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皇后陛下のお茶会


 メイドに案内されてついて行く。

 ここは帝城の敷地内にある皇后の離宮だ。貴族夫人たちを呼んで、お茶会を開く時に使うらしい。持て成すための豪華な造りにはなっているけど、彫像品は少ない。全体的に明るく温かい印象がある。


「あちらで皇后陛下がお待ちです」


 メイドに案内された場所は離宮の庭だった。

 礼を言って、一人で先に進む。


 池の近くにテーブルと椅子が置かれて、その椅子に皇后が座っている。周りにはメイドが数人控えていた。


 私はドレスの裾を摘まんで皇后に挨拶をする。


「皇后陛下にご挨拶を申し上げます。本日はお招きいただきありがとうございます」

「会えて嬉しいです。どうぞ座ってください」

「失礼致します」


 音を出さずに椅子を引いて座る。

 ふー、上手くいった。

 礼儀作法についてお母様と何度もお復習(さらい)をした。もうしたくない。お母様、厳しいから。


 目の前に皇后がいる。

 緊張してしまう。失敗しないように気をつけよう。


「このお茶会は非公式なので緊張しないでください。礼儀作法も気にしなくて構いませんよ。気楽に話してもらいたいです。フレイヤとお呼びしても良いですか?」

「あ、はい」

「フレイヤは甘いお菓子はお好きですか?」

「好きです」

「良かったわ。色んなお菓子を用意しましたから、是非食べてみてください」

「はい、いただきます」


 一番近い皿からクッキーを一つ取って口に入れる。

 サクッとしたクッキーでレモンの香りがする。それに、プチプチとした食感も。この食感はケシの実だ。


「美味しい」


 思わず言葉が漏れてしまった。


「フレイヤもケシの実が好きですか?」

「はい。このプチプチとした食感が面白くて好きです」

「そうですか。ダニエラも同じようなことを言っていましたよ」


 皇后はずっと私に微笑みを向けている。

 ダニエラお母様とどんな関係だったんだろう?


「その青のドレスも良く似合っていますね。ダニエラも青のドレスが良く似合っていました。本人は明るい赤系統のドレスが好きだったようですが」

「え!?」

「どうしました?」

「いや、私と同じだなと思って。私も赤系のドレスが好きなんです」

「それは嬉しいことを聞きました。ダニエラも自分の娘と同じで喜ぶでしょう」

「あの、質問宜しいですか?」

「もちろんですよ。何でも訊いてください」

「私の母とはどういったご関係だったのでしょうか?」

「ああ、ごめんなさい。私からずっと一方的でしたね。ダニエラのことを話しましょうか。私の父のことは知っていますか?」


 お母様に教えてもらったからちゃんと覚えている。


「エディントン侯爵ですよね」

「そうです。私は十二歳の時、エディントン侯爵の養女となりました。それまではボグルド男爵の娘として暮らしていました」


 養女の話は知らなかった。お母様も言ってなかったから、ボグルド男爵の名前も聞き覚えがない。地方の貴族だろうか?


エディントン侯爵(養父)に子がいなかったので、分家の私が養女となったんです。それまでの間はボグルド男爵(実父)の領地ドロルで暮らしていました。帝都から離れた小さな領地です。実父と仲の良い子爵がいまして、私はその子爵の娘と仲良くしていました。その子は私よりも歳下で、私のことを姉のように慕ってくれていました」

「もしかしてその子が私の母ですか?」

「そうです、ダニエラです。フレイヤとダニエラは良く似ています。私は以前からこうしてあなたと話をしてみたかったんですよ」

「私と話を…… ありがとうございます」

「私も立場があるので、頻繁にあなたを招待することはできませんが、これからも交流を続けて欲しいです。構いませんか?」


 ()()()()は良い方だと思う。

 私の緊張を解すためにゆっくりお話しをしてくれている。ダニエラお母様のお話をする時は朗らかな表情をしていた。

 私もダニエラお母様のことは興味がある。


「もちろんです。私で良ければ。私の母はどんな人でしたか?」

「いつも元気でしたよ。元気過ぎて令嬢としての振る舞いを忘れる時があったくらいです。それでも、不思議な魅力に溢れていて皆が好きでした。騎士になってからもそれは変わらなかったと聞きます。お互いの立場上、交流は難しかったですが、私はいつもダニエラを想っていました。でも、まさか病気で逝ってしまうなんて。あっという間だったと聞きます。周りを悲しませる暇を与えないのが、あの子らしいというか…… ごめんなさい。フレイヤの前でする話ではありませんでした。許してください」


 皇后陛下はダニエラお母様を想って涙を流していた。本当に好きだったことが私にも伝わる。

 ダニエラお母様を想ってくれて、ありがとうございます。


「お母様、どうして泣いているの?」


 声の方を見ると、金髪の小さな女の子が立っていた。



 ◇◇◇



 あの子は誰?

