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1、幽霊さんと仲良くなろうの部

『幽霊さんと仲良くなろうの部、略して幽霊部! 部員求む!』

 A4サイズの紙にデカデカと書かれたその一文を見て、少年は足を止めた。

 柊高校指定の制服であるブレザーはまだ新しく、彼の身にまだ馴染んでいないのが見て取れた。青いネクタイをきっちりと締め、気崩した様子なくぴっちりと着ている制服姿は、真面目という印象を受けると同時に、オシャレさなどは微塵も感じられない。襟足辺りで切り揃えられた黒髪も、彼のそんな印象を強くしていた。

 ――彼の名前は三鷹優太。つい一週間前に柊高校へ入学してきた、一年生である。

「幽霊部……」

 低い声で優太は呟く。

 そんな彼の横を、急いだ様子で生徒達が通り過ぎて行った。

 今の時刻は午前八時二十分。予鈴が鳴るのは八時二十五分。優太のクラスである一年二組の教室は校舎の四階だ。今優太がいるのは、一階の玄関を入ってすぐのところ。急がなくてはいけない。

 現に廊下にいる生徒達は、みんな急ぎ気味に階段を上っている。時折ゆっくり歩いている生徒の姿もあるが、ブレザーのネクタイやリボンの色が赤や緑ということから判断するに、二年生や三年生ばかりだ。

 入学して今日で一週間。授業も始まり、やっと登下校の道にも慣れ始めた頃。正直その時期に遅刻はしたくない。

 けれど優太は、部活勧誘のポスターが貼ってある掲示板の前から、動くことができなかった。

 学校指定の黒い鞄の取っ手を握り締め、優太は一歩、掲示板に近付いた。

 掲示板にたくさん貼られた、部活勧誘ポスターの一つを、優太は凝視する。

 色鉛筆やカラーペンを多々使い、色鮮やかに手書きで作られたそのポスターの内容は、他のどのポスターよりも異色を放っていた。

『幽霊さんと仲良くなりませんか? 幽霊さんは決して怖くありません。人間以外のお友達を作りたいあなたを、幽霊さんと仲良くなろうの部は歓迎します! 二年三組 六道桃音までぜひぜひご連絡を!』

 そう書かれたポスターの隅には、球根を逆さまにして目と口をつけたような、上手とも下手ともいえない妙な絵が描かれていた。きっと幽霊のつもりなのだろう。

「これだ……!」

 ぐっと拳を握り締め、優太は唇の端を吊り上げる。

 瞳には爛々とした光が宿り、頬は赤く上気していた。

「俺が求めていたのはこれなんだ……!」

 呟く優太の声は微かに震えている。誰の目から見ても、今の彼の状態は興奮だと分かるだろう。

 改めて優太は『幽霊さんと仲良くなろうの部』のポスターを見つめた。ポスターの文章をもう一度読み直し、最後の一行で視線を止める。

「二年三組、……ろくみち? むみち?」

「『むつみち』と読みます」

「へ?」

 突然背後からかけられた声に、優太は素っ頓狂な声を上げた。

「むつみちももね、です」

 猫が甘えるような可愛らしい声音。その声につられるかのように、優太は掲示板から視線を外し、背後を振り返った。

 そこに立っていたのは、小柄な女の子だった。

 優太の身長は、世の中の男子高校生の平均身長より、少しだけ低い。クラスメイトの女の子より、目線はちょっと高いくらい、といったところだ。

 そんな優太が小柄と感じるほどの、身長と体格。しかし体の線は丸みを帯びていて、サイズが合っていないのであろう、だぼっと大きめのカーディガンの下からは、女の子特有の膨らみがあった。胸元に飾られたリボンは赤色。二年生の証だ。

「興味あるんですか?」

 柔らかそうな桃色の頬を持ち上げて、にっこりと少女は笑う。ぱっちりとした二重の目は、優しげな曲線を描いた。

「え?」

「それです」

 笑顔のまま少女は掲示板を指差す。腕を持ち上げた動きで、耳の下で結ばれた二つ括りの髪が揺れた。パーマがかった髪は、見るからに柔らかそうだ。

「『幽霊さんと仲良くなろうの部』――略して幽霊部。わたしが幽霊部の部長、六道桃音です」

 両手を背後で組み、少女――六道桃音は、優太の顔を覗き込むようにして、優太を見上げた。

 大きな瞳に見つめられて、一瞬だけ優太の心臓が音を立てる。

「一年生ですか?」

「は、はい! あの、俺……」

 自分を見上げてくる先輩に、優太は口を開く。

 しかしそんな優太の言葉を遮るように、キーンコンカーンコーン……と、廊下にチャイムの音が鳴り響いた。

 中学校とは若干違う、慣れ始めたその音を、優太は呆然と聞いていたのだが……。

「あ! やべ!」

 すぐにそのチャイムが予鈴なのだと気が付いた。

 見れば廊下にいる生徒達は、慌てた様子で教室に向かって走り出している。

「行かなきゃ!」

 それは桃音も同じで、焦ったように口元に手を添えていた。

 くるりと優太に背を向けて、桃音が階段に向かって走り出す。

 その背中を見送りかけて、優太は慌てて声をかけた。

「あ、あの! むちゅ、イテッ」

 噛んだ。

「むつ……六道先輩!」

 優太に呼ばれ、階段を上ろうとしていた桃音が、立ち止まって振り返る。

「俺、一年二組の三鷹優太です! 入部するにはどうしたらいいんですか!?」

 叫んだ優太の声を聞いて、桃音は大きな目を、驚いたようにさらに大きく見開いた。

 けれどすぐに、形のいい小さな唇を、笑みの形に刻む。

 そして右手を勢いよく上げると、

「放課後、二年三組の、六道桃音のところまで来てください!」

 嬉しそうに言った。

 優太が頷けば、桃音も頷きを返し、スカートを翻しながら階段を上り始める。

 途中、急ぎすぎたのか転びそうになって――ちなみにスカートの下からちらりと覗いたものは、淡いピンクの下着だった――そのまま優太の前から姿を消した。

 ちらりと見えたピンク色の下着、及び桃音を見送って、優太はその顔に満面の笑みを浮かべる。

 もちろんその笑みは、下着が見えた喜びからではない。

 優太は掲示板を振り返った。

 まさか自分の求めていたものと、早々出会うことができるなんて思わなかった。その喜びからの、笑みだった。

「幽霊部、か」

 幽霊と仲良くなろう、と銘打っているということは、幽霊を視ることができるということか? そうなれば幽霊がこの世に存在すると証明することができる。

 優太の手が無意識に、ネクタイの結び目へ伸びた。……いや、結び目ではない。彼が求めていたものは、ネクタイでも、ネクタイの結び目でもなく、その下、カッターシャツに隠れている――。

 いつまでそうしていただろう。

 優太が我に返ったのは、二度目のチャイムを耳にしたときだった。

「……あ」

 このチャイムは本鈴だ。ということは、今から朝のホームルームが始まるということで。

「やばい!」

 優太は慌てて、誰もいない階段を、全速力で駆け上がり始めたのだった。


* * *


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