11、次の部活は?
その日は快晴だった。気温もそれなりに暖かくて過ごしやすく、プールに落ちるのが昨日ではなく今日だったらよかったのに、と思えるくらいだった。
これからもっと暖かくなって、春から夏になっていくのだろう。まだ四月ではあるが、夏になるのはきっと、あっという間に違いない。
柊高校へ登校する道を歩きながら、優太は春の空気を吸い込む。暖かな空気の中には、微かに花の香りが混じっているようで、普段であれば陽気な気分にでもなっていただろう。
しかし優太の表情はどことなく暗く、雰囲気に覇気がない。肩を落とし、鞄を持つ手にも力がこもっていないのが分かる。
その姿は、爽やかな朝の空気とは対象的だった。
「あれ、優太」
柊高校も目と鼻の先で、周囲に優太と同じ制服を身に纏った生徒の姿が増えた登校の道中、聞き慣れた声が優太を呼んだ。
立ち止まり、優太は振り返る。見れば、優太を見つけて駆け寄ってくる、柚莉香の姿があった。
駆け足に合わせて、短いスカートと長い黒髪が跳ねる。
「どうしたの。いつもダサいけど、今日はいつにも増してダサく見えるよ」
「うるせー」
「寝不足? なんか元気ないけど」
優太の隣に並んだ柚莉香は、優太の顔を見て首を傾げた。
「いや……」
並んで歩き出しながら、優太は言葉に迷う。一瞬柚莉香に落ち込んでいる理由を話すべきだろうか、と考えたが同時に、そういえば柚莉香に聞かなくてはいけないことがあるのだ、と思い出した。
「柚莉香って、アクセサリーに詳しいよな?」
「んー……詳しいかは分からないけど、好きだよ。昨日もこれ買っちゃったー」
笑みを浮かべながら柚莉香が指差すのは自分の頭。そこには猫をモチーフにしたヘアピンがあった。
「だったらさ、修理できる店とか分かる?」
「アクセを?」
きょとんとする柚莉香の前で、優太はポケットに手を入れた。
躊躇いがちにポケットから出したのは、半分ガラスの破片が付いたネックレスのチェーンと、もう半分の破片。
割れている十字架を見て、柚莉香が大きく目を見開いた。
「あんたこれ……! 何してるの!?」
「色々あって壊れたんだよ」
「バカじゃないの!? どうすんのよ!」
「だからお前に聞いてるんだよ……」
驚きと怒りを含ませた声を上げる柚莉香に、苦々しげに優太は呟く。
柚莉香に見せれば、こんな風に言われるのは分かっていた。ただそれが意地悪からではなく、このネックレスがどれだけ大事か、柚莉香も分かっているからだ。
だから怒鳴られても優太は怒ったりせず、質問を彼女に投げかける。
「直してくれる店、知らないか?」
柚莉香はまじまじと壊れたネックレスを見つめ、うーんと唸った。
「こんな風に壊したことないから分からないけど……一応確認してきてあげる。だから借りていい?」
「サンキュ」
優太は柚莉香にネックレスと、十字架の破片を渡した。
受け取る際、柚莉香は表情を悲しげなものに変える。
「ほんと、こんな風にするなんてバカじゃないの?」
呟く声音は暗く、彼女も壊れたネックレスにショックを受けているらしいと分かった。
頷く以外、優太は他にどう返事をしていいのかが分からない。ただ黙って優太は、柚莉香がネックレスを、大事そうにポケットに仕舞うのを眺めていた。
優太と柚莉香は、並んで校門を潜る。
そのときだった。
「優太くん」
「モモ先輩!」
どうやら校門で優太を待っていたらしい桃音に話しかけられ、優太は足を止めた。それを見て、柚莉香もつられて立ち止まる。
「グッドモーニングですよ!」
「お、おはようございます」
朝からテンション高く、両手を背中で組んだ桃音は、にこにこと優太に歩み寄る。
対して優太は、桃音のテンションに圧倒されて、無意識に微苦笑を浮かべていた。
「優太、そこだと邪魔になるよ」
「あ、うん」
思わず、桃音が自分の前に立つのを待っていた優太は、横から柚莉香にツッコまれて慌てて頷いた。急いで校門の端に移動する。それに合わせて、桃音と柚莉香も場所を変えた。
「どうしたんですか、モモ先輩」
目の前に桃音、隣には柚莉香という配置になって、優太は桃音に尋ねる。
桃音は笑みを崩さず、「あのですね」と切り出した。
「例の部活動ですが、今日の放課後はいかがですか? 幽霊部員も頑張って連れてこようと思います!」
