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第十一話 おにごっこ

「おにごっこするひとこのゆびと〜まれ!」


 腕白小僧っぽい少年が、元気良く叫んでいる。その周りには、学年は違えど小学生らしき子どもが群れていた。


「おにごっこするひとこのゆびと〜まれ!」


 ハイ、ハーイ、なんて声を上げながら、少年の指につかまる他の少年少女達。そんな頭上から、俺は手を伸ばした。


「とーまった」


 とりあえず返事をしながら、一番上にあった少年の指をつかむ。

 その瞬間、空気が凍った。

 少年少女は、突然の闖入者に硬直する。

 それは仕方ないだろう。何せ、突然高校生がおにごっこに参加しようと乱入してきたのだから。


「えっと……おにいさん、誰?」


 腕白小僧っぽい少年が、怖々聞いてくる。だから、俺は答えた。


「君らの声に誘われて、遥か遠い銀河の彼方からここまでやってきたんだ」


 もちろん嘘だ。


「えっ、マジで? おにいさんって宇宙人なの? グレイタイプ?」


 だが、田舎の少年は実に純粋らしい。しかし、さらりとグレイタイプなんて単語が出る辺り、この少年タダモノではないかもしれん。

 俺は田舎っ子も侮れねぇと内心呟きつつ、首を横に振った。


「いや。俺はな、三分間だけだがこの地上で活動できるタイプの宇宙人なんだ……」

「ウル○ラマン!? うわ、すっげー!」

「すごいだろう? さて、それじゃあおにごっこしようか。何せおにいさんには三分間しか時間がないからな……っと、ほら、牧原もこっち来いよ」


 遠くで俺の様子を窺っていた牧原が、ゆっくりとこっちに近づいてくる。


「藤倉さんって宇宙人だったんですか?」


 ……なにやらキラキラとした目で見てやがりますよ。


「ちょっと待てや。子どもの心を解きほぐそうとしたお茶目な冗談だっつーの」


 そもそも、『自分宇宙人なんですー』なんて本気で言った日には、可哀想な目で見られるか、もしくは黄色い救急車が飛んでくるに違いない。

 俺がそんなことを考えていると、事の成り行きを見ていた他の少年が牧原を指差して叫んだ。


「あー! ラムネのねえちゃんだー!!」


 ラムネ?

