18、仲良く楽しいお泊り会?
「ここが優太くんのお家ですかー」
きょろきょろと桃音は、珍しそうに優太の部屋を見回していた。
「綺麗にしてるんですね」
「いやー……」
にこにこと褒められるが、桃音に外で五分待っていてもらって、急いで散らかったままだった洗濯物やゴミを片付けた身としては、皮肉を言われているようで優太はなんとも言えない。桃音の性格上、皮肉を言っているわけではないと思うが……。
桃音は、漫画や小説が並ぶ本棚を眺めている。
その後ろ姿を見ながら優太は、妙に自分がドキドキしていることに気が付いた。……そういえばこの部屋に、女の子が来たのは初めてだ。男の一人暮らしの家に、か弱い女の子が一人。改めて今の自分の状況を思い、優太は思わず唾を飲んだ。
緊張というか興奮というか。一晩男女が、同じ部屋で過ごす。そのことに対して、無意識に妙な期待をしてしまうのは、年頃の男としては仕方ないことだろう。
「あ、この漫画わたしも読んだことありますよー」
そう言いながら桃音が背伸びをした。どうやら高い位置に置いてある漫画を取ろうとしているらしい。だが微妙に高さが足りず届かないのか、漫画に向かって手を伸ばしながら、爪先立ちをして、倒れないようにプルプル震えていた。
そのプルプル震える足の太ももが、背伸びをしているせいで持ち上がったスカートの下から、大胆なほど覗いている。ハイソックスとスカートの間に見える白い肌は、柔らかそうで眩しい。
思わず優太は、無言でその様を凝視していた。
あともう少し。もう少しで下着が見える……!
「おい」
「!」
突如耳元で声がして、優太は飛び上がるほど驚いた。
「な、なっ……」
慌てて振り返れば、優太の背後にぴったりとくっつくような形で、雪が立っていた。切れ長の目が睨むように、優太へ向けられている。
そういえば、姿は見えなかったけれど、雪もいたんだった。優太はそう思い出す。
「と、突然やめてくださいよ。驚いたじゃないですか」
「何故驚く必要がある。私のことを忘れていたのか? いいものも見えていたしなあ」
ちらりと雪が、本棚の前に立っている桃音を見る。桃音は無事漫画を手にすることができたらしく、優太の位置からは、少し丸まった彼女の背中を目にすることができた。
「残念だったな、最後まで見れなくて」
雪が視線を優太に戻す。目には軽蔑の感情がありありと浮かんでいて、優太は先ほど自分が、どういった心境で桃音を見ていたのかバレていると知った。
「不埒なことを考えてみろ。モモに何かしようとすれば、その場でお前を祟り殺す」
桃音に聞こえないよう配慮しているのだろう。雪は優太の耳元で、囁くように言った。
雪の、静かな低い声に、優太の背に悪寒が走る。多分、本気だ。
「し、しませんよ!」
優太は急いで首を横に振った。
「? どーかしましたか?」
そんな優太の声を聞いて、きょとんとした様子で桃音が振り返った。
「いや、何も」
優太から離れて、雪が応える。
そのまま雪は、まるで床を滑るように、桃音の隣へ立った。
雪が離れて、ホッと優太は安堵の息を吐く。
「そういえば優太くん、一人暮らしなんですね」
「あー、はい」
「あっ、この子可愛いですね!」
思ったことをそのまま口に出しているのだろう。優太の濁すような返事に被せるようにして、桃音は明るい声を上げた。
桃音が指差したのは、本棚に飾ってある写真立てだった。写真には、笑顔の女の子が写っている。
歳は小学校高学年くらい。白いワンピースに、長い黒髪がよく映えていた。風で飛ばないように、帽子を手で押さえている。
「……それ、姉なんです」
「お姉ちゃん?」
「はい。もう死んじゃったんですけど」
苦笑しながら言った優太の言葉に、桃音が目を見開いた。
「あ……ご、ごめんなさい……」
「いえ、いいんですよ。一人暮らしなのは、両親も姉ももういないからです。両親は俺が本当に小さい頃に死んだんで記憶にないですし。姉は俺が小学生のときに事故で。……でもいいんです。俺のこと見守ってくれてるから」
高校生の一人暮らし。それは決して、よくあることではないだろう。疑問に思うのは当然のことだ。
「あの、本当に気にしないでください」
「でもわたし、すごく無神経なことを……」
桃音は今にもその場に崩れ落ちるんじゃないかというほど、肩を落として項垂れている。
「一人暮らしを選んだのは俺で、伯父も伯母もいます。気にしないでください」
天涯孤独になったから一人暮らしをしているわけではない。一人暮らしを選んだのは優太自身だし、両親や姉の死に触れられたからといって怒るわけでもない。
優太は桃音の純粋な疑問に、ただ答えただけだ。
「モモ先輩を落ち込ませる方が、俺も言わずに誤魔化したらよかったって思っちゃうんで」
桃音に歩み寄り、優太は桃音のすぐ目の前に立つ。
おずおずといったように桃音は顔を上げた。
桃音と目が合い、優太は笑む。優太の笑顔を見て、桃音も躊躇いがちに、笑顔を作った。
「……ということは、毎日一人で晩ご飯を食べているんですか?」
「え? あ、まあ、そういうことになりますね」
「だったら!」
漫画を手にしたまま、桃音は両手を大きく広げた。
「今日はわたしが優太くんのためにご飯を作ります! なので一緒に食べましょー!」
宣言するように言ってから、桃音は自分の胸を右手で叩いた。わたしに任せなさい! そう言いたげな動きだった。
「お台所お借りしますー!」
「あ、別にいいですよ? 材料も買い置きとかないし……」
「ではわたし買ってきます!」
一人暮らし用の小さなキッチンに向かって、優太の横を駆け抜ける桃音と、そんな桃音に慌てる優太。
二人から離れた位置で、まるで壁に凭れるようにして立っている雪は、二人のことを眺めている。
そうやって三人は、目的の時間になるのを待つのだった。
* * *