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第六話 ラムネとお嬢様

 石を投げ込んだせいか、今まで見えていた魚がいなくなってしまった。

 俺は、隣でまだふくれっ面をしている牧原に話しかける。


「今の騒ぎで魚がいなくなったみたいだ」

「……石を投げたのは藤倉さんです」

「蛇を釣ったのは牧原だな」


 拗ねたように聞こえる声を一刀両断し、俺は釣り竿を受け取った。 

 仕掛けを外し、竿を真ん中から取り外す。

 ついでにバケツに入っていた魚を川へと逃がした。


「逃がすんですか?」

「ああ。別に食べるってわけじゃないし、キャッチアンドリリースだ。あ、もしかして食べたかったのか? 生で」

「……生で食べても大丈夫なんですか?」

「いや、無理。マグロとかならともかく、フナを生で食うのはよっぽどの挑戦者チャレンジャーだな。熊なら大丈夫かもしれないけど」


 外した仕掛けはまた今度使えそうなので、入れ物に入れておくことにする。


「さて、この川狭いから石投げをするわけにもいかないし」


 そう言って、俺は立ち上がった。

 隣では、牧原が何事かと目を向けてくる。


「暇なら散歩しようぜ。このままここにいたら、日射病になっちまう」


 俺は帽子がないしな。

 そう言葉を繋げて、牧原の麦わら帽子を指先で弾く。


「次からは、帽子を被っておいたほうが良いですよ?」


 そんな俺に牧原はそう告げて、ゆっくりと立ち上がった。




 とめどない会話をかわしながら、俺達は婆ちゃんの家までやってくる。


「ちょっと待っててくれ。釣り竿置いてくる」


 牧原が頷くのを確認すると、俺は小走りに釣り竿とバケツを置きに行く。

 婆ちゃんはまだ昼寝の最中らしく、玄関の扉を開けてもまったく気づかなかった。


「お待たせ」


 正味二分程度で牧原の元へと戻ると、牧原は道端の向日葵を眺めている。

 憎々しげ、とまではいかないが、険を帯びた目。

 俺が牧原にもう一歩近づくと、牧原は向日葵から視線を外して俺へと目を向けた。


「あれ、早かったですね」


 そこに先程までの目つきはない。

 常の如く浮かべた、柔和な表情。


「ただ荷物を置くだけだからな。さて、それじゃあ行こう」


 特に触れず、俺は歩き出す。

 そんな俺の隣に、牧原が並んだ。


「行くって、どこにですか?」

「駅前。んでもって駄菓子屋だな」

「駄菓子屋……ですか?」

「あれ? 駄菓子屋って知らないのか? 簡単に言えば、昔のお菓子が売ってあるところだよ」


 説明しながら、道路に転がる小石を軽く蹴り飛ばす。

 小石は勢い良く転がり、道端の溝へと飛び込んだ。


「お菓子を買いたいんですか?」

「お菓子よりも炭酸が欲しい。こっちに来て飲んでないしな。駄菓子屋ならありそうだ。あと、お菓子って言っても牧原が想像しているようなやつはないと思うぞ」


 牧原はそうですか、と頷く。

 きっと、頭に浮かんだお菓子はクッキーなどではなかろうか。

 駄菓子屋に置いてないとは言わないが、牧原が食べたことのあるクッキーとは天と地ほど差がありそうだ。


「何か炭酸があればいいんだけどな」


 やはり夏と言えば炭酸飲料を飲みたい。

 しかし、婆ちゃんの家には当然ないし、自動販売機すらも見当たらなかった。

 これで駄菓子屋に売ってなければ、当面は麦茶での生活になる。

 俺は、そんなことにならないように、ともう一度小石を蹴り飛ばした。




「……あった」


 駄菓子屋に入ってすぐ、俺は冷却用のケースに入ったラムネを見つけてガッツポーズを取る。

 そんな俺を、牧原が珍しそうに見ていた。


「それが炭酸ですか?」

「炭酸じゃなくて炭酸飲料。それで、これはラムネっていうんだけど、まあいいか。牧原は飲んだことないの?」


