊んでたから、柚莉香はそれを知ってる」
優太の言葉を聞いて、桃音が「あっ」と声を上げた。優太の部屋にあった姉の写真と、昨夜の柚莉香の格好がそっくりだったことに、今さらながら気付いたのだろう。
「俺が幽霊を信じているのは――姉貴がそう言ったから。死ぬ間際に『幽霊になって傍にいる』、そう言ったからです」
優太の脳裏に、そのときのことが蘇る。まるで本の一ページのように、断片的ではあるが、そのときのことだけは鮮やかに思い出せた。
両親がおらず、幼すぎて両親の記憶がない優太にとって、家族と呼べる人は姉――三鷹優香だけだった。優太は優香のことを慕っていたし、それは優香も同じだったと、優太は思う。
だがある日、優香は事故に遭った。病室で治療用のコードに繋がれた優香を、泣きじゃくりながら優太は見ていた。その死ぬ間際に、優香は言ったのだ。
『お姉ちゃん、幽霊になってずっと優太の傍にいるから』
それは泣きじゃくる弟を慰めようとした、姉としての嘘だったのかもしれない。
けれど優太は、それを信じた。たとえ優香が死んでも、独りぼっちにはならない。だって見えなくても、優香が傍にいるのだから。
「だから俺は、幽霊は絶対にいるって思ってる」
幽霊は存在する。それはイコール、優香も存在するということ。
「だから幽霊部に入ったんだね」
桃音の呟きに、優太は首を縦に振った。
幽霊と関係するものに首を突っ込めば、もしかしたら優香を見つけることができるかもしれない、そう思った。
「……柚莉香は、それを知ってた。それなのにあいつは、幽霊の真似を……姉貴の真似をして……」
アパート前でその姿を見て、優太は本当に嬉しかったのだ。優香に会えたと思ったのだ。
それなのにすべて、嘘だった。
例えば、柚莉香の幽霊の格好が、もっと違うものだったら、優太はここまで怒らなかったかもしれない。何してるんだよ、と柚莉香の行動を笑い飛ばせていたかもしれない。
「バカにするにしても、悪質すぎだろ……」
雪は何も言わず、掠れ気味の優太の言葉に耳を傾けていた。何を言えばいいのか分からないのだろう。
……しかし桃音は違った。
「うーん……」
桃音は腕を組んで、バランスを崩すんじゃないかと思うほど、体を横に傾けていた。眉を寄せ、唇を尖らせて何かを考え込んでいる。
「モモ先輩?」
おかしな桃音の様子に、優太は不審気な目を向けた。
「柚莉香ちゃん、人を騙して楽しむような子には見えないんですよー」
むむむ、と唸りながら、桃音は言う。
「しかもあんな可愛い子が、夜中に人通りの少ない道に立つんですよ? 怖くないですか?」
「それは、まあ……」
「優太くんを騙すためだけに、そんなことをするようには思えないんです。何か理由があったんじゃないかなーと思うのですよ」
傾けていた体を真っ直ぐに正して座り直すと、桃音は顎に指を添えた。顎を指で摘まむ姿は、隠された事件の謎を解こうとする探偵のようである。
「理由って?」
「それは分からないけど……」
尋ねる雪に、桃音は肩を竦めた。
優太はそんな二人を、黙って見つめていた。
桃音の言うことは、確かに一理あるような気がする。幽霊の、しかも優香のフリをわざわざ、優太を騙して楽しむだけのためにするようには思えない。柚莉香だって優香と仲がよかったのだ。優香が死んだとき、優太と同じくらい悲しんでくれたのは柚莉香。そんな彼女が、優香のフリをするか?
ただ実際、柚莉香は優香の真似をした。そんなことをする理由が思い付かず、優太は目を伏せる。
「理由が分からないなら、聞けばいいんです」
「え?」
「優太くん、携帯」
パッと目の前に手を差し出されて、反射的に優太は、制服のポケットからスマートフォンを取り出して、桃音の手に載せた。
「弄りますねー」
優太の返事も聞かず、桃音はスマートフォンを操作する。
「モモ先輩、何を……」
「柚莉香ちゃんに直接聞くんですよ。大丈夫、わたしが代わりに聞きますからー」
「え、ちょ!」
アドレス帳から柚莉香の番号を見つけたのか、桃音はスマートフォンを耳に当てた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ただでさえ昨夜あんなことがあって、朝なんか柚莉香を無視したばかりなのだ。それ以降今日一日、顔すら合わせていない。いくら桃音が話を聞くとはいえ、そんな状態で、しかも自分の目の前、自分の携帯で連絡をされるのは、なんだか気まずかった。
そのため優太は、慌てて桃音の手からスマートフォンを取り上げた。
画面に目を向けた優太は、急いで通話の発信を切ろうとしたのだけれど。
「あ……」
どうやら柚莉香が通話に出たらしく、画面には、通話中の文字が表示されていた。
ここで何も言わず切れば、気まずさがさらに増すかもしれない。
そう思ったら通話を切ることもできなくなって、優太はしばらくの間無言でスマートフォンの画面を見つめていた。だがいつまでもこうしていては仕方ないと、意を決してスマートフォンを耳に近付ける。
「あー、その……もしもし?」
とりあえず挨拶をしてみる。
