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消えた恋人

 北風がものすごい。

 夜半から吹き荒れていた吹雪くような風は、朝になっても治まらない。


 でも、俺はこんな日が好きだ。

 ベッドで暁斗とぬくぬくと抱き合っていられるから。

 彼の甘い匂いとラブリーな体が、そばにあれば、もう何もいらない。

 すっごく幸せ。


 こんな幸せな日曜日。

 半分、まどろみつつ、覚醒が徐々に起こるまで暁斗を抱こうと腕を伸ばした。


 けど。

 シーツは冷たく、愛しい恋人の体はどこにもなかった。


「トイレかな」


 深く考えず、また眠りに落ちていく。

 そして。


 再び目を覚ましたとき、彼の姿は未だに戻っていなかった。


「母さん、暁斗知らない? 」


 台所で味噌汁を作っている母に聞いてみた。


「あきと? 誰? まだ、夢見てるの? 今日は母さん忙しいんだから……」


「何言ってんだよ。暁斗はこの家の子だろ。どこに行ったか、て聞いてんだよ」

「はあ? 」


 母は眉をよせて俺をコワイものでも見るかのようにじっと見た。


「……仕事のしすぎかしら? 」

 心配するように俺の額に手を当てた。

「熱はないようね……気分悪くない? 」

「大丈夫だよ」


 その瞬間、俺はすごい事に気づいてしまった。

 今、いる台所は、家を改築する前の台所だということを。そして、さっき俺が出てきた部屋も、改築するまでに住んでいた俺の部屋だったということを。


「いま……いつ? 」

 カレンダーを見る。

 一年前の一月。


「うそ……」

 あまりのショックに俺は、ふらふらと椅子に腰を下ろした。


 そんな……

 そんな……


 いつの間にか時間が戻ってしまっている

 そんなこと……

 ありえない……


 いや。

 もっとありえないのは暁斗と出会っていないことだ。

 この時期には、もう俺の家に来て一緒に生活していたハズ。

 なのに、なんで?


「母さん、鏡子伯母さんはどうなった? 」

「鏡子さん? …………若い頃、出ていったきり音信不通って聞いたけど。鏡子さんがどうかしたの? 」

 俺の様子がおかしいのを分かっていながら、対話をしてくれる母。


「ううん……何でもない。……ちょっと休んでくる」


 頭を整理するため、ひとりで考えたかった。


 暁斗の部屋にしていた客間をのぞくと、テーブルと座布団が配されているだけで彼のいる気配はみじんもなかった。

 部屋に戻ってベッドに入る。ああ、暁斗がいないと、ベッドがこんなに冷たい。


 どうやら、これはパラレルワールド(並行世界)に入ってしまったようだ。


 鏡子伯母さんが死んでいなくて、暁斗がうちに引き取られることがない、っていう。

 いや、鏡子伯母さんは亡くなっているかもしれない。けど、何かの事情で暁斗がうちに来てない、ていう線もある。


 いずれにせよ、元の世界に戻らなくちゃ。

 でも、どうやって!


 このまま暁斗に会えなくなってしまったらどうしよう

 恐ろしい考えが浮かんで、俺はブルブルと震えた。


 俺、あいつなしで生きていけない!


