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学園の放課後。人気のない図書室の最奥で、シオンは山積みにされた古文書と格闘していた。ターゲットである第三王子、ルミナスの心臓に刻まれた「禁忌の呪印」に関する手がかりを探るためだ。
「……やはり、既存の魔術理論の枠外ですね。エネルギーが外部から供給されているのではなく、宿主の『鼓動』そのものを動力源に変換している」
独り言をつぶやいた瞬間、背後の空気がわずかに揺れた。
「……随分と熱心だね。没落令嬢が、禁書指定されている『古代呪詛』の棚に何の用だい?」
現れたのは、黄金の髪を夕日に輝かせた第三王子、ルミナスだった。彼は優雅な足取りで近づき、シオンの至近距離で棚に手をつく。世の令嬢なら悲鳴を上げて赤面する「壁ドン」の構え。だが、シオンの脳内は別の計算で埋め尽くされていた。
(心拍数82。体温36.7度。……そして、胸骨の裏側から漏れ出す、微かな魔力の『不整脈』)
「ルミナス殿下。不法侵入は、学園規則第12条に抵触しますが」
「君こそ。……あぁ、いいよ。そんな冷たい目で睨まないでくれ。僕はただ、食堂でクラリスを『解体』した君の技術に惚れ込んだだけなんだから」
ルミナスが楽しげに笑い、シオンの頬に手を伸ばそうとした。その瞬間、シオンの手が電光石火の速さで動き、王子の手首を掴んだ。
「……なっ」
「動かないでください。脈動のノイズを測定しています」
シオンは無表情のまま、王子の手首を強く圧迫し、同時に自身の魔力を針のように細くして、彼の血管を通じて心臓へと送り込んだ。現代知識における「血管内カテーテル」の要領だ。
「君……何を……っ!?」
「静かに。……見つけました。左心房の裏。六芒星の頂点が、心筋の収縮に合わせて0.2秒ずつズレながら拍動しています。これが『呪印』の正体……いいえ、『寄生型プログラム』ですね」
ルミナスの顔から、余裕の笑みが消えた。この呪いは、大陸最高の賢者ですら「原因不明の心不全」としか診断できなかった、秘匿中の秘匿。それを、この出会って数分の少女は、指先ひとつで正確に場所まで特定してみせた。
「君は……一体、何者なんだ?」
「ただの掃除屋です。……殿下、今の診断結果、報告書としてまとめますので、後で確認印をお願いします。あ、残業代は学園の食堂の回数券で構いません」
シオンが手を離した瞬間。図書室の窓が、音もなく外から開いた。
「……そこまでだ。そのチャラついた手を、俺の弟子から離せ」
窓枠に腰掛けていたのは、漆黒の外套を羽織り、今にもナイフを投げ飛ばしそうな目をしたジークハルトだった。
「し、師匠!? なぜここに。ここは女子寮の近くですよ。不審者として通報されます」
「うるさい。男と二人きりなんて、俺はそんな教育はした覚えがないぞ。……おい王子、死にたいのか? 今なら、跡形もなく消してやってもいいんだぞ」
最強の殺し屋の、絶対的な「殺気」が図書室を満たす。ルミナスは冷や汗を流しながらも、不敵に口角を上げた。
「……なるほど。最強の『死神』が師匠とはね。どうやら僕の学園生活は、想像以上にエキサイティングになりそうだ」
「(……非効率な事態になってきましたね)」
シオンは深く、深くため息をついた。ターゲットである王子、過保護すぎる師匠、そして学園の闇。 これら全てを「清掃」するには、まだまだ定時には帰れそうになかった。




