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「佐賀、どうした。元気がないな」
「アキじゃん」
何故か、佐賀は俺の事を愛称で呼ぶ。年下なのに、まるで同年代の友人のように。それに不満を抱いた事はないが、素直じゃない俺の口は不満しか言わない。
「せめて、さん付けぐらいしろ」
「はいはい。アキは、ちょっと慣れ慣れしい方が好きだもんね」
「なんでそう思ったのかは知らんが、日本の縦社会を教えてやろうか」
佐賀よ、なんでそこまでわかるんだ。お前はエスパーか何かか?
俺、和泉明吉は素直では決してない。ただ単純に思った事をそのまま口にするのが凄く凄ーく恥ずかしいだけだ。だが、そんな俺に対して周りは酷く優しい。
世の中捨てた物ではないな。ここまで優しくされて嫌な思いをする奴なんぞこの世には居ないだろう。
「アキって本当…、動作だけやけに素直だよね」
そんな事を言われている事など気付かずに、俺は佐賀の優しさに浸っていた。
「ところで、本当に元気がないな。風邪でも引いたのか」
「引いてないよ。アキ、心配してくれてありがとう」
「心配などしていない!」
明後日の方向を向き、そういえばカバンに風邪薬があったのを思い出した。
「いや、マジで無理してないから、頭撫でないで欲しいな。無自覚なんだろうけどさ…」
「………なんか言ったか?」
「空耳じゃない?」
「そうか」
そういえば、さっき女と何か話していたな。あの黒髪の女が佐賀を悩ませるような事を言ったのだろうか。気になる。非常に気になる。だからと言って、そんな無神経な事は聞けない。
ここは、友人として何かを言った方が良いのはわかるが、なんと言って励ませばいいんだ?そもそも佐賀は悩んでいるのだろうか。いや、ただ単に今日はパンダの格好が出来なくて悩んでいるだけかもしれない。だが、しかし、
「あー……えー…と、アキあのね、実はね」
なんと、佐賀から喋り始める、という事はかなり悩んで…。はっ!まさか、俺が逆に悩むとは!それを見兼ねた佐賀か、声を掛けてきたという事か!しまった。本ら
「アキ、なんとなく考えてる事わかったから、一回俺の話を聞こうか」
「すまない。どうもトリップしてしまったようだ」
「いいよ。いつもの事だし」
いつも…?
「ちょっとね、女の子にもう会いたくないって言われたのに、ばったり会っちゃっただけだから」
「会いたくない…?佐賀にか。随分珍しい女子が居たものだな」
いつもであれば、女子の方から佐賀に会いたいと言ってくるものを。
佐賀は見た目のチャラ付いた雰囲気と、中身の雰囲気が一致しない。滝瀬もそうだが、愛塚兄や、紀一も見た目と中身が一致していない。
「なんとなく考えてる事読めたから言うけど、アキも十二分に見た目と中身が一致してないからね」
「む?」
「なんていうのかな。ちょっと変わってるけど、そんな子も世の中には居るよねーっていうか、うん。本当の意味で拒絶されたのは、生まれて初めてだったからかな」
佐賀の言っている事は偶に意味がわからない。ぜひとも俺にわかりやすく説明してほしいのだが、佐賀の言う事は後になってわかる事の方が多い。推理物とかは特に。
「俺はね、十人十色って、人が生活している所に行けば必ずあるものだと思ってるよ。だから、いつか俺の事が嫌いな人が目の前に現れる。その時がどうしても怖かったのかもしれない。今の俺は、完全に怖気付いちゃって、目の前にある事をどうしたらいいのかわからなくて、わからない事が恐ろしくて、ダメなんだ」
ここで何か一つくらい励ましの言葉を掛ければいいのだろう。
だが、それが今の俺には思いつかなかった。
「佐賀、俺はなんと言ったらいいのかわからない。だが、これだけは言える。わからないなら知ろうとすればいいのだと思う。怖いのなら友である俺が傍に居てやる。嫌いなどと言われたのなら、俺がめいいっぱい佐賀の良い所を褒めてやる。それでもダメなら、」
目の前で嫌いなどと、俺だって言われた事はない。だがこの先、確かにそんな未来はあるのかもしれない。俺が知ろうとしないだけで、俺の周りには敵しか居ないのかもしれない。
