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未来を伝える


 忙しい毎日だった。

 オスカー先生との剣術の稽古と授業、ケイト先生との魔力制御の練習。更に礼儀作法の練習にも力を入れた。

 時間が経つのはあっという間だった。


 今日はアンジェリーナ様とのお茶会の日。

 自室でシオンに青のドレスを着させてもらっている。部屋の隅ではお母様が私の着替えてる姿をじっと見ていた。

 シオンが緊張して手が震えている。


 「お母様、そんなに見てたらシオンが緊張しちゃいます」

 「あ、そうね、ごめんなさい。どうしても気になっちゃって。着替えが終わったら呼んでくれる? 部屋の外にいるから」

 「承知しました」


 お母様が部屋から出ていくと、シオンはほっとした表情になっててきぱきと私にドレスを着せる。


 「あれ? お母様が出てったらほっとした顔になった?」


 シオンは無表情なことが多いけど、ずっと一緒にいる私には表情の変化が直ぐに分かる。


 「はい、コルネリア様が見ている中でフレイヤ様のお世話をさせていただくのはとても緊張しました」

 「じゃあ、ほっとしたのは私がお母様を部屋から追い出したおかげね」

 「はい、感謝致します」


 私とシオンは顔を見合わせてフフッと笑った。


 「終わりました。ご確認ください」


 青のドレスに着替え終わると、私は姿見の前に立った。

 くるっとその場で回り、自分の姿を確認する。

 

 「シオン、似合ってるかな?」

 「はい、とても良くお似合いです。コルネリア様を呼んで参りますね」


 シオンがお母様を呼ぶと、お母様は私を見るなり目を輝かせた。


 「綺麗だわ。フレイヤに良く似合ってる。このドレスが似合うと思ったのよ」

 「ありがとうございます」


 お母様は本当に嬉しそうだった。その姿を見て私も嬉しくなる。


 迎えの馬車が来る時間になったので、お母様と二人で外へ出ると、馬車が敷地に入って来た。


 「フレイヤ、手土産は持った?」

 「はい、ここに持ってます」


 私は白い箱をお母様に見せる。白い箱の隙間からフルーティーな甘い香りが漂う。


 「あ、それとね、お父様から伝言があるわ」

 「お父様から?」


 今日もお父様は騎士団の仕事で留守にしている。


 「楽しみなさいって」

 「ありがとうございます! ってお父様に伝えてください」

 「分かってるわ。本当に楽しみなのね。いつもより笑顔が多いわ」

 「そうですか? えへへへ」


 楽しみに決まってる。今からアンジェリーナ様に会いに行くのだから。ずっと笑顔でいられる。


 迎えの馬車が敷地に停まった。お茶会はエイルハイド公爵の屋敷で行われるので、馬車と護衛を用意してくれた。

 御者台に御者と若い騎士が座っている。

 迎えの人が来ると知って心の準備はしていたけど、二人の姿をを見て目頭が熱くなる。懐かしい二人だ。二人は私のことを知らないのに。

 帽子を被り、立派な髭を生やした中年の男性が御者のルシアノさん。

 そして、もう一人……


 若い騎士が御者台から私たちの前に降りて、挨拶をする。


 「お初にお目にかかります。私はエイルハイド公爵家に仕える騎士、カロン・フォン・ライディエと申します。本日はフレイヤ様の護衛をさせていただきます」


 紺色の髪に美麗な顔立ちで立っているだけで絵になる。社交界に出たら、一瞬で女性が群がりそうだ。免疫がないと見惚れてしまう。

 お母様が固まってしまうのも仕方ないことだ。小声でお母様を呼ぶと、お母様がハッとする。


 「…… 失礼しました。ルーデンマイヤー伯爵の妻、コルネリア・フォン・ルーデンマイヤーと申します」


 お母様に続いて、私も挨拶をする。


 「ルーデンマイヤー伯爵の娘、フレイヤと申します。本日はよろしくお願い致します」

 「ご丁寧な挨拶、ありがとうございます。どうぞお乗りください」


 カロン様に馬車の入口まで手招きされた。

 馬車に乗る前に、私はお母様の方を向いて、ドレスの裾を摘まんで挨拶をする。


 「お母様、行って参ります」

 「ええ、気をつけて行ってらっしゃい。楽しんでくるのよ」

 「はい」


 私は満面の笑顔をお母様に返して馬車に乗った。

 お母様に見送られながら馬車は出発した。



 ◇◇◇



 私が乗った馬車は上流街を過ぎて平民街の中を移動している。

 平民街は殆ど来ることがない。帝都グランディアから出る時だけ通る。馬車が通るのは舗装された一番綺麗な平民街の区画だ。

 この平民街からは見えないが、平民街の中には貧民街と呼ばれる区画があって点々と存在している。その貧民街には浮浪児が沢山いて、貧民街近くの平民街にも盗みをするために現れたりする。

