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2、三鷹優太

 昼休みは、生徒達の賑やかな声に包まれていた。教室や廊下のスピーカーからは、放送委員が流している、流行だったり人気だったりの曲が、BGMとして流れている。

 どこの学校にもあるような、平和な昼休み。入学して一週間が経ったこともあって、生徒達はそれぞれ、仲のいいグループでお弁当を食べている。

 そんな中、机を挟んで優太の向かいに座り、一緒にお弁当を食べているのは、一人の少女だった。

「幽霊部?」

 少女は箸の動きを止め、ぱっちりとした、それでいて少し吊り気味の目を、怪訝そうに細めた。

「正確には『幽霊さんと仲良くなろうの部』らしい」

 そんな少女に、優太はお弁当を食べながら答える。

 机の上に並ぶ優太と少女のお弁当は、弁当箱も中身も、全く一緒だった。それは少女が優太の彼女で、毎日健気にお弁当を作って持って来てくれているから――というわけではない。

 少女の名前は春日柚莉香。幼稚園、小学校、中学校、そして今現在まで、ずっと優太と同じ学校に通っている、幼馴染みである。ちなみにクラスは一年一組で、優太の隣のクラスだ。

「あ、これうまっ。俺、おばさんの玉子焼き好きだわ」

 玉子焼きを口に運び、独り言のように呟く優太。

 そう、二人が食べているお弁当は、柚莉香の母が作ったものだ。柚莉香の母は、高校入学と同時に一人暮らしを始めた優太を心配して、娘である柚莉香のお弁当を作るついでに、優太の分も作ってくれているのだ。

「でも俺、別に適当にやるからさ。毎日作らなくてもいいぜ?」

「お母さんが好きでやってることだから。変に遠慮するくらいだったら、お母さんに会いに来てよ。最近弟が構ってくれなくて寂しいって言ってたから」

 苦笑しながら言い、柚莉香は髪を掻き上げた。自慢だというサラサラの黒髪は、彼女の背中辺りまで伸びている。そしてそんな髪の中で存在を主張している、色鮮やかなヘアピン。ヘアピンを集めるのが趣味という彼女は、毎日面倒くさがらずに、日によって違うヘアピンを髪に着けて来ている。

「……サンキュ」

「お母さんに直接言って、それ」

 ふっくらとした唇の端を微かに吊り上げて、柚莉香は目を曲線に細める。

 しかしそれから、不意に思い出したかのように、困ったように眉根を寄せる。

「……で、幽霊部がなんだって?」

「ああ、そういえば」

 中断していた話題を思い出して、優太は一度咳払いをした。そして改めて真っ直ぐに、幼馴染みの目を見つめる。

 猫を連想させる、ぱっちりした吊り目が、優太の顔を見つめ返した。

「俺、それに入ろうと思うんだ」

 言えば、柚莉香の眉間に皺が刻まれる。

 優太がそう言うだろうと予想はしていた、しかし……。

柚莉香の表情は、そんな思いを語っているようだった。

「まだ幽霊なんて信じてるの?」

「当たり前だろ!」

 呆れ顔の柚莉香に、間髪入れず優太は答える。箸を置くと、ぐっと顔の前で拳を握り締めた。

 優太の今までを知っている柚莉香は、何も言わずにそんな優太を見つめている。

 ――優太は今までずっと、幽霊は存在すると主張し続けていた。小学生の頃は学校の七不思議を徹底的に調べ、中学生になって行動範囲が広がった頃は、心霊スポットへ行ってみたり、心霊写真を撮ることに躍起になっていた。幽霊に関係するものであれば、徹底的に調べていた。

 だが好んで、幽霊が存在することを証明しようとする人はいない。少なくとも優太は、自分以外に同じ目的を持った人を見たことがなかった。

 初めは好奇心から付き合ってくれていた友人も、日が経つごとに一人二人といなくなり、気が付けば優太にとって心を許せる友人というのは、春日柚莉香だけになっていた。

 高校生になってもそれは変わらず、幸いおかしな奴といじめを受けたことはなかったが、逆におかしな奴と仲良くなろうという酔狂な人もいなかった。

 そのため優太は、普段教室内では一人で過ごし、昼休みはこうやって柚莉香とお弁当を食べる、それが日常になっていた。

 普通の高校生活を送るクラスメイト。幽霊なんて一切関係ない高校生活。しかし優太は、それでも小学校や中学校のときと同じく、一人で幽霊について調べようと思っていた。

 だからこそ、今朝嬉しかったのだ。

 こんな変哲のない高校で、『幽霊さんと仲良くなろうの部』略して幽霊部なんていう、奇妙な部活を見つけて。

 目を輝かせる優太を、しばらくの間柚莉香は見つめていた。けれど不意に肩を竦めると、お弁当に箸を伸ばす。育ちのよさが窺える綺麗な箸使いで、柚莉香はおかずを口に運んだ。その仕草がゆっくりに見えるのは、優太に何を言えばいいのか考えているからだろう。

