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【短編】生きていて、生きていた。   【シリーズ】

とある少年の遺言

作者: FRIDAY

 やや街のはずれに位置する一角に、建設途中で企業が倒産して放棄された廃ビルがある。そしてその最上階の、窓のない枠の下辺りに、拙い筆跡で一文が刻み込まれている。


『もう誰にも迷惑を掛けないために』


 数年前、この字をここに刻みつけた少年は、同じ日の夕刻、この窓から飛び降りた。

 大して高いとも言えないが、死ぬには十分な高さはある。少年は、即死だったそうだ。

 以来、この廃ビルは立入禁止になっているが、俺は無視して入り浸っている。咎める人間もいないのだ。

 当時の俺は知らなかったが、割と世間でも騒がれた一件らしい。近所で高校生が自殺したとなれば、まあ当然のことだろう。

 自殺するような人間には思えなかった。誰もがそう答えたのだそうだ。それらしい素振りもなかった。優しく真面目な善人。

 誰とでも一定以上の距離を取り、特別一人でもないが親しい仲もいない。読書好きだが運動もそこそこできるタイプ。偉業もないが奇行もない………平々凡々とした人物。

 そんな人間が、ある日突然自殺した。

 驚かない人はいなかっただろう。まして、最期に遺された言葉が『もう誰にも迷惑を掛けないために』とは。

 当時の新聞などから調べただけであるから、実際の少年の人生がどのようなものだったかなどわかりようがない。しかし『もう誰にも迷惑を掛けないために』死を選んだ少年は、生きているだけで誰かに誰かに迷惑を掛けていると思っていたのだろうか。

 それはどういうことだろう。

 俗に言う、人は互いに支え合って生きている。その『支え合い』を、『迷惑』であると思ったのだろうか。

 自分に支えられることは相手にとって迷惑であると。

 自分を支えることが相手にとって迷惑であると。

 さもなければ………迷惑とは何だ? 彼は、それほど他人に………不快感を、つまり迷惑を振り撒くような人間だったのか?

 俺は彼の顔も名前も知らない。知る必要もないと思う。だが彼が何を思ってここから飛び降りたのか、それに近しい感情を知りたい。不可能なのはわかっているけど。

 実際に、少年と同じ年齢になって、少年と同じようにここに通って、窓から見える夕日を眺めても、俺にはまだ何もわからない。

 この窓から飛び降りる気にはならない。

 むしろ辛いことがあった日に、窓の向かいの壁に背を預けて座って窓から夕日を眺めると、とても穏やかな気持ちになる。何だか静かな気持ちになる。心が安らぐ。とても自殺する気分にはならない。


 壁に刻まれた文字をなぞってみる。少年は、どのような思いでこの一文を刻んだのだろうか。

 悲愴な決意か。

 空虚な諦念か。

 軽い気持ちでは絶対にないだろう。そんな人間ではなかったと思う。

 いや主観だけれど。

 想像なんだけれど。

 死ぬことに行き着くような思いというのは、あまりにも強いものだと思う。

 掛け替えのない云々という話ではない。早いか遅いかの話だ。でもいずれ訪れるものを自らの手で早めるというのは、相当に強烈な思いが必要ではないかと思う。………それは、何だったのだろう。

 自殺する人間を弱い人間だとなじる人もいるかもしれないが、俺はそうは思わない。その結論に至るまでの過程で、その人の限界を超える何かがあって、逃げ出すと言えば弱いと言われるかもしれないが、実際に踏み切ることのできるのは強さだと思う。その人の見せる最期の強さ。どれほど同じ場所に立ち、同じものを見ても、彼の見たもの、聞いたもの、思ったものはわからない。最期の瞬間に何を思ったのか、俺には飛び降りてもわからないだろう。

 世間の人々は言っていたそうだ。誰にも迷惑を掛けないために、どうして他人に迷惑をかけるのか、と。

 それくらいのことは、きっと彼も考えただろう。だからきっと、この一文を刻んだんだ。


 この場所から見える夕日は綺麗だ。そんなことを考えながら、俺はここに立っている。



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