 だって、暁斗は俺の半身だから。運命の恋人だから。

 やっと

 やっとひとりじゃないって

 孤独じゃないって

 想いあったのに

 愛し合ったのに

 …………

 涙をすすりながら、俺は深呼吸をした。


『暁斗に会わなくちゃ』





 暁斗の住んでいた家に行ってみた。

 この世界の暁斗がいたとして、俺は他人なんだから、どうしようも出来ない、って分かっていても、彼に会いたくてたまらなかった。


 凍える寒さの中、家の戸口に立った。

 表札を見上げると、狭間 とだけしか出ていない。鏡子伯母さんはどうなったんだろう。

 何度かインターフォンを鳴らしてみたけど、留守のようだった。


 どうしよう…………


 ここで待っていてもいいけど、今日は寒すぎる。張り込みは車がなきゃな。一旦、家に車を取りに帰ろうと決意した。


「高原さん」


 数十メートル歩いて角を曲がろうとした時、暁斗の声がした。

 振り返ると、黒いダウンジャケットを着た暁斗が、走ってこっちに向かってきた。


 ああ

 あきと。


「やっぱり、高原さんだ」

 胸がいっぱいで何も言えない俺に、暁斗は無邪気に笑いかけた。


「オレ、狭間暁斗です。覚えてます? 剣道の春の全国大会で……」

「うん、うん」

 何度もうなずいて、平静を装おうとしたんだけど


「……っ……」

 不覚にも、ほぼ初対面の暁斗の前で、ボロボロと涙をこぼしてしまった。

 苦しくて涙が止められなかった。


「ごめん………………ごめん………………ごめん」

 あやまるしか出来ない。


「うちに行ましょう」

 俺の背中に手を当てながら暁斗は自宅に誘導してくれた。


 背中に当ててくれた手がとても暖かい。

 やっぱり、暁斗だ。

 とても優しい。

 他人の心の傷にはとても敏感だ。

 そう思うと、懐かしくて…………情けないことに家に入るまで子どものように泣き続けた。


 ひんやりとした室内。

 暁斗はすぐにストーブに火を入れて、お湯を沸かした。どこか昭和の匂いのする一軒屋。


 小さなキッチンに立つ彼を、俺は次の和室でこたつに入りながら見ていた。どことなく落ち着く、その空間。違った時間の流れの中でも、暁斗と共にいれば不思議と心がやすらいだ。


「はい。ちょっぴりブランデー入れてますんで暖まりますよ」

 出されたお茶は、ほうじ茶。その中にブランデーを入れたという。

 はは……

 ヘンなことするなあ。けど、昔、暁斗に出されたのもほうじ茶だったっけ。


 ゆっくりと、ブランデー入りほうじ茶を飲む。あんまりブランデーの味はしない。詰まっていた喉と胸が温かくなって、ほぉって息がつけた。


 しばらく無言でふたりお茶を飲んだ。

 いいんだ。何も話さなくても。彼と俺は言葉なくても、お互いをじゅうぶん感じられるから。


「なんだろ、なんか……眠くなってきちゃった」

 こたつに入りながらも膝を立てて、その膝を抱いていた暁斗は、その中に顔を突っ伏したまま眠そうだった。


「うん、俺も」

 ほぼ初対面、初めて来たお宅なのに、俺もゴロンて横になるとすぐに意識をなくしてしまった。ずっと「あきと、あきと」て彼を求めていたら眠くてたまらなくなったんだ。


 ぷくぷくぷく……


 何の音だろう。

 目を覚ますとストーブの上に置いたヤカンから蒸気が立っていた。隣に座った暁斗は、まだ突っ伏したまま眠っていた。じっと彼の顔を見る。美しくて清らかな顔は、俺の知っている暁斗だ。愛しい恋人…… 

 このまま目を覚ましたら「正宗、眠っちゃったよ」て言いそう。また泣きそうになって感情が高ぶったところで、暁斗が目を覚ました。


「あ……」

 俺と目が合った。俺は無理やり笑顔を作った。


「ごめんなさい。オレ、寝ちゃったみたいで……」

「ううん、俺もちょっと眠ったみたい。初めて来たお宅で、こっちのほうが図々しいね」

「ううん」

 やさしく、そしてひまわりのように暁斗は笑った。


 俺たちが眠ってしまうのは、お互いのエネルギー交換が激しいからだ。普段からエネルギー交換はしていたけど、今回は、ふたりの状況が異なる。


 俺はいなくなってしまった暁斗の喪失感が激しかったし、この世界の暁斗は、俺とは親密な関係じゃない。いわば初めての体験だったんだ。


「なにかお菓子でも食べます? 」

 そう言うと暁斗は、台所に行って物色をはじめた。


「暁斗、くん、お母さんは? 」

「えー、母ですか? 仕事です。今日は……日曜日だから、遅いと思います」

 鏡子伯母さんは生きているんだ!

 そうか。

 この世界は鏡子伯母さんが生きている、て世界なんだな。


「こんなもんしかないですけど、何か出前でも取りましょうか? 」

 おかき、や、ちょっとしたクッキーなんかを暁斗はこたつの上に広げた。


「いいよ。あ、暁斗くんがお腹すいていたら取って」

 そう言った瞬間、お腹がぐぅって鳴った。うわあ、かっこ悪い! なんで体は正直に答えるんだよ。確かに朝ごはん抜きで、ずっと食べてなかったけどさ。


「ははっ。やっぱ取りますね」

 嬉しそうに笑うと暁斗は、出前のメニューをひろげた。俺たちは、どんぶりを選び、注文の電話をかけた。なんか楽しい…………


「なんで、オレの名前、知ってるんですか」

 暁斗は、ちょっと嬉しそうにでも好奇心のこもった目で俺を見つめた。


 俺はどういっていいか分からなくて下を向いた。適当に誤魔化すことは出来るだろう。けど、暁斗に嘘をつくことはしたくなかった。いきなり大泣きした訳さえ、まだ話していない。彼は優しく共感能力が高いから、こっちから話さない限り、理由を問うことはしない。それが分かっているから、なおのこと、そんな彼に嘘はつけなかった。



「暁斗くんは俺のイトコなんだ」

「え? 」

「鏡子伯母さんは、俺の父親の妹なんだ」

 驚いた顔をしていた暁斗は、関係性を理解するために目を左に寄せた。


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