 私はアンジェリーナ様に拾われたから良かったけど、大半の浮浪児は空腹で死ぬか、運が悪ければ奴隷として売られてしまう。前世の私はとても運が良かった。


 帝都から出て野道に入った。

 この道は公爵領までの街道であり、着くまで数時間ほど掛かる。その間に小さな山を越えなければならない。

 直ぐに越えることはできるが、その手前で一度馬を休ませる予定と聞いた。その休みの時が狙い目だ。カロン様にどうしても聞いてもらいたい話がある。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 カロン様はアンジェリーナ様の護衛騎士で傍から滅多に離れることはない。

 でも、その日のカロン様は仲間の騎士にアンジェリーナ様の護衛を任せてどこかに姿を消してしまった。

 そして、遺体として見つかった。

 カロン様の遺体の周りには五体の強力な魔獣の死体があった。魔獣と戦ったことは分かったけど、どうして一人で魔獣と戦ったのかなど様々なことが分からなかった。


 アンジェリーナ様にとってカロン様はとても大切な存在だ。

 私も含めて従者たちはアンジェリーナ様の恋心に気づいていた。気づいていなかったのはカロン様本人だけだった。

 私たちはアンジェリーナ様の恋心に触れないように注意していた。アンジェリーナ様はその恋心を封印して皇后となる覚悟を決めていたから。

 でも、カロン様が亡くなったと聞いた時、アンジェリーナ様は泣き崩れ、その後も悲しみが癒えた様子は見られなかった。

 二度とあんな風に悲しんで欲しくない。アンジェリーナ様の側にはずっとカロン様がいるべきだ。


 すると、馬車が停まった。

 どうしたのかなと首を傾げると、カロン様が御者台から私に声を掛ける。


 「フレイヤ様、少しだけ馬を休ませます。しばらくお待ちください」

 「分かりました」


 話すことが終わると、急に静かになる。

 十分もすれば、休憩は終わってしまう。伝えるタイミングを考えていたけど、今しかない。カロン様に伝えよう!


 私は震えた声で呼び掛ける。


 「カ、カロン様」

 「どうされましたか?」

 「よろしければ、私とお話をしてくださいませんか?」

 「……」


 返事がない。

 カロン様は女性から誘われることがとても多い。その誘われることをカロン様が嫌がっていることも私は知っている。

 私の言葉にまたかと思っているんだろうな。嫌なのは分かっていますが、どうしても聞いて欲しいんです!


 「よろしければ、私とお話をしてくださいませんか?」


 今度は少し大きめの声で言うと、カロン様から小さなため息が聞こえた。


 「…… 分かりました」


 カロン様は馬車に入ると、やっぱり凄く嫌そうな顔をしていた。

 その表情を見るのがとても久しぶりで、ついクスッと笑ってしまう。


 「何かおかしいことでもありましたか?」


 カロン様が不機嫌そうな顔で私を見てきた。

 しまった! つい懐かしい気持ちになってしまった。


 「いえいえ、カロン様とお話ができて嬉しいのです」

 「そうですか。ありがとうございます」


 私が言い寄ってくると思って嫌な顔をしている。そんなつもりは全くないけど、嫌な顔でも素敵だと思わせるのが罪だと思う。

 容姿のことで嫌な顔をするカロン様だけど、本当はとても優しい。お忙しいのに時間が空いている時は前世の私をいつも気に掛けてくれた。

 勝手な話だけど、前世の私はカロン様を兄のように慕っていた。今の私にもその気持ちはちゃんと残っている。だから、死んでほしくない。


 「実は私、特異魔力保持者なんです」

 「え、はい!?」


 驚きますよね、当然の反応だと思います。

 お母様とケイト先生に注意深く言われたけど、特異魔力保持者であることは信頼できる人にしか教えちゃいけない。

 でも、私はあなたが信頼できる方だと知っている。


 「驚きましたか?」

 「当然です。どうしてそれを私に教えるのですか?」

 「大切なことを伝えるためです。私には予知能力があります」

 「予知能力ですか? それは未来を見通せるということですか?」


 予知能力なんてもちろんないけど、これから十年の未来は知っている。

 本当のことだと信じてもらえるように真剣な表情で答える。


 「はい!」


 カロン様は黙って私を見つめた。怪しんでいるようにも見える。


 「そうですか…… それで、私に伝えるべき大切なこととはなんでしょうか?」

 「今から五年後の話です。カロン様に危険が迫ります。仲間の騎士と一緒にいてください。一人で ――」


 感情が昂り、どんどん早口になる。


 「いないでください。魔獣に気をつけてください。アンジェリーナ様を悲しませないでください。どうか、どうかお願いします!!」


 最後は悲痛な声になっていた。

 あの時の悲しみを、アンジェリーナ様の泣く姿が目に焼きついてるからつい感情が入ってしまった。

 でも、死んでしまうことは言えなかった。カロン様に伝わったかどうか……


 「…… 承知いたしました。フレイヤ様の警告、私の心に留めておきましょう。このことはアンジェリーナ様にも申し上げてもよろしいですか?」

 「はい、もちろんです!」

 「そうですか、分かりました。フレイヤ様、感謝申し上げます」


 と言って、カロン様は御者台に戻った。


 そして、馬車は静かに走り出す。






















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