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第八話 昔語り

「昔話、ですか」


 俺は広田さんの言葉に頷きつつ、軽く頭を働かせる。

 桃太郎、金太郎、浦島太郎。 

 そんな単語が頭を掠めるけれど、きっとそれは違うだろう。


「はい。ただの昔話……いえ、昔と言うほどではないですが」


 そう言って、広田さんは口を閉じる。

 そうして一度だけ深呼吸をすると、ゆっくりと口を開いた。


「事の発端、とでも申しましょうか……今から話すことは、四年程前のことです」


 語る広田さんの視線がどこを見ているのか、俺にはわからない。

 ただ、その四年前のこととやらを良く思ってないのだけは雰囲気でわかる。


「お嬢様は、その当時中学一年生でございました。通っていた中学校も、今の香南学園とは違い、男女共学。しかし、その中学校に通うのは一般の方ではありませんでした」

「一般の人じゃないって、どういうことですか?」


 俺は釣り竿を軽く振りながら尋ねた。

 まあ、予想としては牧原と同じような家柄の人間が通う学校といったところだが。


「その学校に通う方々は、大抵親が企業を興しております」

「つまりは御曹司とか、そういう類の人間ってことですか?」

「左様でございます」


 予想が当たっていたことに、内心でため息を吐く。

 ならば、考えられることなんてほとんど限られていた。


「えーっと、もしかして牧原が原因で権力闘争が起きたとか?」

「はははっ、飛躍していますなぁ」


 俺の言葉に軽く笑うが、その表情は冴えない。


「その一歩手前、と言ったところです」

「一歩手前、ね」


 意外と近かったな、と呟く。

 そんな俺を見た広田さんは、苦いものを含んだように笑った。


「ではここで問題を出しましょう」

「……問題ですか?」


 唐突な言葉に、俺はオウム返しに言葉を返す。


「ええ、問題です。そうですな……あるところに少年がいました。仮にA君と名付けましょう。そのA君は学校に通っていますが、クラスの中でも目立った存在ではありません。さて、どうすればそのA君は目立つことができるでしょうか?」

「授業中に、突然奇声を上げて踊りだす」

「それは目立つでしょうな。別の意味で」


 冗談に笑うでもなく、広田さんは淡々と答えてくれる。

 その様子に、俺はふざけるのを止めて軽く考え込んだ。


「……A君の性格は? それと、そのクラスには他に目立つ奴がいたんですか?」

「A君はどこにでもいるような人間と思ってくだされ。そして、そのクラスには目立つ方がおります」

「それは何人?」

「数人です。そして、特に目立つ方が一人」

「その一番目立つ奴より目立つ必要はあるんですか?」

「ありませんな。いえ、そもそもその人より目立つのは無理です」


 情報を提示され、俺は考えをまとめていく。

 さっきの冗談で言ったことも目立つだろうが、この問いに対する答えには相応しくないように思う。

 ……まあ、さっきの冗談が正解だったら限りなく嫌だが。


「さて、どうですかな?」


 問いかけてくる広田さんを見て思う。

 今この状況で出す問題ならば、ほぼ確実に牧原が関係してくる。

 この場合、牧原はA君。もしくは一番目立つ人間だと考えるのが妥当だろう。

 なら、話は簡単だ。


「その一番目立つ奴と仲良くなればいい。もしも一番親しい人間になれれば、周りも注目する」


 おそらく、これが正解だと思う。

 朱に交われば赤くなるというわけではないが、一番目立つ人間と一緒にいれば、相応に目立つ。

 俺の言葉に納得してくれたのか、広田さんは頷いてくれた。


「その通りです。一番目立つ人間と親しくなれば良い」


 正解だったことに軽く息を吐くが、それに何の意味があるのだろうか。

 俺は息を吐いたついでに口を開く。


「それで、その話と牧原に何の関係が?」


 ちょいちょいと竿を引きながら尋ねると、広田さんも水面に目を向けた。

 僅かに見えた横顔は、やはり、何か苦いものを含んでいるように見える。


「その一番目立つ人間が、お嬢様……そう言えばわかりますか?」

「へぇー、牧原って人気者なんですね」

「人気者、と呼べるのでしょうか」


 俺の言葉に対し、広田さんのため息は深く暗い。


「“牧原”という名前がもたらしたものは、人気と呼べるものではありません」

「というと?」

「羨望や憧憬。そんな感情ならばまだ良いというものの、嫉妬や警戒。お嬢様を利用しようとする者、排斥しようとする者、取り入ろうとする者。実に様々でした」

「…………」


 社会の嫌な裏側というやつだろうか。

 四年前……中学一年のときからそんな話に巻き込まれるのは御免被りたい。

 そんな俺を尻目に、広田さんの話は続いていく。


「本当に、色々な方がいたようです。お嬢様に対してゴマを擦り、言葉巧みに近寄る。表面だけは友好的に振る舞い、裏では貶める。中には牧原の内情を知ろうとした者もおりました」

