次元を超えた恋
「鏡子伯母さんは、実家である高原家から家出同然で家を出たんだ。それが十七年前、君がお腹にいる頃。君の祖父である鏡子さんの父親は、かなり暴君だった。娘が付き合っていた男のことも気に入らなかったんだ。さんざんケンカをした後、鏡子さんは家を出て男と一緒になった。
けど、じっちゃんは『あんなヤツはもう娘でもない』て鏡子さんを勘当してしまった。そのまま二人はいっさい会わないまま月日が流れた。鏡子さんも居場所を知らせることはなかった……じっちゃんは、二年前に亡くなった。でも最後まで鏡子さんのことを許さなかったんだ。ほんと、ヤなじじいだったよ」
「母はお祖父さんが亡くなったことは知らないと思います」
「だろうね」
「今は実家のほうは? 高原さんのお父さんが継いでいるんですか? お祖母さんは? 」
「ばっちゃんは二年前の暮れに亡くなった。今はうちの父親が家を継いでるんだ。うちは神社なんだよ。代々、宮司なんだ」
「そうなんですか」
暁斗は背筋を曲げ脱力した。だよなあ……急に出生の秘密をこんなに話されてもなあ。
ピンポーン。
出前が来た。いいタイミング。
あれやこれやと食べる用意をしてから、俺たちはどんぶりを食べだした。
こうやっていると今までどおりのふたりみたい。ただ、いる場所が違う、ってだけで。でも、本当は違う。
食べながら神社の説明と、うちの家族構成なんかを説明した。暁斗も鏡子伯母さんは今、占い師として働いていて、結構、評判がいい、って話をしてくれた。
「けど、どうしてうちが分かったんです? 母さんが高原家に連絡するとは思えないんですけど……」
食べ終わって、丼鉢も片付けた暁斗は核心に迫る質問をした。
俺は頬にパチンて手を当てると上下させて、しばらく考えた。
「暁斗くんは好きな人いる? 」
「え、何ですか。いきなり」
「だって、すごくモテるだろ。そんだけ綺麗なんだから。剣道も強いし」
「そういうの面倒なんです。どうして誰かと〝付き合わなきゃ〟いけないんですか。好きな人を〝つくらなきゃいけない〟んですか。ちょっとカッコイイか何かしらないけど女の子が色々言い寄ってきて『付き合って、付き合って』て強要する。
『オレは付き合いたくない』って言っても理解してくれない。『好きな人がいないなら私と付き合って』って言う。フリーでいたい、っていう選択を許してくれないんです。こういう悩みって『モテる悩みだろ』って誰も本気で聞いてくれない。誰かに相談しようにも誰も真剣にきいてくれないんです」
本気で怒っている。
暁斗は幼稚な恋愛は嫌いだからな。人の感情が読める彼には、負担にしかならない。
「あ……すみません。こんなこと高原さんに言って」
「いいよ。俺には何でも話してくれて。イトコなんだし。……俺はそんなモテないけど聞くくらいは出来るから」
暁斗をキラキラ輝く粒子で包みながら見つめた。彼がほわんとなった。俺の愛情エネルギーが届いたみたい。なんか、いい感じだよ。
「うん」
膝に顔をうずめた暁斗は、明らかに気持ちよさそうだった。
「なんかヘンな感じ。高原さんといると眠くなる。なんでだろう? 」
「暁斗、俺のことは正宗、って呼んで」
「えー そんなの出来ないよお。高原さん年上だし」
「いいんだ………………そう呼んで欲しいんだ」
また悲しくなって、涙が出てきた。こたつ布団をぎゅって強く握る。
「ねえ……何か訳があるんでしょ? 高原さ……正宗がここにやってきたの? さっき話した親のことだけじゃなくて」
鼻水を何回もすすって、俺は口を開こうと努力した。
「暁斗は、不思議な世界を信じる? 」
「不思議? 」
「うん。……俺、本当はこの世界の人間じゃないんだ。この世界と並行してある世界から来た。……そこで俺は暁斗と一緒に暮らしていた」
沈黙が落ちた。
そりゃあ、そうだ。
普通、いきなりこんな事言う人間がいたら精神科の受診を勧められるだろう。
「なんで? なんでオレは正宗と暮らしていたの? 」
「……そこは詳しくは言えない。けど……そうなんだ」
鏡子伯母さんが死んでいる、なんて言えるハズない。そのうえ俺と恋人同士だなんて、もっと言えない。
「それでオレの家が分かったの? 」
「うん」
また沈黙。
「そっちの世界で、オレ死んでるとか」
「ううん。生きている。元気だよ」
「なんだ」
安心したように息を吐いた。
けど、しばらくして質問してきた声は、とてもつらそうだった。
「元の世界に帰りたい? 」
驚いて暁斗を見つめた。
