表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/28

13、喧嘩

 朝の八時過ぎ。普段であれば、眠そう、もしくはダルそうに、柊高校に向かって登校する優太なのだが、今日は違っていた。

 歩く優太の足取りは軽く、目は爛々と輝いている。無意識になのか、体の横で振る手の動きも大きい。

「おっ」

 そして生徒の波の中歩いていた優太は、その中に見慣れた後ろ姿を見つけて、声を上げた。

「よっ、柚莉香!」

 走って近付き、後ろから肩を叩く。突然のことに驚いたのか、柚莉香は小さく叫び声を上げて、勢いよく振り返った。

「な、なんだ、優太か」

「なんだとはなんだよ」

「珍しいね、こんな早く。てか……」

 柚莉香は優太を、頭の天辺から爪先まで見ると、不思議そうに眉根を寄せた。

「いいことでもあったの?」

「分かるか?」

 楽しそうに聞き返す優太。唇は綻んで、頬は緩んでいた。どこからどうみても、いいことがあって浮かれている、ようにしか見えない。

「聞いてくれよ」

 柚莉香と並んで歩きながら、優太は嬉しそうに話し出す。

「昨日俺、幽霊に会ったんだよ!」

「はあ?」

 興奮を隠さず言った優太に対して、柚莉香が思い切り顔を顰めた。

「あんた何言ってんの。とうとう幻覚でも見た?」

「幻覚なんかじゃねえよ! 昨日舞潟駅の心霊スポット行ったんだよ」

「ああ、あそこね」

「そこで、初めて会ったんだ」

 どこかうっとりとした様子で、優太は言葉を紡ぐ。

 思い出すのは、昨日の廃墟病院でのこと。

 背後から近付いてきた、ナース服を着た女性の幽霊。あのときは怖くて震えることしかできなかったが、今思えば、あれこそ世間一般に言う幽霊そのものではないか。

 喉元過ぎればなんとやらで、優太は女性の幽霊に会ったときの恐怖心のことを、半分以上忘れていた。

 そして幽霊といえば――時藤雪。桃音にユッキーと呼ばれていた彼女は、柊高校の七不思議である、桜の木の下で自殺した女の子の霊に違いなかった。

 昨日詳しい話を聞く前に、雪はスッと姿を消してしまったので、直接そう聞いたわけではないが……。だが目の前で一瞬にしていなくなるあの芸当こそが、彼女を幽霊なのだと物語っていた。七不思議に関係なくても、幽霊であることに変わりはない。

 一気に二人の幽霊を見た優太は、昨日の桃音との帰り道、興奮が治まらなかった。その興奮はずっと冷めず、おかげで優太は今日ほとんど寝ていない。しかし興奮しているせいで睡魔を感じることも全くなかった。徹夜明けのハイテンションと同じである。

「幽霊は本当にいるんだよ」

 優太は呟く。

 柚莉香は何も言わずに、呆れたように優太のことを見つめていた。

「だから……今でも俺の側にいてくれてるんだ、きっと」

 楽しそうに、嬉しそうに、優太は言った。

 途端、柚莉香の表情が変わった。

「っ……」

 キュッと唇を強く噛み、柚莉香は眉尻を吊り上げる。キツい眼差しが優太の瞳を貫いた。

「いつまでそんなこと言ってるのよ! 幽霊なんかいないの!」

 怒鳴るような柚莉香の声は大きくて、いきなりのことに、周りにいた生徒達の視線が集まってきた。だが柚莉香はそれに気が付いていないのか、それとも気付いて敢えて無視しているのか、優太を鋭く睨みつけていた。

「いつまでそんなこと信じてるの? あたし達もう高校生だよ? 本気でそんなこと言ってるの優太だけなんだから!」

「そんなことねえよ! それに俺は本当に……」

「いないの! 幽霊なんて!」

 学校が見えてくる。歩く度に校門が近付いて、生徒の数も増えていく。優太と柚莉香に注目する視線が増える。それなのに柚莉香は怒鳴り続ける。

「もういい加減にして! 子どもみたいにそんなこと言ってないで!」

「な、なんだよその言い方! 俺は真剣なんだぞ!」

「真剣だから言ってるんでしょ!」

 注目の視線を浴びたまま、柚莉香はそこで唇を閉じた。だが睨みつけてくる視線は相変わらずで、優太は反論する代わりに、自分も柚莉香を睨み返していた。

 校門を潜り、下駄箱に向かって歩いていく。

 すると、

「おはようございます!」

 ふわふわの綿菓子のような、甘さを感じさせる声が、元気よく優太と柚莉香にかけられた。

 優太と柚莉香は同時に振り返る。振り返った先に立っていたのは、にこにこと笑う桃音だった。

「朝から仲良しですね。羨ましいのですよ」

「仲良くなんか……」

 ムッとして優太は、桃音からも柚莉香からも顔を背ける。だがすぐに、何か名案を思い付いたような表情をして、桃音に顔を向けた。

「……そういえばモモ先輩からも言ってやってくださいよ。幽霊は存在するんだって」

 ……ぴくりと、柚莉香の片眉が動いた。

「ふえ?」

 桃音がきょとんと目を瞬く。

「こいつ信じてくれないんですよ。俺は昨日幽霊を見たって言ってるのに。しかも二人。でもこいつ、それを嘘だって言って信じてくれなくて」

「当たり前でしょ!」

 反論は許さない、とでもいうように、ピシャリと柚莉香は言った。それから吊り上げた猫目で桃音を睨む。

「え、あ、あの……」

 敵意丸出しといった感じの視線を向けられて、桃音は困惑したように俯いた。時折柚莉香と目線を合わせ、しかしすぐに背ける。きっとどう対応していいのか分からないのだろう。

 柚莉香はそんな桃音を睨みつけ――そして不意に、優太と桃音、二人に背を向けると、下駄箱に向かって一人、行ってしまった。

 桃音はぽかんと、怒ったように去っていく柚莉香の背中を見つめていた。今の状況がよく分かっていないらしい。

「……どうかしたんですか?」

 そう言って桃音は首を傾げる。

 桃音に目を向けられるものの、優太は桃音から視線を外し、

「……別に」

 と、素っ気なく答えることしかできなかった。


* * *

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