けど、そんな事で一々悩むのは非常に疲れる。考えないようにしても考えてしまうのは人の性なのだろう。だから、あえて納得できるまで悩む。悩んで悩んで、それでも答えが出ないのなら、いっそ現実逃避してしまえ。
「俺と一緒に旅でもするか?」
「随分と話飛んだね。どうやったら、旅なんて事に繋がったの。確かにまぁ、旅はしたいね」
「ヨーロッパ旅行とかいいんじゃないか?気晴らしにはなるだろうな」
「そうだねー。本当の意味での現実逃避って素敵だと思うよ」
澄み切った青い空を見上げた。
そうしてから現実に戻った。
「それで、佐賀。件の女子とは一体誰だ」
「本当、アキってば現実に戻るの早いね。あ、あの子。ちょうど蓮華ちゃんが走って行った先で、でっかい何かを渡してた子」
ちなみに今は、女子の借り物競争だ。
流石は木野。足が速ければ、力持ち。木野が持っている物は一体なんだ?非常に気になる。木野がかなり重そうに持ってるところを見ると、アイスボックスか何かだと思うが。
「……アキって本当にわかりやすいよね」
「なんの話だ?」
「空耳じゃない?」
「そうか」
目で、木野を応援しながら、
(なんか、応援団の真似事しだしたよ。大声で応援は出来ないけど、目で応援しようって感じかな。やっばい。全力で他人のフリしたい)
とまさか佐賀にそのように思われている事など露知らず、俺は懸命に木野に視線でエールを送る。
「ね、ねぇ、アキ。会長は?」
「サボりだ」
「即答?ねぇ!たっちゃん!会長探してきてよー!」
「今、忙しいんですけど。佐賀先輩の隣に居る人に頼んでください」
ちょうどそこを通りがかった滝瀬が、ハードルを持ったまま顔を顰めた。ちなみに紀一がサボるのは今に始まった事ではないので、居ないものとしている。
「アキはこれから障害物リレーだし」
「僕だってこの後、ゴールで審判しなきゃいけないんで、失礼します」
「えーじゃあ、東雲クン、行って来ようか」
「なんで俺なんスか」
たまたま滝瀬と同じようにハードルを持って歩いていた東雲もまた顔を顰めていた。
「佐賀さんが行けばいい話じゃないッスか」
「俺もこの後、まさかの障害物リレーが待っていてね」
「奇遇ッスね。俺もッス」
そういえば、東雲と俺と佐賀は同じ走者だったな。
誰も、紀一を呼びに行けないという事は、愛塚か木野に頼むほかないという事になるな。
「木野を呼ぶか」
「そうだね…。生徒会のテントに誰も居ないのはちょっと問題だし、最悪見つからなくても、楓雅と蓮華ちゃんが居ればなんとかなるしね」
生徒会のテントとは、生徒会役員の席があるテントだ。
主な仕事は、来客者の対応になるのだが、これがまた大変だった。よくあるのは、落し物、道に迷っている人が上位を占めているが、主に、警察か警備員のような事をしているのが生徒会と教師陣だ。
「あ、皆!この後出番だよね?代わりに来たよー!」
タイミング良くやってきた木野の後ろに、チョコマカとくっ付いて走ってきている愛塚兄弟の内の悠雅はこの後の障害物リレーでの同じ走者だ。
「悠雅先輩じゃないッスか」
「颯じゃーん。今日も相も変わらず腹黒ってる?」
「バッチリッス」
「そこ。爽やかに笑う所じゃないんだけど」
尽かさずツッコミを入れる滝瀬は、こめかみに青筋を出す。
ニコやかな二人は仲が良いそうだ。紀一と違って、同族嫌悪のない二人は相性が良いらしく、よく楓雅がお腹を押さえている。何をそんなに爆笑しているのかわからない。
「…………」
「佐賀?どうしたんだ」
「アキになんてツッコミ入れようか迷い中。アキはストレス性胃炎とはこの先、縁が無さそうで羨ましいよ」
「あー」
なぜ、佐賀と楓雅が複雑な顔をしているのかはわからないが、なんとなく自分の事だと思い、睨み付けておく。
「で、誰が会長連れてくるんですか」
「蓮華先輩、テントに居てください。俺が会長を連れてきます」
「うん。わかったわ。お願いね」
全く、楓雅は悠雅と違って良い奴だな。
本当に双子の兄弟か、と疑ってしまう程の素直さだ。