「そりゃ、そうだよね。オレが正宗の立場だったとしても帰りたい、って思うよ。もし思わないとしたら……そっちの世界でオレが死んでいる場合かな、って思ったんだけど。そうじゃなかった」
そう言われて俺は、血の気が引いていくのを感じた。
あっちの世界で暁斗が生きているって保障はない。
だって、今朝のベッドに暁斗はいなかったから。あれが、こっちの世界のことだったのか、あっちの世界のことだったか、区別がつかないんだ。確実なのは、今、目の前には暁斗がいる、ってことだ。
「もし、正宗がこっちの世界から元の世界に帰ったとしたら……もうオレは正宗に会えないってこと? 」
そんな……
そんなこと
考えたことも無かった
揺れる
揺れる
暁斗の感情が
こっちの暁斗も俺のこと愛している
もうつながってしまったから
「それは違うと思う」
茫然としながらも首を振った。
「こっちの高原正宗は、ちゃんといる。だから、会えなくなることはない。きっと、この後も、暁斗が理解出来る形の未来は続いていくはず」
恐らく、彼の理解できる未来として、このまま俺がずっとこっちに居続けるという未来が。
「でも、それは今、目の前にいる正宗の希望ではないよね」
「…………………………分からない」
俺は膝をかかえて暁斗と同じように顔を半分うずめた。
「でも、俺は暁斗に会いたいんだ……分かっているよ、ヘンなこと言ってるの。君が目の前にいるのに暁斗に会いたいなんて」
また涙が溢れそうになって、必死でこらえた。
そう。
俺と同じ時間を過してきた暁斗。
同じ過去を持って、泣いて笑って過した時間。交わした会話。勉強したこと。ふたりでした不思議な体験。エネルギー交換。お互いに助け合った宝物のような体験。そしてセックス。
あれは。
たったひとりの暁斗。
俺の中の記憶にいる、たったひとりだけの恋人。
けど、暁斗だって、それらの体験を一緒にした正宗がいるはず。
ふたりの記憶が交差する空間。
それが、俺がいた世界だ。
「正宗はあっちの世界の暁斗が好きなんだね」
息を飲んだ。
「ちょっと妬ける」
そう言う暁斗はかわいらしくて、どう見てもいつもの暁斗だった。
い、いいのかな? 俺が暁斗、好きなの。それに妬けるって……
「ごめん……」
「いいよ」
暁斗が、大きなため息をついた。
「初めて恋した、と思った瞬間に失恋って、どうよ」
そ、そうなの?
「それも、負けた相手ってのが、別次元にいる自分って……こんなヘンな体験する人なんていないよ」
「ごめん……」
もうあやまるしかない。
ここに俺が現れなければ、この世界の暁斗はこんなヘンな世界に引きずりこまれることは無かったから。
「けど、暁斗はどうして俺の話、信じられるの? いきなりやってきて、イトコだ、とか、パラレルワールドだ、とか……アヤシすぎるでしょ? ほとんど初対面なのに」
「うーーーーーん…………だって……正宗、泣いていたから。あんなに強い、高原正宗が、一回しか会ったことないオレに、そんなことするなんて、よっぽどでしょ? 気になったんだ。それに…………
正宗がオレに嘘ついて何のメリットがあるの? 精神病の人だったら、もっと支離滅裂の話になると思うけど、正宗の場合、ずっと見ていて、おかしなトコなんてなかったし。だいたい精神病の人に(剣道で)優勝なんて無理。そんな甘い世界じゃない。
オレね、量子論のSFを読んだことあるんだ。そこじゃパラレルワールドとか量子の収縮は普通に起こっていたよ。量子の動きは、まだまだ謎に包まれているから、何が起こっても不思議はない、って思っている」
うへー さすが暁斗。この世界でも不思議好きは相変わらずだ。
「うん。それは俺も気づいていた。恐らく……自分の意識エネルギーを沢山かけた世界につながるんだと思う。普段、いる世界って、その世界にチューニングされているから存在している、ってのもあるけど、そこでエネルギーが安定しているんだ。
けど、俺の場合何か拍子でチューニングがブレて元の世界から、こっちにチューニングが合ってしまった。エネルギーがこっちで安定してしまった」
「じゃ、意識エネルギーを動かせば、チューニング変更出来るってこと? 」
「うーん、そんな感じかなあ。でも、どうやったらいいんだろう」
何かがひっかかった。
確か……家にある不思議本にそんな話が書いてあった気がする。
「暁斗、俺の家に来て」
「正宗の? 神社の? 」
「うん。そしたら俺が嘘つきじゃない、って証明も出来るから」
「嘘つきなんて思ってないよ。でも、母さんのことが分かるなら……知りたいかも」
ふたりでうなずくと、俺たちは立ち上がった。




