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誰かに、自分の気持ちをわかってもらおうなんて思った事はなかった。

自分の想いは、自分だけのもの。例え、それが禁忌の類だったとしても関係ない。





僕には、大企業の社長の父と、その大企業に勤める姉が一人居る。母は居ない。僕が生まれてすぐに死んでしまった。母が死んですぐに、家政婦とベビーシッターを雇ったらしい。二人の女性の相性は最悪で、家の中ですぐに喧嘩をし、僕等姉弟を泣かす日々。そんな訳で、近所の定年を迎えたばっかりのご夫妻が、異変を感じてすぐさま警察に通報。即解雇となったわけだ。そして、僕等は、小学校に上がるまで、そのご夫妻の所に厄介になっていた。姉は、徐々に家事を覚え、僕はおじいさんと一緒にテレビを見ながら、おじいさんの「今の世の中は」から始まる政治関連の話をよく聞かされていた。

よくも悪くも、僕等は育っていき、そして小学校に入ると同時に、沢山の習い事を掛け持ちしていた。姉は、習い事はせずに毎日、ご夫妻の元へと通っていた。正直言うと面白いはずがなかった。なぜ僕はおじいさんとおばあさんに会わずに、毎日を習い事で埋め尽くされ、なぜ姉だけがその柵がないのか。僕は理不尽に思ったが、その理由は後でわかる。僕は会社の跡取りで、姉は会社と会社との繋がりを強化する為、どこかの大企業へ嫁入りするという未来が決まっていたからだ。それでも、理不尽に思えた。僕だけが大変で、姉はいつだってヘラヘラ笑っているだけで、なんにもしてないじゃないか。だけど、それは違っていて、いつだって家庭を支えているのは姉なのだと気付いたのは、中学校入る頃だった。

そして、その頃から芽生えた姉への仄かな恋に戸惑いを感じつつも、その想いを自分の中で受け止めるしかなかった。

誰かに向ける笑顔が、僕にだけ向けばいいのに。

その優しさが全て僕のモノであればいいのに。

どうして、アンタが彼女の隣に立てて僕は立てないんだ。

そんな想いがずっと頭の中を締めていた。そんな時に、家庭訪問に来ていた担任に遅すぎる現実を叩き付けられた。

「近所のお姉さんかしら」

「あ、いえ。紀一(キイチ)の姉の照です」

「え、あ、あらー。あんまり似てない姉弟なのね」

どもる担任に違和感が拭えずに、姉の顔を見れば、姉の表情は笑顔のまま固まっていた。何かあるのかは一目瞭然だったが、何も問う事はなかった。

戸籍上は、姉と血の繋がった姉弟だったからだ。証拠がある誰の目よりも明らかな。僕と彼女は、間違いなく姉弟なのだ。





ところが、姉が結婚をしてから数日後、僕は苦い想いに苦しんでいる所に父が話してくれた内容はあまりに残酷だった。





家よりちょっとだけ遠い公園の木陰のベンチでボーっとしていた。今は六月で、そこそこに暑い日が続く。このまま、死ねたらいいのに、と何度もそう思った。それを実行する気はないけれど、どうにかする気もなかった。

「あの、」

「…………」

「ねぇ、私の教科書の上から退いてください」

「えっ…?」

僕より先に、ベンチに居たらしい彼女は、腕を伸ばして、僕の下にある教科書を取ろうとしていた。

「ごめんねっ」

「い、いえ…。こちらこそ、すいません。人が座るベンチの上に教材を広げてしまって」

どうやら、彼女はここで勉強中だったようだ。彼女の横には、可愛らしいパンダの顔が印刷されたポーチと、パンダのペンにパンダの消しゴム。なんだかパンダが大好きで有能な後輩を思い浮かべて、思わず生温い視線を送ってしまった。

「…こ、これは…っ!この間、動物園に行った時にたまたま居合わせた飼育員に勝手に押し付けられた物であって、私の趣味ではありません!お、思いの外凄く使いやすかったので実用性重視で使っているだけです!」

なんだか、凄く一生懸命に事実を話しているのだけど、言い方がこれじゃ、「素直になれない女の子が一生懸命言い訳している」ように見える。けど、彼女から“飼育員”という単語が出てきて、すぐさまそれがパンダ愛好家のやぁクンである事がわかった。佐賀動物園にはちょっと高めだけど、使いやすい文房具や、なかなか使い勝手のいい小物入れなどが置いてあって、それ経由のマニア達には大絶賛なのを、彼女は絶対に知らない。

「知ってるよ」

「………ならいいです」

どこか満足気に数回首を縦に振ると、勉強に戻った。

なんとなく、寂しくなった。

「ねぇ、僕が勉強教えてあげようか?」

「いいえ。結構です」

「保健体育の性から教えてあげようか?」

「ぜひとも勉強を教えてください」

耳元でこっそり言ってみれば、彼女の遠回しの拒否が返って来た。

「じゃあ、何から教えようかな」

「古文からお願いします」

ニッコリ微笑んで見せて、教科書を広げる。

彼女は思いの外、飲み込みが早くて、気付けば日が暮れていた。

「今日は楽しかったなー」

「そ、そうですか…」

「またここにおいで。土日なら多分ここに居るから」

「……わかりました。あの、」

「ん?」

立ち上がった彼女は、おもむろにこちらを見た。重たいセミロングの黒髪に、よく見ればいい形のお尻をしている。触っちゃダメだろうか。

「歴史の教科書…」

また、彼女の教科書を下に敷いて座っていたらしい。


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