「二年三組の桃音って人が部長らしい。放課後会いに行く」

「本気?」

「もちろん。お前も行くか? 昔はよく一緒に肝試しした仲だろ」

 優太にとって唯一自信を持って、友人だ、と呼べる幼馴染み。小学生の頃や、中学校に入りたての頃は、なんだかんだ優太の幽霊調べに付き合ってくれていた。中学三年生の受験シーズンはそれどころではなかったけれど……。

 柚莉香はちらりと優太を一瞥した。一瞬上目遣いに優太を見て、しかしすぐに顔を背ける。

「おあいにく様。私はもう幽霊なんて信じてません」

「なっ……」

「昔は幼馴染みとしてあんたに付き合ってたけど。幽霊はいない。存在しないの」

「そんなことない」

 ムッとした表情を作る優太を見て、柚莉香は溜め息を吐いた。

「ていうかね、幽霊幽霊ってあんたは言うけど、今まで見たことあった? いくら心霊スポット巡りしても、心霊写真撮ろうとしても、何もなかったくせに。あんたが入るとこっくりさんがおかしくなるって小学生の頃仲間外れにされたの、忘れたとは言わせないわよ」

 さくらんぼのように血色のいい唇を尖らせる柚莉香。

 優太は居心地悪そうに、唇を引き結んで押し黙った。

 全く持って柚莉香の言う通りだった。

 今まで優太は、幽霊が存在することの証拠を探すために、様々なことを試してきた。肝試しや心霊スポット巡りをしたり、心霊写真を撮影しようとしたり、こっくりさんを試したり、学校の七不思議を調べてその存在を証明しようとしたこともあった。

 だがそのどれも、成功した試しがなかった。絶対におかしなものが出る、写真に写る、と噂されているところに行っても、優太は今まで一度も被害に遭ったことはない。

 むしろ柚莉香の言う通り、他の人がやれば成功するこっくりさんが、優太が参加したときに限っておかしなことになった。

『Aちゃんの好きな人は?』

『あつあげ』

『明日の運勢は?』

『びろーん』

 ある意味面白かったが、ほしい答えを得ることはできない。そのためいつしか優太は、こっくりさんに誘ってもらえなくなった。

 誰よりも幽霊の存在を求めているのは自分なのに。こっくりさんに成功したり、心霊写真を撮ったという子を見ては、優太は彼らを羨ましく思っていた。

 柚莉香が肩を竦める。その動きに合わせて黒髪が揺れた。

「幽霊なんていないのよ」

 諭すような、静かな声。

 それでも優太は、首を横に振ってそれを否定する。

「幽霊はいる。絶対に」

「あんたねー……」

「いるったらいるんだ。それを証明するためにも俺は『幽霊さんと仲良くなろうの部』に入部するんだ!」

 優太は天井に向かって拳を突き上げた。教室で突然宣言を始めた優太に対して、近くに座っていたクラスメイトが何事かと振り返る。

「はいはい、分かったから。落ち着きなさいよ」

 そんな周囲の視線を気にするかのように、柚莉香は半分腰を浮かせて、軽く優太の頭を叩いた。拳を下ろす優太から視線を外し、お弁当を食べるのを再開する。

「……幽霊幽霊って騒ぐ前に、やることあると思うけどね。頭は寝癖付いたままだし、制服の着方はダサいし。現実味がないことするよりも、そっちに目を向けてみれば?」

「うるせえ。俺にとっては幽霊見つけることが先なんだよ」

「はいはい、勝手にすれば。あとネックレス、見えてるわよ」

「えっ」

 柚莉香に指摘され、慌てた様子で優太は自分の胸元を押さえた。

 カッターシャツの下から覗き、ネクタイの上に乗っかっているのは、ガラスで作られた十字架の、シンプルなネックレスだった。チェーンは細く、男物というには華奢で長さもほとんどない。カッターシャツの下にすぐ隠れてしまうほどの大きさだ。

 ネックレスは、きっちりと着こなした制服の真面目な雰囲気には似合わない。そのため優太が、オシャレとしてそのネックレスを着けているわけではないらしいと分かる。

「先生に見つかったら面倒なんだから、さっさと隠しときなさいよね」

 柚莉香に言われなくても元々そうするつもりだったらしく、優太は急いで、ネックレスをカッターシャツの下に隠した。焦った手つきではあるが、ネックレスに触れる仕草は、優しく柔らかなものだった。

 それを見て、柚莉香は何か言いたげな顔をした。が、すぐに諦めたように溜め息を吐き、それきり何も言わない。

 優太もまたそれ以上口を開くことなく、黙々とお弁当を食べ始めた。

 長い付き合いであるが故の、気まずさのない沈黙。

 その沈黙を隠すかのように、教室はスピーカーから流れる音楽と、クラスメイトのざわめきに溢れていたのだった。


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