 サラッとした金髪にぷっくりとした赤い頬に、色白で細身。イリアと同じ歳頃に見える。そして、イリア並に可愛い。


「リーゼ、どうしたの? もしかして、また抜け出して来たの?」

「ミュトス教の教義なんてつまらないです。全部暗記したので、いつまでもやりたくありません! そんなことより、お母様を泣かせたのはコイツですか?」

「またコイツって、汚ない言葉を使うんじゃありません。ごめんなさい、フレイヤ。この子は私の娘でリーゼロッテ。今年八歳になったんだけど、ちょっと元気過ぎて」

「この人は誰なんですか?」

「私の大切な友だちの娘よ。ほら、挨拶をして」

「分かりました」


 皇女殿下がドレスの裾を持って私に挨拶をする。


「リーゼロッテ・フォン・ドルトゥ・ロギオニアスです。よろしくお願い致します」


 上から見下ろしての挨拶は失礼に当たるので、私は急いで最敬礼を返す。


「ルーデンマイヤー伯爵の娘、フレイヤ・フォン・ルーデンマイヤーと申します。本日は皇后陛下に招待していただき、お邪魔しております」

「ルーデンマイヤー伯爵の娘!? あの慈善貴族!?」


 馬鹿にされたのかと思ったけど、皇女殿下の表情はキラキラしている。まるで憧れの人物に会ったような感じだ。これは馬鹿にされているの?


「はい、そうです」

「そうなのね! ミュトス教の教義なんかより、こっちに来て正解だった。本当に凄い! ルーデンマイヤー伯爵の娘に会えるなんて、とても光栄。最高よ! コイツと言って悪かったわ。本当に最高ー!」


 どうやら喜んでいるみたいで、皇女殿下が何度もその場で跳び跳ねている。全然意味が分からない。どういうこと?


「リーゼ! 私、怒りますよ。客人の前で騒がない! フレイヤが驚いているでしょ。話をするならここに座りなさい」

「はーい!」


 確かに驚いている。皇后陛下の怒鳴り声に。母親はどこも同じなんだなと思う。


 皇女殿下がようやく座ると、皇后陛下が私に言う。


「ごめんなさい。リーゼと話をしてあげてくれる? フレイヤのことを気に入ったみたいだから」

「はい、私も皇女殿下とお話をしたいです」


 皇后陛下がどうぞと言うと、皇女殿下は嬉しそうな表情で話を始める。


「私ね、ルーデンマイヤー伯爵は尊敬している方の一人なの。民に優しくできる稀有な貴族だわ。フレイヤはルーデンマイヤー伯爵から民への接し方を何か教えられているの?」


 お父様を慈善貴族と言ったのは尊敬しているからだったのね。でも、民に優しくって、皇帝の娘が言うの?


「直接の教えは受けていませんが、お父様の行動から学んでいるつもりです」

「そうなのね! じゃあ、フレイヤも民に優しくできるの?」


 その言い方は上から目線な気がする。何と言おうか……


「優しくすべきではあると思いますが、お父様であれば、民と共にありたいと言うはずです」


 皇女殿下はぽかーんとした表情になる。

 もしかして、怒ってる? 失礼だったかな?


「凄いわ! その答え、好きよ! 正に持てる者の義務を言ってるわ。ああ、私、上から目線で恥ずかしい。布団があったら隠れたい。共にありたいからこそ、持てる貴族が民に優しくすべきなのね」


 何が凄いのか全然分からないけど、お父様をお褒めてくれるのは嬉しい。私の言ったことも伝わってくれたようだ。


「ありがとうございます」

「何がありがとうなの? 私こそありがとうよ。これから私のことはリーゼと呼んで。特別に許すから!」


 特別に許すと言われても、皇女殿下のことを名前で呼ぶのは駄目だと思う。

 またキラキラした表情。期待してるよね、どうしよう……


「公式の場以外なら良いですよ」

「宜しいのですか?」

「構いません。折角なので私のこともフロレンシアと呼びませんか?」

「それは駄目です! 畏れ多いです!」

「そうですか、残念です……」


 皇后陛下が本当に残念そうにするので少し困った。

 三人で歓談を続けていて気がつくと、もう帰る時間になってしまった。


「皇后陛下、リーゼ様、本日は楽しいお時間をありがとうございました」

「私も楽しかったです。ダニエラのことを話せて嬉しかったです。何か困ったことがあれば言ってください。可能な限り、力になりますから」

「ありがとうございます」


 リーゼ様も何か言おうとしているのか、もじもじとしている。


「フレイヤ、しゃがみなさい」

「あ、はい」


 リーゼ様と目線を合わせる。


「今日はとても楽しかったわ。今度来る時は妹も連れてきなさい。私ね、賢い妹に興味を持ったわ。名前はイリアね」

「はい、イリアです」

「今日のお礼をあげるから目を閉じて」

「目をですか?」

「早く!」

「はい」


 私は目を閉じる。お礼って何だろう?

 チュッ! と音がして、額に湿った感触を感じる。微かに温かい。額にキスをされた!?


「リーゼ様?」

「今日のお礼よ。感謝しなさい!」


 リーゼ様のぷっくりとした頬が真っ赤に染まっている。これは可愛すぎる!

 もう少しリーゼ様といたいけど、時間だ。


「皇后陛下、リーゼ様、本日はありがとうございました」


 私はドレスの裾を摘まんで深くお辞儀をしてこの場から失礼した。




















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