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06

今日はなんとなく動物園にやってきた。

本日我が家には親戚が来るそうなので、艇の良い厄介払いをされたのである。まぁ、親戚付き合い面倒くさい、な私にとって持って来いの厄介払いなのでお小遣いをもらって、動物園に一人で楽しくやってきたのである。

動物園は最近話題の「佐賀動物園」というパンダで有名な動物園である。なぜパンダが有名かと言うと、園長さんの意向らしいのだが、そのパンダのコーナーは大変大人気な為、遠くから見る事も不可能なのである。

「しょうがない……」

ふぅっと溜息を零した瞬間に耳にフーと軽く息が吹き掛けられた。

「ぎゃあああ!!!?」

背筋がゾワゾワし、腕にサブイボが出来た。猫だったら、毛を逆立てている所だ!!

「何がしょうがないの?」

後ろを振り向き、子供じゃしない悪戯に怒鳴ろうとして息を飲んだ。銀色の髪に、黒メッシュ。なんとなくパンダを連想させるその髪の配色に目を白黒させつつ相手の顔を見る。髪の印象が強すぎる。なんだこの人。

クリクリの黒い目に肌理の細かそうな白い肌。何よりも女性的なそのお綺麗な顔立ちに八重歯はなかなお姉たま方のツボを刺激してますね。そのツボに待ち針でグッサグッサと刺されている気がする。

「パンダ、見に来たんですけどね…」

チラリと視線を戻せば、人だかりはさっきよりももっと拡大していた。というか、この人の作業着、おかしい。袖と裾が黒くて、他は白って…。あー、はいはい。パンダ意識してるんですね。わかったからもうパンダネタ辞めない?

「まぁ、パンダじゃないけど癒し系の動物なら居るからそっち案内してあげようか?」

「え?」

「今人気のアルパカ、カピバラ。他にウサギさん達も居るよ。それから、レッサーパンダとかも人気かな。まぁ、パンダには遠く及ばないけど」

貴方のパンダ愛は心底どうでもいいのでとっとと案内してください。とは言わなかった。言ったら最後、なんか面倒臭そうな予感がした。

「はぁ…」

曖昧に返事したらいきなり手を握られた。

「じゃあ、逝こうか」

「どこに逝くつもりですか」

パンダ天国なら私も逝きたいです。とは言わなかった。なんか面倒臭そうな予感がした。

飼育員に連れられて最初に来たのは、芝生が敷かれてある柵の中だった。ただの柵かと思えば、アスレチックなんかもあったりして、動物に飽きた子供が遊べるようなところになっていた。

「ほらウサギ」

「わぁー」

たれ耳が可愛い茶色のウサギは大変可愛くて私の腕の中で大人しく抱かれている。

「そのウサギ、この種類の中では一番獰猛なんだけどね、俺が居る事によって大人しくなるんだよ」

そんなモノ持たせんな。離してやろうとしゃがんで手を放すと私の膝の上で丸くなり、飼育員の顔色を伺うようにチラチラと赤い目を飼育員に向けている。

「……なんか、したんですか?」

「ちょっと」

涼やかな笑顔でそう言った飼育員の口からチラリと見え隠れする八重歯がなんだかとても可愛い。

「他の(ウサギ)の餌も独り占めしてたから…………やりすぎちゃったのかも、ね!」

思わず胸をキュンキュンさせる無邪気な笑顔に私がやられそうになったが、私の膝の上で丸くなっているウサギがブルブルと震えだした。尋常ではない震え方に何があったのか、喋りもしないウサギに問い詰めたいぐらいだった。

それから色々回ったのだが、獰猛だと説明された動物は大抵、この飼育員には従順な態度だった。あの、虎やライオンに豹、ワニでさえ、この飼育員を見て震えていたぐらいだ。何をされたのか、ちょっと聞きたい。

「楽しかったー?」

「え?あー……うん。それなりに…」

本当言うと、この男が隣に立っている時点で色んな意味で楽しめたが、純粋に動物園を楽しんだという事ではない。何者だよ、この男。動物達に怯えられる人間ってどうなの?

「お昼は食べた?」

「え」

だいたい開園から居たではないか。

「まぁ、ずっと一緒だったし、食べてないのは当然だからそんな顔をしないでくれない?」

「はぁ」

「とにかく。ここのレストランはお勧めだよ。なんてったって、動物大好きな高級料理店のシェフ達が経営してるからね!!」

でーんと胸を逸らして、ドヤ顔を決めているその顔にもキュンっと来たが、言ってる事はなんかおかしい。

「高級料理店のシェフ!!?」

「ここの何が凄いかって低価格でやってるとこだよね。普通なら潰れてる」

「え、ならなんで!!?」

「えー、皆の趣味だからじゃない?ここで働きに来てる人って、9割の人が副業。残り1割がうちの正社員。土日しか来ない人とかも居るし、本業の方が忙しくって、3か月ぐらい来ない人も中には居るよ」

「え、じゃあ、給料とかは?」

「無駄がないように時給制。まぁ、皆楽しそうだからいいんじゃない?そのせいか、皆早く仕事終わらそうと必至だよ。それに、質を落とさないように、でも素早く働いて少しでも長く動物と触れ合える時間を長くしようと、皆一生懸命だからね。クレームなんて出たら、余計長くなるから、神経物凄くすり減らして頑張ってる姿見ちゃうとさ、ほら、ちょっと時給上げたくなっちゃうよねー」

明後日の方向を向いて言う飼育員さんの目が死んでいた。園長さんの苦労がなんとなく垣間見れちゃった瞬間だった。

隣を歩く飼育員は私でも気付かない程さりげなく手を繋いでいて、あ、そういえば、最初のウサギを見に行った時も手を繋いでいた…ような気がする。男の子の手って、こんなに大きくて、漂白剤掛けて滑々な肌をガサガサにしてやりたいって心底思うものなんだね。

「あ、あの、私、もう帰ろうかな…」

「えー…。あ、じゃあ、その前にこっちおいでよ」

そう言って、私は飼育員にぐいぐい引っ張られて、連れてこられた場所はお土産コーナーだった。

「いらっしゃ…!!?」

「こんにちはー」

「こ、こここここんにち、は…」

飼育員を見て、驚きのあまり目をまん丸くしてこっちを見ているレジの女の人は、若い女性だ。

「何がいいかなぁ」

とかなんとか言って、飼育員が手に取ったのは大きなパンダのぬいぐるみだ。なんて予想通りの事をしてくれているんだ。この男は。

「あ、名前なんていうの?自己紹介まだだったよね」

「え?もう、会う機会ないからよくないですか?」

「あー…。それもそうだねー。じゃあ、いっか」

「はい」

どの道、その頭が視界に入ったら即座に逃げ隠れるつもりだ。もう二度とお話ししたくないって思えたのは、今年の四月のセクハラ事件以来だ。

なんだったのだろう。あの男は。人の太腿やら尻やら腰を、執念に撫で回していた。

あぁ。果てがないぐらい気持ち悪い。

「じゃあ、これ買ってあげる」

そう言って、飼育員が手にしたのはなんとも可愛らしい、パンダの文房具セットだった。金額が普通の文房具セットの二倍以上なんですけど。

「え、あの!」

「はい、これお願い」

「は、はい…!7,980円になります」

「スパッとやっちゃって!」

無邪気に言う飼育員がさっと出したのは、クレジットカード。

レジにてスパッと会計を済ませて、紙袋に入った文房具セットを持たされて、見送られた。


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