02
「たーっちゃん!!」
そう呼ばれ、軽く外に跳ねている金色の髪を抑えて声のした方に視線を向ける。
「なんですか?」
「上の空だねー。パンダマンでも居たのー?」
「……………」
地べたに胡坐を掻いて座る先輩は、かなり変わっている人だ。銀色の髪に、左右に黒メッシュが入っているなんとも頓珍漢な髪をしている。それがその先輩には妙にあっている。というか、そのヘアスタイルは先輩にしか似合わないだろう。
ちなみにパンダマンとは、日曜の早朝からやっている子供向けのアニメである。パンダマンというヒーローが町の人の為に戦い、癒すというよくわからないアニメなのだが、女性にも人気らしい。
「別に、」
「別に、なんでもありません。しいて言うなら、早く仕事を終わらせて帰りたいのですが。先輩はこんな所で何をしているんですか。遊んでる暇があったら仕事の一つでも終わらせてください。っていうお小言以外なら聞いてあげなくもないぞー」
この先輩は、変だ。頓珍漢な格好に、頓珍漢な思考回路。なのに、ビックリする程頭の回転は速く、冷静沈着で、侮れない。
佐賀 八尋。生徒会会計で、母親が人気デザイナーで、父親が今でも現役のモデルだ。完璧に父親の遺伝子が強いのだろう、その顔立ちは整っている。そして、大のパンダ好きでもある。パンダに対する愛情は正直ドン引く。
「……気になる人が居るんです」
「えー。蓮華ちゃんの事?」
「違います」
先輩の言う“蓮華ちゃん”は、仕事は出来るけど、いけ好かない女だ。一つ一つの仕草、話し方は、自分が人気者である事を知っている証。天然で、平凡を望んでいるけど、周りがそれを許さないとでも言うように、当たり前のように生徒会に入ってきた女。生徒会の皆は“蓮華ちゃん”をメンバーの一人として扱っているが、“蓮華ちゃん”は、違う。たまにお姫様のように扱ってほしいと言わんばかりの態度を取る事がある。それが鬱陶しい。
「同じ学校の人じゃありません。他校の子です。いつも図書館に来ていて、勉強をしているんですけど、話し掛けても一切僕の方へ視線を向けないのに、昨日は向けてきたんです」
「ふーん」
「というか、初めて彼女の視界に自分が入った事が嬉しかったんです」
「へぇ」
「だから、もっと話したくてアドレス交換しようと思ったら、彼女は携帯持ってないって言うから、彼女が愛用してるペンを持って帰ったんです」
「…………たっちゃん、それ、軽く犯罪じゃない…?」
「先輩に常識語られたくないです」
常軌を逸した佐賀先輩は、廊下で鬼ごっこをするのが当たり前。教頭の背中をバンバン叩いて激励を言うのは当たり前。テストなんか受けた事がないらしいし、かなり常識を無視しているこの先輩が生徒会に居る事は最早都市伝説並みの謎だ。
そして、彼女の愛用の紫色のペンは、現在僕のペン入れの中に入っている。誰の目にも触れさせたくないからだ。
「恋?」
「鯉?違いますけど」
なんで、あんな泥臭いような魚に例えるんだこの人は。
机の引き出しからノートパソコンを取り出して、起動させる。会長に言われていた仕事を消化しなければ、彼女に会う時間が減る。
「……そういう意味じゃないんだけどな」
佐賀先輩は何かをポツリと言うと、渋々立ち上がり自分に充てられた机に戻って行く。佐賀先輩の机上は、書類関連でいっぱいだ。会長の机の方がまだ片付いていると言える。
「たっちゃんはさぁ、今のこの学園の制度にでも文句があったりする?」
「なんでそう思うんですか」
カタカタと指を動かして、パソコンに文字を入力していく。先輩は、書類を一枚一枚見ながら、多分なんとなくだろう、そう言った。
「たっちゃんの作る書類ってね、なんていうか、不満があります!もっとここをこういう風にしたらもっとよくなると思います!っていう感じの雰囲気あるんだよねー」
「なんですか、それ。確かに不満はありますけどそこまでじゃありません。佐賀先輩みたいに、脳細胞が全部パンダで出来ているわけじゃありませんから」
「ありがとう。とっても嬉しい」
「バカにしてるんですけど」
ガチで嬉しそうに目を輝かせている先輩はやっぱり変人だ。先輩の友人の一人が言っていた。「あれに本気でツッコミ続けたら、死んじゃうよ。適度に放っておけば勝手に落ち着くはずだから」と。ツッコまずにはいられるか。
佐賀先輩は目を離した隙に、生徒会室に設けられている給湯室から茶菓子を持ってきて、一人で食べたり(2割)、仕事そっちのけで校内鬼ごっこしたり(3割)、訳の分からない事をよく口走ったり(4割)、あまつさえ飽きたら、パンダの世話があるからと言って帰ったり(1割)、と普通では考えられない行動を起こすのが佐賀八尋というツッコミ所満載な会計である。
「あー、飽きてきたかも」
「仕事してください」
今、会長と副会長は短期留学でドイツに行っている為不在である。佐賀先輩の相手は基本的に副会長がしているのだが、その副会長が不在。自分の心臓にプレッシャーが重く圧し掛かった。