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元工作員、異世界の殺し屋「死神」に拾われる  作者: 丸ノ内きみこ


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最終清掃

闘技場の通路は、既に血と硝煙の匂いに満ちていた。第一王子の私兵たちが、隊列を組んで迫る。その数は三十。重装歩兵による物理的な壁と、後衛の魔導師による遠距離砲撃の布陣だ。


「師匠。正面の盾、構造的な強度は高いですが、床との摩擦係数が甘いですね」


「ああ、わかってる。俺が『浮かせて』やる。お前は中身を掃除しろ」


ジークハルトが地を蹴った。大剣を振るうのではない。剣の腹で地面を叩き、強烈な魔力の衝撃波を走らせる。地割れと共に重装歩兵の足元が跳ね上がり、鉄の壁にわずかな隙間が生まれた。


「……計算通り。接続アクセスします」


シオンはその隙間に、目にも留まらぬ速さで滑り込んだ。彼女が手にしたのは、先ほど回収した敵の魔法杖だ。シオンはその先端に魔力を込めるのではない。杖の内部にある魔力触媒に、自身の鋭い魔力を「楔」として打ち込んだ。


「(共振周波数、固定。……飽和攻撃)」


ドォォォォン!!


シオンが投げた魔法杖が、敵の魔導師たちの中心で暴発した。魔力の過負荷による自爆。阿鼻叫喚の図が広がる中、シオンは淡々と、混乱する兵士たちの喉元を針で突いて回る。


「……十五人、沈黙。次へ行きます」


学園の最上階、時計塔の広場。そこに、第一王子ヴィクトールが待ち構えていた。彼は自らの心臓を「呪印」の核として、異形の魔力を全身から溢れさせている。


「来い、死神の飼い犬ども! この神の力の前で、貴様らの小細工など——」


「……その『神の力』、非常にバグが多いですね」


シオンがヴィクトールの言葉を遮り、霧の中から現れた。彼女の右手には、ワイヤーで繋がれた数本の薬瓶。左手には、ルミナスから預かった光の魔力の結晶。


「ヴィクトール殿下。あなたの心臓、今、一分間に三百回拍動しています。魔力の循環が速すぎて、毛細血管の耐久限界を超えている。……あと十秒で、あなたの右目は失明しますよ」


「黙れ! 貴様のようなゴミに何がわかる!」


ヴィクトールが巨大な闇の腕を振り下ろす。だが、シオンは動かない。


パリンッ!


シオンが足元に叩きつけたのは、ただの「中和剤」ではない。彼女が三年間、ジークハルトの魔力を分析して作り上げた、『魔力指向性阻害ガス』。ヴィクトールの闇の腕が、シオンに触れる直前で、まるで煙のように霧散した。


「……えっ?」


「魔力は信号。空気中の成分を書き換えれば、その信号は受信拒否エラーを起こします。……さようなら、殿下。あなたの野望は、仕様書プランの段階で失敗していました」


シオンが踏み込む。ヴィクトールの胸元、呪印の核へ。彼女は容赦なく、光の結晶をその中心部へ「プラグイン」した。


「あ……が、あああああああぁぁぁっ!!」


逆位相のエネルギーが衝突し、ヴィクトールの体内で魔力の暴走が起きる。シオンはその衝撃に備えることなく、背を向けて歩き出した。


朝日が、崩れかけた学園を照らし出す。結界は消え、ヴィクトールとその私兵たちは、一人残らず「清掃」された。


ルミナスが駆け寄り、シオンの手を取ろうとする。


「シオン! 大丈夫か? 怪我は……」


シオンは、王子の手をさりげなくかわし、自分の懐時計を確認した。


「……午前六時。予定より三時間の大幅なオーバータイムです。殿下、今回の超過勤務手当は、王宮の予算から直接引き落とさせていただきます」


「……あはは、君らしいな。……ありがとう、シオン。君は、僕の——」


「おっと、そこまでだ王子」


背後から、血の匂いをさせたジークハルトが割って入る。彼はシオンの肩を抱き寄せ、ルミナスを鋭く睨みつけた。


「掃除は終わった。……シオン、帰るぞ。アジトの冷蔵庫に、お前が言ってた『プリン』とかいうやつを買っておいてやったからな」


「……師匠。それは買収ですか? ……まあいいです。糖分は脳の回復に必要ですから。……殿下、学園の修復、頑張ってくださいね。私は有給休暇をいただきます」


シオンは一度だけ、ルミナスに小さく会釈した。そして、師匠である死神と共に、誰にも行き先を告げず、夜明けの街へと消えていった。


異世界最強の掃除屋の任務は、こうして「定時(過ぎ)」に完了した。



◇◇◇



数ヶ月後。王立学園には、再び平和な日常が戻っていた。復興したカフェテリアで、ニーナは新しい友人に、一人の「伝説の令嬢」の話をしていた。


「……彼女はね、ゴミ一つ残さずに、全部綺麗にしてくれたんだよ」


一方、大陸の果てにある静かな森。そこには、最新鋭のセキュリティ(物理)に守られた一軒家があった。


「師匠。その肉の切り方、筋肉の繊維を無視しています。もっと合理的に……」


「うるせぇ! 俺の勝手だろうが!」


最強の師弟による「効率的な日常」は、まだしばらく続きそうだった。

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