しかしスマートフォンの向こうから聞こえてくるのは、ザーという雑音だった。
「ん?」
電波でも悪いのだろうか。
思わず耳からスマートフォンを離して、優太は画面に表示されている電波の数を確認する。けれど画面では、電波状況はいいということを示していた。
「もしもし? もしもーし」
もしかして柚莉香の方の電波が悪くて繋がっていないのか? だがそれにしては雑音ばかりで、少しも柚莉香の声は聞こえてこない。電波が悪いだけなら、雑音に混じって柚莉香の声が聞こえてきてもいいのに。
「柚莉香?」
ザー。
砂嵐のような音が、優太の鼓膜を震わせる。
無機質な機械音。一定のリズム、一定の高さで、優太の意識を支配するように、音は聞こえ続ける。
「…………」
ザー。
ザー。
ザー……。
まるで見えない砂嵐の中に、意識が飲み込まれていくような――。
「おい!」
「っ!」
鋭い雪の声に、優太はハッと我に返った。同時に砂嵐の音が消える。
「え、俺……?」
一方的に通話を切られたらしく、スマートフォンからはプープーという、通話が切れたとき特有の音が聞こえてきた。
一瞬今の自分の状況が飲み込めなくて、優太は目を瞬く。
「突然ボーッとしだすから、わたしびっくりしちゃったよ。大丈夫?」
「は、はい」
心配そうな顔をした桃音に顔を覗き込まれ、優太は頷いた。
「それで柚莉香ちゃんは?」
「それが繋がらなくて。ずっとザーッて……。電波が悪かったんですかね」
「……違う」
「え?」
小首を傾げながらスマートフォンをポケットの中に片付けた優太は、どこか焦りを感じさせる雪の声に、聞き返した。
桃音も優太と同じ心境らしく、難しい顔をして立っている雪を見上げる。
「取り込まれているかもしれない」
「取り込まれてるって……」
ふと優太の脳裏に、心霊スポットに行ったときのことが蘇った。
あのとき優太は女性の幽霊に会った。あのとき変な感覚がして、優太は動けなくなった。近付いてくる女性の幽霊を、見つめているしかなかった。
雪から、幽霊に取り込まれるというのはあのときの状態だ、と言われたような気が……。
「携帯から、そのときと同じ気配がした。実際お前も、取り込まれかけていただろう?」
通話のとき、優太の意識は遠くなった。あれはスマートフォンを通じて、幽霊に取り込まれそうになったからなのか?
スマートフォン越しでこうなのだ。では直接取り込まれかけている柚莉香は?
そういえば、と優太は今朝、階段から柚莉香が落ちたときのことを思い出した。背後に見えた女性の顔。あれは見間違いなどではなく、柚莉香が取り込まれる際の予兆だったのか。
柚莉香があのときの自分と同じような目に遭っているのかもしれない。そんな嫌な想像が浮かんで、優太は反射的にイスから腰を上げた。勢いがよすぎてイスが音を立てて床に倒れる。しかし立て直す時間すらも惜しかった。
教室を飛び出して優太は、廊下を走り出した。
柚莉香を助けなければ……!
「待って優太くん!」
そんな優太を、後ろから桃音が追いかけてくる。雪も一緒だった。
「幽霊が関係しているのであれば、幽霊部として見逃すわけにはいかないのですよ!」
優太の後ろを走りながら桃音が言う。
「で、でも、なんで柚莉香が……」
柚莉香が幽霊に狙われる理由が思い付かず、優太は独り言のように疑問を口にする。
それに答えたのは雪だった。
「あの子は最近ずっと、夜中にお前の家の前にいた。それが原因かもしれん」
「ど、どういうこと?」
「ああいうやつらは、誰でもいいんだよ。機会さえあれば、自分の未練を解消しようとする。それが一体何なのかは個々によって違うが……。とにかくその場合は、相手を取り込むことが多い」
息を切らせた様子もなく、雪は優太のすぐ隣を走っていた。雪の横顔は、苦渋を刻んでいた。
「言うだろう? 怖い話をすると本当にお化けが寄って来るって。それと同じ原理だ。夜中に一人、しかも幽霊の格好までして。そういうものが寄ってきてもおかしくないと思うが」
「まだ教室にいるかもしれません! 早く行きましょう!」
桃音に頷き、三人は柚莉香のクラスである一年一組の教室へ急いだ。
放課後の教室には、部活のない生徒の姿が少しだけあった。談笑していた生徒達は、息を切らしながら教室に駆け込んできた優太と桃音を見て、驚きに目を丸くする。
「あ、あの、柚莉香……春日は? もう帰った?」
全力疾走したせいで途切れ途切れになりながら、優太は柚莉香の居場所を聞く。
優太に尋ねられ、生徒達はお互いに顔を見合わせる。
「ここにはいないけど……」
「もう帰ったのかな?」
「でも荷物あるよ」
「あ、確か六時間目に保健室行かなかったっけ? だからまだそこかも」
「保健室だね? ありがとう!」
すぐさまお礼を言い、桃音が先に教室を出た。優太も続く。
「何もなければそれでいいんだけどね」
走りながら呟いた桃音に、優太は唇を噛んだ。
「とにかく、行くぞ」
滑るように桃音の前に躍り出る雪。
雪を先頭にして優太と桃音は、柚莉香がいるはずの保健室へ向かうのだった。
* * *