 ビンのラムネを一本取り出し、ケースを閉める。


「はい。そもそも、初めて見ました」

「初めてって……それもある意味すごいな」


 苦笑しながら、俺は閉めたケースを再び開けてもう一本ラムネを取り出す。

 ついでに適当にお菓子を見繕い、店の奥に座っているお婆さんへと近寄ってお金を払った。


「よし、外で飲もうか」

「あ、はい」


 牧原を連れて、すぐ傍のベンチに座る。

 駄菓子屋のすぐ傍にあることから、きっとここで食べる子供が多いんだろう、ダンボールのゴミ箱も置いてあった。

 俺は二本のラムネを取り出すと、一本を牧原に向ける。

「ほい」

「はい?」


 向けられた牧原は、訝しげに俺とラムネを交互に見返した。


「飲んでみ。美味いから」

「え、でもそれは藤倉さんが買った物ですよ?」

「いいからいいから。というか、一本は牧原用に買ったんだし」


 渋る牧原を無視して、ラムネを手渡す。

 ラムネを両手で受け取った牧原は、困惑を貼り付けた顔と訝しげな視線で俺を見てくる。


「はいまずはキャップを外してー」


 その視線をも無視しながら、俺は自分のラムネのキャップを外した。


「次に中からこの小さい部品を取り出す」


 次いで、中から出てくる小さな部品を取り出す。

 ビンの口より一回り小さいソレは、栓をしているビー玉を外すために必要な物だ。


「そしてこの小さいのを置いてー」


 ビンの口に置いて、俺は右手をその上に添える。


「ポンと押し込む!」


 勢いをつけて押し込み、ビー玉を外す。

 それを見た牧原は目を丸くしていた。


「い、意外と理に適った作りですね」

「まあな。ほら、やってみ」


 俺が促すと、牧原はキャップを外す。

 そしてオドオドとした手つきで小さな部品を取り出そうとして、


「出てきません……こうかな?」


 ラムネをひっくり返し、振ることによって取り出した。


「…………」


 思わずそれを凝視する俺。

 部品が出てきたことに満足するかのように、牧原はビンの口に添える。

 あとは勢い良く押せばビー玉が外れるのだが、力加減がわからないのだろう。

 牧原は小さく、えい、とか呟きながらビー玉を押すことに躍起になっている。

 その間にも、ラムネのビンは上下に揺れていた。


「あー……」


 俺は澄み切った夏空を見上げる。

 手に持ったラムネを傾けて飲んで見れば、中のビー玉がカランと澄んだ音色を響かせた。

 そんな俺の横で、牧原はビー玉相手に奮闘している。

 今までの力では開かないことを悟ったのか、少し腕を振り上げた。

 それに合わせて、俺は横に移動する。


「えい!」


 勢い良く振り下ろした腕。

 ええ、そこまでは良かったですとも。

 俺は心中でそう呟いて、一つ言い忘れたことを付け加える。


「炭酸飲料って、開ける前に振ると吹き出るんだぞ?」


 言ったが既に時遅し。

 散々振られたラムネは、そのお返しと言わんばかりにビンの口から中身を吹き出した。


「わぷっ!?」


 それをモロに顔面で受け止める牧原。

 遠くを歩いていた小学生らしき男の子が、『わー、あの姉ちゃん馬鹿でー』なんて言っていたが、きっと聞こえていないだろう。


「ふ、藤倉さん! そういうことは開ける前に言ってください!」

「いやスマン。降って湧いた悪戯心に勝てなかったんだ」

「もう! そういうときは勝ってください!」


 そう言いながら、牧原はポケットから白いハンカチと取り出して顔を拭く。


「でも……」


 拭きながら呟かれる言葉。


「甘くて、美味しかったです」


 照れたように、それでいて楽しそうな声。

 そんな牧原の表情は、今たしかに“笑って”いた。


「だろ?」