ぐっと拳を握り、桃音は言う。
どうやら桃音は、心霊スポットに今日行こうと言うために、校門で優太を待っていてくれたらしい。
「分かりました」
特に放課後用事もないので。優太は桃音に頷く。
「ではまた昨日と同じく、放課後下駄箱の前で!」
「はい」
「楽しみですね!」
その場で軽く跳ねる桃音。結んだ髪が垂れたウサギの耳のように上下へと揺れる。
だが次の瞬間、桃音は優太の隣にいる桃音を見て、その動きを止めた。優太と柚莉香を交互に見る。
突然桃音から視線を受けて、柚莉香がどう反応していいのか分からないような、困った表情をした。
「んーっと……」
桃音は首を傾げながら、優太と柚莉香を見上げる。背の小さい桃音は、どうしても二人を見るときに見上げる形になってしまうのだ。
それから桃音は、何かに気付いたように目を丸くして、唇に両手を当てた。
「ごめんなさい!」
「え?」
「わたし、彼女さんと一緒のところを邪魔してしまったんですね」
「「違います!」」
どうしよう、と焦る桃音に、優太と柚莉香は声を揃えて否定した。
確かに並んで登校しているけれど。それは偶然であるし、何より優太と柚莉香は幼馴染みなだけなのだ。
「う?」
強く否定した二人に、桃音はきょとんとした。
「そうなのですか?」
「ソウナノデス」
「これはとんだ失礼を」
ぺこりと桃音は、二人に向かって頭を下げる。
そして桃音は顔を上げると、鞄を持っていない、柚莉香の左手を両手で握った。
「初めまして。わたし部長の六道桃音です。優太くんにはお世話になっております。そのヘアピン可愛いです」
「は、はあ……。ありがとうございます……」
突然の自己紹介に、柚莉香は困惑しているらしかった。
桃音はパッと柚莉香の手を離すと、次は優太に向き直る。にこっと笑顔を作ると優太を見上げ、
「ではまた放課後に!」
そう言って、登校する生徒の間に紛れ込むように、走って校舎へ行ってしまった。
ポカンと桃音を見送ってしまった優太と柚莉香は、思わず顔を見合わせる。
「あの人が例の幽霊部の部長?」
「ああ」
「不思議な人だね」
「あー、うん」
呟く柚莉香に、優太は乾いた笑いを漏らすと、頬を掻いた。
「でもいい人だよ」
「ま、幽霊部の部長ってくらいだから、あんたとウマは合うんだろうけど」
フォローを入れる優太に、柚莉香はひょいと肩を竦めた。桃音が走っていった方向から目を逸らし、横目で優太を見る。
「ああいう系好きな感じ?」
「ああいう系って?」
「こう、ほわほわしたっていうか、小動物系みたいな。守ってあげたくなる系」
「んー、どうだろ」
まあ桃音の容姿は、可愛いと思う。見た目も性格も、世話の焼ける年下、といった感じだ。一応桃音の方が一つ年上なのだけれど。
「つかなんでそんなこと聞くんだ?」
どちらから声をかけるわけでもなく、二人はほぼ同時に、校舎に向かって歩き出した。音楽を聴いていたり、友達と談笑しながら登校する生徒の波に混ざる。
「だってもし好みだったら大変でしょ。部活のとき二人きりなんて。あんたが襲い掛からないかあたしは心配してるのよ」
「しねえよ!」
「どうかなー。男は狼だからなー。目の前に可愛い子がいたらやっぱなー」
ジト目で柚莉香は優太を見る。まるで疑われているようで面白くなく、優太はムッとした。
「そうだな。だからお前は襲わないから安心しろ」
このまま言われっぱなしでは悔しいと、優太は皮肉のつもりで言った。
柚莉香はきょとんとしたけれど、すぐに優太の言葉の意味に気付いたらしい。
猫目を、それこそ怒った猫のように吊り上げて、勢いよく優太の頭を叩いた。
「いってー!」
「どうせあたしは可愛くないわよ! てか女の子にそんなこと言うなんてさいってー!」
「元はといえばお前が変なこと言うからだろ!」
「そんなことないわよ!」
「いーや、ある」
「ないったらないー!」
周りの生徒達が、騒ぎ出した優太と柚莉香の声を聞いて、なんだなんだと振り返る。
注目している視線の真ん中で、下駄箱に辿り着くまで二人は、本気ではないじゃれあいのような言い争いを、どことなく楽しそうに続けていたのだった。
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