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元工作員、異世界の殺し屋「死神」に拾われる  作者: 丸ノ内きみこ


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2/13

修行一年目

ジークハルトが最初に与えたのは、彼の身長ほどもある無骨な大剣だった。


「殺し屋の基本は一撃の重さだ。まずはこれを千回振れ」


だが三日目の朝、シオンは大剣を庭の隅に放り投げた。彼女の手のひらはマメで潰れ、細い手首は青紫に腫れ上がっている。


「……師匠、辞職します。この非合理な苦行を続けるくらいなら、今すぐここで首を落とされる方を選びます」


「なんだと?」


「私の体重は四十五キロ。その鉄塊は三十キロ。これを振り回すのは物理学的に見て『自壊』と同義です。骨格が砕ける前に、戦い方を変えます」


そこから、シオンの奇妙な「観察」が始まった。


彼女は城の地下に眠る、埃を被った医学書や魔獣の解剖図を片端から読破した。単に読むのではない。現代日本で学んだ「解剖学」の知識と照らし合わせ、異世界の生物特有の「魔力器官」がどこに配置されているかを、精密なスケッチで再構築していったのだ。


「師匠、この世界の人間は、魔力を練る際にこの『ゲート』と呼ばれる器官を無意識に動かしています。……つまり、ここを物理的に遮断すれば、どんな大魔導師もただの老人です」


彼女が描く図面には、既存の魔法体系には存在しない「急所」が、ミリ単位の精度で赤く記されていた。


シオンの観察眼は、やがて師匠であるジークハルト自身に向けられた。食事中、歩行中、そして彼が訓練で剣を振るう瞬間。シオンは瞬きもせず、彼の「音」を聞き、影を追った。


「師匠、昨日より歩幅が二センチ短いです。右の腎臓付近に、わずかな炎症反応がありますね。……昨夜、こっそり強い酒を飲みましたか?」


「……貴様、何を見ている」


「筋肉のわずかな強張り、毛細血管の収縮、そして踏み込む際の関節の摩擦音です。特に左膝。軟骨が擦れる微かな異音がします。それがあなたの身体的弱点――つまり『寿命』です」


 最強の死神として生きてきたジークハルトにとって、己の肉体を「機械の不調」のように指摘されるのは初めての経験だった。彼は背筋に、敵の剣を突きつけられた時以上の寒気を感じていた。




シオンに与えられた最初の課題は、ジークハルトが住まう古城の庭に蔓延る「ブラッド・ウルフ」の掃討だった。体長二メートルを超える巨体。鉄をも噛みちぎる牙。それが十数頭。


「シオン、見ておけ。これが『死』の与え方だ」


ジークハルトが動く。魔力を爆発させ、大剣を一閃。轟音と共に大気が震え、狼の群れは文字通り「粉砕」された。肉片が飛び散り、庭の石畳が真っ赤に染まる。ジークハルトの頬にも返り血が伝った。


「……終わりましたか。十五秒。消費魔力、一般魔導師の三日分。後片付けにかかる時間、概算で五時間。……師匠、落第点ですね」


瓦礫の上に座っていたシオンが、淡々と告げた。その手元には、城の厨房から持ち出した空き瓶と、庭で摘んだ毒草、そして焚き火の灰が並んでいる。


「あぁん? 殲滅したんだ、文句ねぇだろうが」


「美しくありません。私のやり方を見せてあげます。……来ましたよ、第二陣」


森の奥から、さらに倍の数の狼が現れる。シオンは立ち上がることすらしない。彼女は瓶の中に詰めた「特製オイル」を、風上に向けた小さな焚き火の中に一滴垂らした。


「何だ、それは。香料か?」


「いえ、『嗅覚の過負荷』です」


シオンが作ったのは、狼が忌避する特定の植物の成分を抽出し、魔獣の鋭すぎる嗅覚を逆手に取った「感覚攪乱剤」だった。  次の瞬間、襲いかかろうとした狼たちが、悲鳴のような咆哮を上げてのたうち回った。彼らにとって、その香りは脳を直接焼かれるような激痛だったのだ。


悶絶し、完全に無防備になった群れ。シオンはそこで初めて立ち上がると、袖口から取り出した細い「編み棒(のような自作の針)」を一本、手に取った。


「心臓を突くのは力が必要ですし、血が飛びます。だから、ここです」


彼女はのたうち回る狼の横を、散歩でもするように通り抜ける。その際、すれ違いざまに狼の後頭部と第一頸椎の隙間へ、音もなく針を突き立てた。


一突き。たったそれだけで、巨体は痙攣一つせず、まるでスイッチを切られたように崩れ落ちる。


「延髄を破壊すれば、呼吸も心拍も即座に停止します。抵抗がないので、筋力は不要。出血は一滴。……一頭につき、消費エネルギーは歩行に必要な分だけです」


シオンは一分足らずで、全ての狼を「静かな死体」へと変えた。庭は汚れていない。シオンの服も、綺麗なままだ。


「……貴様、どこでそんな戦い方を学んだ」


 ジークハルトが呆然と呟く。彼のような最強の個体にとって、弱者が強者を「解体」するようなこの手口は、未知の恐怖ですらあった。


「戦いではありません。これは『清掃』です。……師匠、返り血がついたままだと細菌感染の恐れがあります。早く顔を洗ってきてください。定時までにお昼寝を済ませたいので」


ジークハルトは、自分の頬についた血を指で拭い、それを見つめた。この小娘は、魔力というこの世界の絶対的なルールを無視し、「知識」という名の最も残酷な刃を持っている。


「……ハッ、ははは! 面白い。効率的すぎて反吐が出るな!」


ジークハルトは狂ったように笑い、シオンの頭を大きな手で乱暴に撫で回した。それが、二人の歪な師弟関係が「殺意」から「教育」へと変わった瞬間だった。



一年の後半、シオンは「いかに力を入れずに命を止めるか」という研究の最終段階に入った。彼女が選んだ武器は、剣ではなく、城の裁縫室からくすねてきた数本の「鋼鉄の針」だった。


「死なせる必要はありません。神経の束が集まる『中枢』を一突きすれば、脳からの信号が四肢に届かなくなります。パソコンの電源プラグを抜くようなものです」


ある晴れた午後。ジークハルトはシオンの最終試験として、目隠しをした彼女の周囲に、魔力で強化した高速の「羽虫」を放った。羽虫は不規則な軌道で飛び回り、常人の目には残像すら映らない。


シオンは動かない。呼吸を止め、耳を澄ます。風を切る微かな振動から、虫の骨格、関節の構造を脳内の設計図に投影する。


 ――シュッ。


予備動作のない、電光石火の投擲。三本の針が、それぞれ異なる方向へ飛んでいく。


ジークハルトが確認すると、三匹の羽虫は地面に落ちていた。死んではいない。しかし、一ミリにも満たない「はねの付け根の関節」だけを正確に貫かれ、二度と飛ぶことができない状態にされていた。


「……殺さずに、機能を奪ったのか」


「殺すと後処理が面倒ですから。……師匠、一年目のカリキュラムは終了です。明日から二時間、昼寝の時間を増やしてください」


 目隠しを外したシオンの瞳には、一切の感情がなかった。


ジークハルトは、自分が育てているのが「弟子」ではなく、「死を再定義する精密機械」であることを、ようやく理解し始めた。

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