 俺もそれに笑い返し、ビンを傾けて中身を飲む。

 それに倣うように、牧原もビンを傾けた。


「……飲めません」

「そこでお約束をかますかね君は。ビー玉をその凸凹に引っかかるようにすれば飲めるんだ」

「あ、なるほど」


 一つ頷いて牧原がラムネを飲む。


「どうだ、初めて飲んだ炭酸の味は?」

「……喉がピリピリします」

「わかった。それが初めて炭酸飲料を飲んだときの人間の感想だと、自由研究で発表してやる」

「そんな自由研究は嫌ですよ」


 俺の言葉に笑う。

 それに合わせて、俺も笑っておく。

 二人分の笑い声が、夏空に混じり合って消えた。




「四時ちょっと、か」


 ポケットから携帯電話を取り出すと、時間を確認して一つ息を吐いた。

 まだまだ、日が暮れるには時間が余っている。

 俺がまだ少し中身の残っているラムネを横に置くと、牧原が口を開く。


「それ、携帯電話ですよね?」


 隣に座った牧原が、覗き込むようにして聞いてきた。

 俺は携帯を片手で弄びつつ、肯定の意味で頷く。


「こんな形の食べ物があったら、中々斬新な発想だよな。そういう牧原は持ってないのか?」

「一応持っていますよ」

「一応、か。まあいいや、せっかくだからメールアドレス教えてくんない?」


 一応という言葉に引っかかりを覚えたけれど、深くは追求しない。


「……別に良いですけど、使い方をよく知らないので藤倉さんのほうで入れてもらえますか?」


 そう言って、牧原はポケットから白い携帯を取り出す。

 サンキュ、と呟きつつ受け取って、折り畳み式の携帯を開いた。

 ボタンを押して操作し、俺のメールアドレスを登録して指を止める。


 牧原の携帯に登録してある人数は、今登録した俺を入れて、丁度片手の指の数しかなかった。


 つまりは五人分。俺を除けば四人分しか登録されていなかったことになる。


「どうかしましたか?」


 不思議そうな顔。

 その、さっきまでの表情とは違う、“作られた”表情を見て思う。

 ああ、この女の子はそういった人間なんだな、と。


「いや、別になんでもない。あとはこの携帯から俺のほうにメールを送って、と」


 誤魔化すように携帯を操作し、俺の携帯にメールを送る。

 僅かな間を置いて届いたメールのアドレスを『友達』の欄に登録すると、七十四件目だと表示された。


「これでよし、と。友達のところに登録しといたから」


 何気なく、そう告げる。


「―――え?」


 そんな言葉に、牧原は、ひどく驚いたようで、


「とも……だち……?」


 まるで異国の言葉を聞くように、繰り返す。


「一緒に釣りして、一緒にラムネ飲んで。これなら、友達って言っても良いと俺は思うんだけど。どうかな?」


 真っ直ぐに見返す。

 冗談やおふざけではない、真剣な目で。


「……っ!」


 そんな俺から、牧原は視線を外して俯く。

 俯いたせいで表情は見えないが、僅かに、下唇を噛み締めているのだけは理解できた。

 俺が口を開こうとした瞬間、牧原が立ち上がる。


「……帰ります」


 声に込められたのは拒絶の意思か、はたまた極まった困惑か。

 俺はそれを止めることなく、


「ああ。じゃあ、またな。今度は二人分の釣り竿を用意しとく」


 軽く笑って、そう言った。

 牧原はそれに答えることなく歩き出す。

 早足に、一刻もこの場にいたくないとでも言うかのように。

 そんな牧原を見送りながら、すぐ横に置いたラムネのビンをつかむ。

 傾けて飲んでみれば、暑さのせいか温くなっている。


「……ちょっと早すぎた、かな」


 抜けていなかった炭酸が、僅かに喉にしみた。


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