「なんとまぁ……まるで社会の縮図ですね」

「ははは、それはそうですとも。その歳で会社の経営に関わることもありますからな。言うなれば学校は社交場。将来のライバル企業を少しでも減らしたいというのが本音と言えるでしょうな」

「または友好関係を築いておく、ですか。それも友情とかそういった意味じゃなくて、もっと経済的な、結託するという意味で」

「その通りでございます」


 成程と頷いてみる。

 正直、俺の理解できる範囲ギリギリだ。

 そんな、プチ権力争いに参戦する体力もなければ気力もない。


「俺としては、友情って意味で友好関係を築きたいところですね」

「お嬢様とですか?」

「もちろん」


 俺の言葉に、広田さんは一拍の間を取る。


「それは、何のために?」

「え?」

「お嬢様と親しくなればメリットがあるからですかな?」


 その問いは、きっと俺を試すものなのだろう。

 牧村と親しくすればメリットがあるかと聞かれれば、頷かざるを得ない。


「そうですね。たしかに、牧村と親しくすれば俺にもメリットがあります」

「……ほう。そうですか」


 僅かに、広田さんの片眉が動く。少々剣呑な雰囲気を感じるが、俺はそれに対して笑ってみせる。


「牧村が俺にくれるメリットっていうのはですね、“楽しさ”ですよ」


 軽く釣り竿を繰りながらそう言うと、広田さんの表情が崩れた。少しばかり険を秘めていた顔が、意表を突かれたように驚いているように見える。


「それは……どういう意味ですかな?」


 意味を把握しきれていないのだろう。広田さんはそのままに尋ねてくる。


「そのままの意味です」


 俺はそう答えて、少しばかりの欠伸をした。


「いやぁ、田舎っていうのは案外退屈なものなんですよ。だから、誰か友達が一人でもいてくれれば、面白く過ごすことができるんですよね」


 そんな俺の言葉に、広田さんは僅かに語気を強める。


「それが、貴方様にとってのメリットと? 日本でも指折りの大企業、牧村グループの一人娘である美雪お嬢様がもたらすものは、その程度のモノで良いと言うのですか?」

「その程度のモノって……友達、仲間っていうのは大事だと思いますけど? たしかに、俺も婆ちゃんから貰えるバイト代目当てでここに来ました

けど、それだって友達と遊ぶ金が欲しいからです。過ぎた財産は身を滅ぼしますし、金は人を変えるとも言いますよね」


 そこで一度言葉を切る。水面のウキを見るが、ピクリとも動いていない。


「広田さんが俺に何のメリットを求めたのかはわかりますが、気づかなかったということにしておきます。たしかに牧村と仲良くなれれば、そりゃ良い目が見れるでしょう。この前だって、ラムネは俺がおごってもらう立場になったでしょうね。だけど、それは“つまらない”んです」

「つまらないとは?」

「んー……上手く言えないんですけど、俺が牧村の笑顔を初めて見たとき、ずいぶんと嘘臭い笑顔だな、と思ったんですよね。あ、怒らないでくださいよ?」


 注意を促してみるが、広田さんの表情に怒りはない。俺はそれを確認すると、話を続けていく。


「さっきの広田さんの話を聞けば、なんであんな風に作り笑いをしているのかも大体は想像できます。だけど、俺はそれが気に食わないんです。生まれついての性分でしてね、あんな風に笑われると、無性に笑わせてやりたくなるんです」


 俺がそう言うと、広田さんは困ったように笑う。


「成程、それは困った性分ですな」


 一つ頷き、俺は話を続ける。


「それにさっきも言いましたけど、牧村は俺を楽しませてくれます。今時炭酸飲料を知らない人間がいたことには驚きましたし、ラムネを飲ませようとすれば中身が吹き出します。それになにより……」