 一瞬疑問符が頭を掠めるが、少年は言葉を続ける。


「このねえちゃん、ラムネ飲もうとして失敗して、顔中にラムネまみれになったんだぜー」


 あー、そういえばいたな。『わー、あの姉ちゃん馬鹿でー』なんて言ってた子どもが。

 牧原を見てみれば、恥ずかしいのか顔を赤くしている。


「きっと不器用なんだよー」


 そんな牧原を見た女の子は擁護するように口を挟む。男の子はからかおうとするあたり、やはり男女の差を感じた。

そしてもちろん、俺はからかう側だ。


「よし、これからはラムネのねえちゃんって呼ぼうぜ」


 イキイキとした輝くような笑顔で提案してみる。


「ちょ、ちょっと藤倉さん!?」


 俺の提案に焦る牧原。うん、そのオドオドした表情はナイスだ。俺の提案にすぐさま男子組は賛成の声を上げる。


「よーし、それじゃあラムネのねえちゃんも一緒に鬼ごっこしようぜー」

「そうだね。ラムネのねえちゃんも一緒に鬼ごっこしようよ」

「ラムネのねえちゃんじゃないです! わたしには牧原美雪という名前が」

「おいおいラムネのねえちゃん、小学生の言い出したことに怒るなよ。大人げないぞ?」

「名付けて煽ったのは藤倉さんですよね!?」


 プンスカと言わんばかりの表情で牧原が頬を膨らませた。あまりからかうと、怒るのではなく拗ねてしまいそうなので折衷案を出すことにする。


「じゃあラムネちゃんでどうだ? 可愛いだろ?」

「あんまり変わってないです!」

「え、そうか? ラムネちゃんって可愛い名前だと思わない?」


 牧原がすごい勢いで拒否するので、俺は試しに一緒に遊んでいた女の子に聞いてみる。


「ラムネちゃん……うん、かわいいと思う」


 少し思案して、女の子が頷く。それを見た俺は、勝ち誇るように胸を張った。


「可愛いってよ、ラムネちゃん。俺も可愛いと思うぜ?」

「か、可愛いですか? その、本当ですか?」


 すると、牧原は少し顔を赤くして上目遣いをしながら聞いてくる。少し意味合いが違うように聞こえたが、俺は気にせず頷いた。


「じゃあ、ラムネちゃんで良いです。広田さんにもそう呼ぶようお願いして……」

「すんません牧原さん。俺が悪かったんでそれは止めてもらえませんかね? というか止めてください」


 腰を九十度に折って頭を下げる俺。

 もし広田さんに知られたら、笑顔で怒られる気がする。いや、それだけじゃすまないような気も……。

牧原グループのお嬢さんに『牧原ラムネです』なんて名乗られたら、名付け親の俺は社会的、物理的にこの世からフェードアウトさせられる気がしてならない。


「え? でも、可愛いじゃないですか」


 可愛らしく小首を傾げる牧原。数秒前まで正反対の意見を述べていたとは思えないほどの変貌振りだ。ビデオに撮ってたら是非とも見せてやりたい。

 意見を翻した牧原は、何故か俺の背後に視線を向ける。


「広田さんもそう思いますよね?」


 そして、そんな意味不明なことを言った。

 何で広田さんが? という疑問を浮かべようとした瞬間、俺の両肩が“誰か”に握られる。


「可愛いとは思いますが、お嬢様がそう呼ばれるのは些か不都合がありますなぁ……」

「あ、あの、広田さん? 微妙に肩が痛いんですけど? というか、今までいませんでしたよね?」


 握られた肩口に微妙に食い込む指先が痛い。そんな俺を見ながら、広田さんは朗らかに笑う。


「はっはっは。困りますな、藤倉様。お嬢様に珍妙な名を付けられては」

「冗談です、お茶目なジョークです。だから、この肩を握る岩のようにゴツい手をどけてほしいんですが」


 俺の肩を鷲づかみにして笑う広田さんにすぐさま謝り、開放してくれるようお願いする。すると広田さんはもう一度笑ってから手を離してくれた。正直、思い切り握り締められたら両肩の骨がやばかった気がする。

 子供達は新たに現れた広田さんを見て、何やらキラキラとした目をしていた。


「おじちゃんもおにごっこする?」


 その中の一人が広田さんにそう話しかけ、俺は思わず脱力する。

 小学生と高校生と執事らしい中年の男性によるおにごっこ。それは、傍から見ればさぞ奇妙な光景に映るだろう。そもそも広田さんがそんなことに付き合うわけはないと俺は高をくくり、


「面白そうですな……やりましょう」

「って、やるんですか!?」


 広田さんからの返答に自分の耳を疑った。

 おかしいな。耳かきは割とよくするほうだから、聞き間違うことなんてないと思っていたのに……。

 そんなことを呟きながら自分の耳を軽く叩く。うん、正常だ。そうやって耳の調子を疑う俺に、広田さんが朗らかに笑いかける。


「たまには童心に返るのも良いものかと思いましてな」

「はぁ……広田さんが良いって言うのなら俺は別に構いませんけど」

「では、最初の鬼役は私がやりましょう。逃げる時間は一分ほどでよろしいですかな? 何か特別なルールはありますかな?」


 そう言って黒の上着を脱ぐ広田さん。意外とノリノリらしい。そんな広田さんの言葉を聞いた一番年上らしき少年は、楽しそうに笑いながら口を開く。


「鬼は最初の子が逃げる時間に目をつぶること。逃げて良い範囲はこの学校の敷地内だけ。

あ、もちろん校舎の中はなしね。子は捕まったらスタート地点に移動してゲーム終了まで待機。子は逃げても良いけど、どこかに隠れていてもいいよ」

「なるほど。おにごっことかくれんぼを混ぜたルールというわけですな」


 童心に返るというのは本当なのか、広田さんの表情はいつもより穏やかである。しかし、この夏場に長袖のスーツを着ていて汗一つかいていないのはどういうことだろうか?

