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元工作員、異世界の殺し屋「死神」に拾われる  作者: 丸ノ内きみこ


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8/13

楽しい女子会

週末の午後、学園のテラスに華やかなテーブルが並んでいた。


ニーナに手を引かれ、シオンは戦場へ赴くような足取りで現れた。今日の彼女は、ニーナが必死にコーディネートした「平均的で無害そうな令嬢」の装いだ。


(……このコルセットは肺の膨らみを5パーセント阻害し、酸素摂取量を低下させます。極めて非効率的な戦闘服ですね)


「シオンちゃん、大丈夫? 顔が怖いよ! 今日はみんなで新作のスイーツを評価するだけだから、リラックスしてね」


「善処します。……ニーナ様、あの扇子を不自然に振っている集団が、情報源ターゲットですか?」


「情報源って言わないで! お友達のグループだよ!」



円卓を囲む四人の令嬢。彼女たちの話題は、流行のドレスから、王子の好みのタイプ、さらには「最近、夜の校舎で不審な黒い影を見た」という噂話まで、脈絡なく飛び交う。


「ねぇ、シオン様。没落貴族とお聞きしたけれど、お肌がとてもお綺麗ね。どんな秘薬をお使いなの?」


令嬢の一人が、探るような視線を向ける。シオンは紅茶のカップを完璧な角度(45度)で保持したまま、淡々と答えた。


「秘薬ではありません。十分な睡眠、タンパク質とビタミンCの適正摂取、そして『敵対勢力を排除したことによるストレスの完全消失』です」


「……えっ? ストレス、の……消失?」


(あわわっ!)ニーナが横から慌てて割り込む。


「シオンちゃんは人見知りなの! 『掃除が趣味』だから、お部屋が綺麗になるとストレスが消えるって意味だよね!?」


「ええ。ゴミ一つ残しませんから」


シオンの目が、一瞬だけ鋭く光った。その視線は令嬢を通り越し、背後の茂みに潜む「不自然な空気の揺らぎ」……つまり、天井裏から移動してきて木に同化している師匠ジークハルトを射抜いていた。


やがて、メインの「ベリーのミルフィーユ」が運ばれてきた。  令嬢たちが「可愛くて食べられない!」とはしゃぐ中、シオンはフォーク一本で、その多層構造を完璧に解体し始めた。


「このパイ生地の重なり……等間隔に空気が含まれており、強度的には脆いですが、食感のシミュレーションとしては秀逸です。……ところで皆様。先ほどの『夜の黒い影』の話、詳しく伺えますか? 影の移動速度は秒速何メートルでしたか?」


「えっ、そ、そんなのわからないわ……。ただ、ルミナス殿下の離宮の近くに消えていったって……」


(――特定。ルミナスの呪印と、学園内の侵入者。相関関係は80パーセント以上)


シオンが情報を脳内フォルダに整理したその時。


「あら、楽しそうね。私も混ぜてくださる?」


 現れたのは、先日シオンに恥をかかされたクラリスだった。彼女の背後には、がっしりとした体格の「騎士科」の男子生徒たちが控えている。


「ニーナ、貴方のような下層貴族が、よくも図々しく……そしてシオン。貴女のその不気味な顔、今日で最後にしてあげるわ」


クラリスが合図を送ると、男子生徒たちがシオンの椅子に手をかけようとした。周囲の令嬢たちが悲鳴を上げる中、シオンはカップに残った冷めた紅茶を、ごく自然な動作でテーブルにこぼした。


「……手が滑りました」


ただ紅茶をこぼしたのではない。彼女は魔力で液体の「表面張力」を極限まで高め、石畳を凍りついたスケートリンク以上に滑りやすく変えたのだ。


「うわっ!?」「なんだこれ!?」


突進してきた男子生徒たちは、面白いように足を滑らせ、互いの頭をぶつけ合って折り重なった。  シオンは立ち上がり、呆然とするクラリスの耳元で、甘く、冷たい声で囁いた。


「クラリス様。公共の場での騒音は、お茶の風味を損ないます。……あと、あなたの背後の木にいる『死神』が、あなたの首をどの角度で落とすか選別し始めています。早く帰宅することを推奨しますよ」


「ひっ……!?」


クラリスが木を見上げると、そこには爛々と輝く黄金色の瞳。悲鳴を上げて逃げ出すクラリス一行を見送り、シオンはニーナに向き直った。


「ニーナ様。女子会という名の情報収集活動、非常に有意義でした。……次は『お泊まり会』という、さらなる長時間労働の予定を組みますか?」


「も、もう! シオンちゃん、かっこいいけど……ちょっとだけ怖かったよぉ!」


ニーナに抱きつかれ、シオンは「(友情のコストは意外と高いですね)」と嘆きつつ、空になったティーカップをそっとテーブルに戻した。

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