 そこまで言って、俺は唇を吊り上げて笑う。


「アイツって、からかいがいがあるんですよ」


 それと同時に、釣り竿を引く。竿先が引き込まれる感触に、魚がかかったことを理解した。


「…………」


かかった魚が暴れ、水面が波立つのを見ながら広田さんは深いため息を吐く。だが、そこに深刻な色はない。その証拠に、僅かな笑みを浮かべている。


「からかいがいがある、ですか……貴方様は、本当に困った性分をお持ちですな」


 そう言って、広田さんは立ち上がった。ゆっくりとした動作で、釣り竿を俺の傍に置く。そして、ほんの少しだけ寂しさの混ざった顔で尋ねてくる。


「もしも、今までに貴方様のような方がお嬢様の傍にいたのなら、お嬢様は本当に笑ってくれたと思いますか?」


 その問いが、どんな答えを求めているのかはわからない。俺は竿を引きながら、軽く空を見上げた。


「さあ? そんなのは、やってみないとわかりませんよ」


 そう。そんなもの、やってみないことにはわからない。だけど、困ったことにそれは俺の性分に合わない。

 俺はしなる釣り竿に目を向け、次いで再び水面へと視線を落とす。


「まあ、俺の場合は笑うのを待ちません。自分の手であいつを笑わせますからね」


 それだけ告げて、俺は竿を引く。それに伴い、暴れていた魚が水面から姿を現した。それに慌てることなく、竿を操って魚を釣り上げる。

 全長は先程吊り上げたフナよりも大きめで、色は黒に近い。


「鯉か」

「鯉ですな」


 そして、先程と同じように会話を交わす。

 広田さんは軽く笑うと、俺に一礼してくる。それに対し、俺は苦笑して吊り上げた鯉を見せた。


「良かったら、持って行きますか? 鯉のあらいってけっこう美味いんですよ。牧原に食わせてみたらビックリするでしょうし」

 鯉って食べれたんですか!? とか言いながら、驚く牧原の顔が思い浮かぶ。

「そうですな……それでは、いただくとします」

「作り方は?」

「はは、僭越ながら、お嬢様のお食事は全て私が作らせていただいております。だから、ご心配はいりません」


 成程。見た目は立派な執事だが、中身もそれに伴うものだったか。

 俺はバケツに水を入れ、次いで鯉を入れる。すると、バケツにはやや不釣合いなサイズだった鯉が、苦しそうに水を弾いた。


「ほい、これで良しと。じゃあ、美味しいのを食わせてやってくださいよ」

「畏まりました。このバケツはどうしましょう?」

「うーん……まあ、気が向いたら返してほしいところですね。一応婆ちゃんの物なんで」


 誰が返しに来る、とは言わない。広田さんもそこは承知なのか、軽く頷いてくれた。


「それでは、失礼いたします」


 バケツ片手に歩き出す広田さん。うむ、執事風な男性がバケツを持って歩く様は微妙にシュールな光景だ。

 俺は釣り竿を横に置き、後ろへと倒れこむ。丈の低い草がクッションになってくれて、何気に気持ち良かった。


「ふあ〜あ……まったく難儀な奴だね、牧原も」


 広田さんの話を反芻し、大きく息を吐く。生憎と、俺は生まれつきの重圧なんて背負っちゃいない。だから、ああいった言葉が言える。


「さて、バケツは返ってくるかねぇ?」


 眼前に広がる青空を見ながら、苦笑した。

 返ってこなかったらどうしようかな。

 願わくば、そうならないことを祈る。




 ―――広田 SIDE―――




「ふむ……」


 藤倉様と離れたことを確認すると、私はバケツを地面に置く。そして、内ポケットに入れておいた携帯電話を取り出した。画面を見てみれば、

『通話時間 23分14秒』という表示。そして、それは今もカウントを続けている。


「もしもし、お嬢様」


 携帯を耳に当て、電話越しにお嬢様へと声をかけた。だが、返事はない。ただ、僅かに押し殺したような声が聞こえるだけだ。

 私はそっとため息を吐く。今の状態では判断し辛いが、おそらくは良い方向に転がったのだと思う。

 藤倉様の言ったことに嘘はないと思う。表情や声色を見ていたけれど、特におかしなところはなかった。だから、それはお嬢様を本当に友人と思っていてくれたということの肯定に他ならない。


「……もしもし、広田さん」


 そうこうしているうちに、お嬢様の声が聞こえてくる。少し声が震えていたけれど、それを指摘するなんてことはしなかった。


「はい、なんでしょうか?」

「藤倉さんを、どう見ましたか?」


 どう見たか、ですか。


「私の見たところ、嘘はついていないようでした」


 からかいがいがあるとも言っていたけれど、それは友人間におけるスキンシップだろうから問題はない。


「絶対に信用できる、とは申せません。ですが、それに足るだけの人物ではある、と私は思いました」

「…………」


 返ってくるのは沈黙だけ。しかし、おそらくお嬢様の気持ちは決まっているでしょう。


「広田さん」

「はい」

「鯉のあらい、というものは美味しいのでしょうか?」


 その言葉に、私は安堵の息を吐いた。そして、大きく頷く。


「腕によりをかけて作らせていただきます」


 電話越しのお嬢様が、私の答えに笑ってくれた気がした。


どうも、作者の池崎です。

このような拙作を読んでくださる方がいるかわかりませんが、更新が三ヶ月近く遅れてしまい、申し訳ありませんでした。

引越しをしたため、インターネットが繋がっておらず、更新することができませんでした。

真に申し訳ありません。

このような拙作ではありますが、今後ともお付き合いいただければ幸いです。

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