友情のプロトタイプ
学園のカフェテリアの片隅。シオンはサンドイッチを咀嚼しながら、周囲の人間観察を行っていた。
(……非効率な光景です。あちこちで発生している『女子グループによる集団登下校』、および『無意味な噂話の共有』。これらはこの学園において、部外者として浮かないための不可欠なコスト(擬態)のようです)
ジークハルトからは「怪しまれるな」と言われている。無表情で一人飯を続けるシオンは、すでに一部の男子生徒から「氷の令嬢」などと呼ばれ、逆に注目を集め始めていた。これは「清掃」において致命的なミスだ。
(早急に、平均的な『友人』という名の隠れ蓑を確保する必要があります)
シオンの検索条件はこうだ。
・声が大きくない(聴覚の保護)
・権力争いの中心にいない(余計な仕事の回避)
・お人好しで、こちらの無愛想を『人見知り』と誤認してくれる(管理の容易さ)
ターゲットは、すぐに定まった。
◇◇◇
図書室の隅で、分厚い魔導書を抱えてうろたえている少女がいた。名はニーナ。中等貴族の娘で、おどおどした仕草は「捕食対象」として完璧な弱者のオーラを放っている。
「……あの、それ、一番下の棚の右から三番目に戻すのが、最も動線に無駄がありませんよ」
「ひゃいっ!?」
背後から音もなく声をかけられたニーナは、飛び上がって本をぶちまけた。シオンはそれを、重力加速度を計算したかのような無駄のない動きで、すべて空中でキャッチする。
「あ、ありがとう……ございます……。あの、あなたは……」
「シオン・ローウェル。没落貴族です。……ニーナ様、あなたの脈拍は平均より20パーセント速い。深刻な低血糖、あるいは対人恐怖症の兆候があります。これを摂取してください」
シオンが差し出したのは、修行中に自作した「脳機能を維持するための高効率ブドウ糖タブレット(味は二の次)」だった。
「え、あ、あむっ……。わ、甘い……? なんだか、頭がスッキリしてきました」
「それは良かったです。……つきましては、提案があります。ニーナ様、私と『友人』の契約を結びませんか?」
「け、契約……?」
「はい。メリットを提示します。私があなたの学習計画を最適化し、成績を上位10パーセントまで引き上げます。また、クラリス様たちからの嫌がらせは、私が物理および心理工作で排除します。……その代わり、あなたは私と一緒に学園内を歩き、私に『世間話のサンプル』を提供してください」
ニーナは目を白黒させた。普通の少女なら「怖い」と感じるところだが、万年ぼっちでいじめられっ子だった彼女にとって、シオンの提示した「保護」の条件はあまりにも魅力的だった。
「それって……あ、あの、それって、お友達になってくれるってこと……?」
「『友人という役割を相互に演じることによる社会的利益の享受』です」
「……うふふ、シオンちゃんって面白いね! よろしくね、シオンちゃん!」
ニーナがパッと明るい笑顔を見せ、シオンの右手をぎゅっと握った。シオンは一瞬、体温の伝達に驚き、脳内で「握手による細菌感染の確率」と「親密度上昇による任務成功率」を天秤にかけ――。
「(……まあ、許容範囲内ですね)」
わずかに、本当にわずかに、シオンの口角が上がった。
その様子を、図書室の天井の梁の上から、逆さ吊りで見守る影があった。
「……ケッ、なんだあの小娘は。シオンの手に触れやがって。……だが、まぁいい。あいつが笑ったのは……三ヶ月ぶりか」
ジークハルトは、殺気を消したまま、持っていたナイフをそっと鞘に収めた。しかし、その目には「もしあの友人が裏切ったら、即座に実家ごと消す」という決意が爛々と輝いていた。