 もしかしたら広田さんは、『心頭滅却すれば火もまた涼し』といういまいち信じられない格言の体現者なのかもしれない。

 俺はポケットに入れていた携帯や財布を抜き取って木陰に置きつつ、そんなことを考える。財布はともかく、走っている最中に携帯を落としたら洒落にならない。これほど長閑な土地ならば盗まれることもないだろうし。


「それでは始めますか」


 広田さんの口から、開始が告げられる。それを聞いた俺や牧原、小学生の子ども達は一斉に駆け出した。




 さて、おにごっこである。

 おにごっことは逃げた子を捕まえる鬼役と、鬼から逃げる子の役を模した遊びだ。逃げる子の運動能力やルール次第では鬼が絶対にクリアできない地獄の耐久ゲームという側面を持つが、誰でも幼少の頃に一度はやったことのある遊びだと思う。

 ゲームという室内遊戯が発展している昨今、最近の子どもはあまりしないのかもしれないが、こういったシンプルで体を動かす遊びは中々に楽しい。もちろん、俺は小学生が相手だった場合は十分に加減するが、相手はあの広田さんだ。隠れても良いというルールがある以上、馬鹿正直にスタート地点から見える範囲にいる理由はない。

 その上で、鬼から見つけられにくい場所に隠れる。ついでに鬼の動きを確認できれば良いのだが、その条件を満たすのは高い場所だ。だが、高い場所に隠れると見つかった時に逃げにくい。さすがに屋根の上に登るわけにもいかないし、一分では登れそうになかった。

 というわけで、俺は現在校庭の隅にある草むらに身を潜めている。俺の腰ほどの高さがあり、伏せていればそうそう見つかるものではない。その上、こちらからは鬼の様子を窺うことも楽だ。難点は蚊が寄ってきそうなことだが、そんなものは我慢する。


「くっくっくっ、最後まで逃げ切ってやる」


 なんとなく悪役のように笑い、そろそろカウントを終えそうな広田さんの様子を窺う。しかし、そこで俺は思わず脱力した。


「……あいつは何をしているんだ?」


 思わずそんなことを呟いてしまう。そんな俺の視線の先では、牧原“らしき”人物が隠れていた。いや、あれを隠れているというのはいささか褒めすぎだろう。何せ、『頭隠して尻隠さず』を素でやっているのだ。

 牧原が隠れる場所に選んだのは、スタート地点からそこまで離れていない場所にある体育用具を入れるプレハブ小屋である。二つ並べて建てられたプレハブ小屋の丁度中間にある隙間。そこに入り込んで隠れた気になっているらしいが、隠れきれていなかった。何せ隙間から足がはみ出ており、余程目が悪くない限り見落とすことはないだろう。

 牧原が一体どんな結論を持ってそこに隠れようと思ったのかわからないが、何故鬼が振り返った先に隠れようと思ったのか。もしかしたら近距離から見れば意外とわからないものなのだろうか。それとも牧原には気配を消すというとんでもない特技があるのだろうか。もしくは牧原が現在着ている服は、近距離からだと視界に映らない光学迷彩チックなものなのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、広田さんのカウントが終わった。そして目を開け、振り返ってから僅かな苦笑と共に真っ直ぐ牧原のもとへと歩いていく。


「はい一人確保。ん? 何か言ってるな? 『なんでわかったんですか?』って言ってるのか?」


 どうやら牧原の中では完璧に隠れていたらしい。時折思うが、どうやら彼女は重度の天然かもしれない。気を張っているときはともかく、こういう気兼ねする必要がないときにはかなり抜けているのだ。

 俺は肩を落としてションボリした顔でスタート地点に向かう牧原に苦笑すると、広田さんの動向に気を配る。そうやって苦笑しているうちにも、すでに二人捕まっていた。


「……待て、それなんて早業?」


 いつの間に見つけて捕まえたのか。俺が牧原のほうを見ていた時間はそう長くない。だというのに、広田さんは次々と少年少女を捕まえていく。


「うむむ、これは逃げる準備をするべきかね」


 距離は五十メートルほど離れているが、今のうちに移動したほうが良いかもしれない。そろそろ俺を除けば全員捕まったはずだ。

 だから今のうちに、と考えた瞬間、


「え?」


 広田さんと目が合った―――そんな、気がした。

 いや、気のせいだろう。ここまで距離があって、なおかつ草むらに隠れている人間を見つけるなんていくら目が良くても無理だろう。だが、そう考える俺の不安を煽るように広田さんがこちらへと歩いてくる。


