残業代は高くつく
歓声が、悲鳴に変わるまで一分もかからなかった。優勝者が決まった直後、空を覆ったのは黄金の輝きではなく、血のようにどす黒い「結界」だ。学園の各所に配置されていた近衛兵たちが、突如として剣を抜き、生徒たちへと向けた。
「……計算外ですね。第一王子の反乱開始時刻、予測より三十分早い」
シオンは勝ち名乗りを上げることもなく、即座にニーナの元へ駆け寄った。混乱する闘技場の中央、モニター魔法が巨大な影を映し出す。第一王子・ヴィクトール。ルミナスの実の兄であり、その心臓に呪いを植え付けた張本人だ。
『全校生徒に告ぐ。この学園は今、我が魔教団の結界により隔離された。……ルミナスよ、死に損ないの弟よ。その心臓、今度こそ我が糧として回収させてもらう』
「……殿下、ぼーっとしないでください。敵の総数は約二百。結界の強度は、外部からの救助を期待できないレベルです」
シオンの声に、ようやくルミナスが正気を取り戻す。
「シオン……あいつ、正気か!? 学園の生徒を人質にするなんて……」
「正気かどうかの判定は、事後報告書で。今は、この場にある『ゴミ』を片付けるのが先決です。……ニーナ様、私の背中から離れないでください」
観客席から飛び降りてきた数人の暗殺者。その動きは、先ほどまでの生徒たちとは比較にならない。本物の「殺し」の速度。
(……装備確認。針は残り三本。ワイヤー十二メートル。……これだけあれば、掃除には十分です)
シオンは一歩前へ出た。突進してくる暗殺者の太刀筋を、彼女は回避することすらしない。指先をわずかに鳴らす。
バチンッ!
闘技場の照明魔法が、過負荷で爆発した。シオンが事前に仕掛けておいた、緊急用の「過電流」トラップだ。
一瞬の闇。
暗殺者たちが暗視魔法を展開しようとしたそのコンマ数秒、シオンは闇の中に溶け込み、三人の急所を同時に「処理」した。頸動脈への針。膝の裏への衝撃。そして最後の一人の肺を、掌打で物理的に停止させる。
「……三人。処理完了」
闇が晴れたとき、そこには立ち尽くすシオンと、物言わぬ肉塊となった暗殺者たちが転がっていた。
「おいおい、シオン。俺を置いて勝手に『掃除』を始めるなと言っただろうが」
結界を内側から無理やりこじ開け、一人の男が降り立つ。ジークハルトだ。その手には、既に数人の近衛兵の返り血がついた大剣が握られている。
「師匠。遅刻ですよ。……時給から差し引きます」
「ケッ、相変わらず可愛くない。……王子、そこの震えてる小娘を連れて裏口へ行け。そこだけは俺が道を空けておいた」
ジークハルトはニヤリと笑い、大剣を肩に担いだ。
「ここから先は、学園のルールも、貴族のマナーも関係ねぇ。……シオン、やるぞ。俺たちがこの三年間で磨き上げた『効率的な地獄』を、このクズどもに見せてやる」
「了解です、師匠。……目標、敵対勢力の完全排除。……これより、学園の特別清掃を開始します」
シオンは袖から最後の一本の針を抜き、冷徹な黄金の瞳で、結界の奥に潜む「ゴミ」たちを見据えた。 最強の師弟による、容赦のない「最終清掃」が始まった。




