08
朝起きると、姉が顔を覗きこんでいた。何事だ。
「おはよ」
「うん…」
布団を引っ張って、もう一度二度寝をしようと寝返りも打つ。
「ねぇ、今日買い物に行く約束は?」
「忘却の彼方へと行ってしまったようだ」
「忘れてたんでしょ!!お姉ちゃんとの約束忘れてたんでしょ!」
煩い。
人気者の姉は、大嫌いだ。
だけど、家に居る時の姉は、大好き、だ。
「あ、何この文房具!すっごい可愛い!」
「動物園行った時に貰った」
「彼氏!?お姉ちゃんに会わせて!お姉ちゃん、生理的に無理な人とは別れさせるからね!」
家に居る時の姉は、だいたい私に構おうと躍起になる母親のようだ。正直ウザい。
仕方なくノソノソと起き上り、パジャマ替わりに来ていた中学時代のライトグリーンジャージは単品で見るとめちゃくちゃダサい。半端ないダサさだ。それを脱いで下着姿になる。
「もう!まぁた、こんな所にジャージ脱ぎ捨てて!誰が片付けると思ってんの!?」
「お母さん」
「そう!お母さんに少しでも楽にしてもらう為に、脱いだら自分で畳むぐらいしなさい!こら、聞いてるの!?もう!下着姿でうろちょろしないの!」
お前は母親か。
家に居る時の姉はやたらと世話を焼きたがる。正直ウザい。
適当に引っ張ってきたパーカーとジーンズを身に着けようとすれば背後から厳しい視線。
「ちょっと!年頃の女の子が買い物に出掛ける格好じゃないでしょ!ちょっと、待って!お姉ちゃんがスカート貸してあげる」
パタパタと私の部屋から出て行く姉は、基本的に私の部屋のドアを閉めない。すぐ戻ってくるから、とそのままにするのだ。母親のダメな所が出ている。
「はい!持ってきたよ」
そう言って持ってきたスカートはなかなか短くて、裾がフンワリしている為、ちょっとの風でも捲りあがりそうだ。
「はいはい」
もう、どうでもいいや、と思って履いてみたらチャックは上がったのだが、ホックが閉まらないという事態に陥ってしまった。それを見た姉は、今にも笑い死にそうな勢いで時折、床をグーで叩きながら、腹を抱えて笑っていた。
自分で勧めた癖にっ…!
「ついでに、スカートも買いに行こうか」
「……いらん」
「絶対に履きたくなる時が来るんだから、買うの!」
「いらんって。絶対に穿きたくならないって」
ジーパンは辞めて、赤チェックのパンツを穿くと、また姉からの厳しい視線が送られてくる。
「そのパンツ買う時も同じ事言ってた!」
「…………」
しょうがないので、何着かスカートも買う事に決めた。
デパートに着いてすぐに姉はアクセサリーショップへと行く。なんとまぁ、女子力の高いこって。
「ねぇねぇ。これ可愛くない?」
「はいはい。可愛い可愛い」
茶色いリボンと白いレースが一緒になって蝶々結びされている可愛らしいカチューシャを頭に付けて女子の会話をする。なんか、私が「本当は家でゆっくりしてたかったのに、妻に良い様に言い包められた夫」の様だ。
「もう!ちゃんと見てる?」
「姉ちゃんなら、なんでも似合うと思う」
「そうね!」
完全に剥れた姉を宥める為に、しょうがないのでクレープを奢る事で手を打ってもらった。
ちなみに、姉はカチューシャを購入したようだ。
「あ」
文房具が立ち並ぶフロアへエスカレーターで来ると、なんとも可愛らしいパンダグッズ。ちょっと、見てみたいかもしれない。
「姉ちゃん、あそこ見」
「今日は欲しかったペン諦めて、婦人服売り場に行こうか!」
「…………」
がっしりと腕を掴まれて、上へ登るエスカレーターに乗った。何かあったのだろうか。あ、なんか、いつか見た銀色頭の黒メッシュ。飼育員だ。私もアレには会いたくないからまぁ、好都合だし、いっか。
婦人服フロアへやってくると、当初の目的である私のスカート探しを始めた。そんな事しなくていいのに。姉よりも太い私の足を晒したくない。
「これなんか、可愛いわ!」
茶色いスカートを私の下半身にあてて似合うかどうかを見ている姉は、「似あわないわね」と一言呟いて、それを売り場に戻す。を何度か繰り返して、濃い緑色のチェックのミニスカートを押し付けて、試着室に放り込まれた直後の事だった。
「あれ、蓮華ちゃん」
「こんにちは、会長。今日は一人でお買い物ですか?」
「自分用じゃないけど、ちょっと気になる子にワンピースでもプレゼントしたいなって」
「え!?会長、好きな子出来たんですか?どんな子」
聞き覚えのあるお兄さんの声がした。くっそ!姉ちゃんのアホ!また自分のサイズで見繕ったな!スカートは、チャックは上がったが、ホックが閉まらないという、今朝やったばかりの事態にまた陥ってしまった。なんとか入れようとするが、1㎜も動いた気がしない。
「最近公園で遭った子なんだけど、なかなか面白くてね」
そうか、面白いか。私も姉が床に蹲って、腹を抱えるぐらいに面白い事になってるがね。くっ!閉まらない!
「へぇー。一目惚れですか?」
「あ、ありえないありえない」
そういえば、姉はこのスカートをとりあえず取って、私に押し付けていたな。本当、ありえないありえない。
「ただ、おちょくりたいだけだから」
「……………この場合、私はなんて答えたらいいんでしょうか」
とりあえず適当に取ったっぽいスカートを脱いで、赤チェックのズボンを穿いて、男が去るのを待つ。知り合いっぽいし、邪魔するのは良くない事ですよ。
「ところで、蓮華ちゃんは誰かと買い物中?」
「え、と、妹と一緒なんです」
「妹ちゃん?居たんだね」
「居ますよ。最近、つれない態度ばっかり取られるんで連れてきちゃいました」
「へぇ。浮気でもされてるの?」
ビキィっと自分の体が固まるのがわかる。と、その瞬間ガッとカーテンを開けられた。
「酷い!私という姉が居ながら、血の繋がらない真っ赤かな他人に『お姉ちゃん』なんて存在が居るの!?」
「…………」
この場合、私はなんて答えたらいいんだろうか。というか、まさかの私が夫役かよ。そして、私がまだ着替え中だったらどうしてたんだろうか、この姉は。
とりあえず、
「ご、誤解だ…っ!」
そのノリに乗っておこうと思います。