「どう見てもロックオンされてますね、はい」


 俺は歩いてくる広田さんの目を見た瞬間、すぐさま逃げを選択した。なんかもう、やばいのである。


「命の危険を感じるっての!」


 それは、獲物を前にした狩人の目だった。

 俺は草むらから這い出し、クラウチングスタート同然に地を蹴って走り出す。これでも運動能力には自信がある。陸上部の短距離選手や馬鹿げた運動能力を持つ従兄弟(いとこ)には勝てないが、それらを除けばクラスでも指折りだ。

 そうやって走り出す俺を見たのか、広田さんも地面を蹴る。だがこれだけの距離があればまたどこかに隠れることができるだろう。そんな“楽観”を、俺はしていた。


「ちょ!? 速いって!?」


 グングンと距離を縮めてくる広田さんの姿に、俺は思わず叫ぶ。

 短距離を走る上で最適と思われるそのフォーム。それが叩き出す速度は、明らかに俺よりも速い。一歩の加速は俺よりも大きく、始めにあったアドバンテージは急速になくなっていく。 運動場を縦断するように走り抜ける俺と、それを追走する広田さん。頑張れー、と声を上げる少年(ギャラ)少女(リー)

 そんな応援の声に押されること十数秒。俺は背後に圧迫感を感じて肩越しに振り返る。


「草木の中に身を潜めるのは中々良い着眼点ですが、人の肌というのは存外に目立つもの。特にこういった天気の良い日には皮膚が反射をしますからな。顔に保護色になる物を塗っていないのならば、見つけるのは容易いですぞ」


 五メートル背後から追走してくる広田さんが、まるで講義をするようにそんなことを言ってきた。

 正直、怖い。何が怖いかというと、話している内容が怖いのだ。何故そんなことをさも当たり前のように言うのか。それを考えると怖すぎる。ついでに、息一つ乱していないところも恐ろしい。

 あと十秒も逃げ切れないだろう。恐怖が半分を占めた思考がそんな結論を示し、それでも俺は逃げようと必死にもがく。


「おや?」


 一気に進行方向を変えた俺に対して、背後の広田さんがそんな声を出した。頼むから少しは

息切れをしてほしい。そんな些細な願いをしながら、俺は低学年向けの鉄棒へと直進する。

 そこから二メートルほど離れた先には俺の身長と同じぐらいの高さの壁があり、おそらくその向こうには逃げ道があるだろう。この恐怖から逃げるには、壁を乗り越えるしかない。だが、普通に乗り越えようとしても広田さんに捕まる。


「とうっ!」


 だから俺は、勢いそのままに腰ほどの高さの鉄棒へと跳躍して足場にすると、そこから更に跳ぶ。足を踏み外したら笑えない事態になっただろうが、幸い成功だ。そのまま壁の上に右手をつき、足から着地できるようにとなんとか壁を乗り越え、


「はい?」


 眼下に広がる一面の水……プールが俺を出迎えてくれた。


「のおおおおおぉぉぉ!?」


 水面へとダイブする俺。そして上がる水柱。さすがに溺れるほど深くはないが、それでもいきなり水に落ちれば当然慌てる。


「ぷはぁっ!」


 すぐさま水中から顔を出し、顔についた水滴を手で拭う。水の温度は温いくらいだが、もしも今が冬だったら洒落にならなかっただろう。携帯も身につけていなくて良かった。


「大丈夫ですかな?」


 そんな俺に差し出される誰かの手。プールサイドから差し出されたその手を見た俺は、特に気を払うことなくその手をつかむ。


「え? ああ、大丈夫っす……あ」


 顔を上げて、思わず俺は間抜けな声を出す。


「これで全員捕まりましたな」


 そこには、苦笑しながら俺を引き上げる広田さんの姿があった。


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