武術大会
会場となる円形闘技場は、数千人の観客の熱気で震えていた。掲示板に貼り出された対戦表を見て、生徒たちが騒ぎだす。
「おい、見ろよ。魔力ゼロの『シオン・ローウェル』の名前があるぞ」
「相手は……騎士科の次席、ボルドか。こりゃ、一秒で試合終了だな」
控室で、ニーナが震える手でシオンの服の裾を掴んでいた。
「シオンちゃん、無理だよ! 棄権しよう? ボルド様は魔力で強化した巨体で、去年の大会でも相手の骨を何本も折ってるんだよ!」
「ニーナ様、心配は不要です。……物理法則は、魔力量の多い少ないに左右されません。重力と遠心力、そして人体の構造は、誰に対しても平等です」
シオンは淡々と、自作の「超軽量合金の針」と、袖口に隠した「特殊ワイヤー」のテンションを確認する。その瞳には、緊張感のカケラもなかった。
「始め!」
審判の合図と同時に、巨漢ボルドが咆哮する。
「死ねぇ、没落令嬢!」
魔力で強化された彼の突進は、まるで猛り狂う重戦車のよう。対するシオンは、武器すら構えず、無防備に立ち尽くしている。
(……推定質量120キロ。突進速度は時速45キロ。運動エネルギーは十分。……利用価値がありますね)
激突の寸前。シオンは一歩も引かず、むしろボルドの懐へと、滑り込むように「前進」した。
「なっ……!?」
ボルドの太い腕がシオンを捕らえるより速く、シオンは彼の膝の裏を、指先でほんの少しだけ突く。さらに、ボルドの突進の慣性をそのまま利用し、彼の襟首を軽く引き下げた。
ズドォォォォォォン!!
ボルドの巨体が、まるで自分から地面に頭から突っ込んだかのように激しく転倒する。自らの突進の勢い(慣性)が、シオンという小さな「支点」によって、自分自身を破壊する凶器へと変わっていた。
ピクピクと痙攣するボルド。シオンは服の埃を払い、倒れた彼を見下ろしました。
「お疲れ様です。……運動エネルギーのベクトル管理が甘すぎます。やり直しですね」
会場が静まり返る。一歩も動かず、一滴の魔力も使わず、騎士科のエリートが自爆した。その光景は、観客にとって「魔法」よりも不可解な現象だった。
その後も、シオンの快進撃は止まらない。
炎の魔術師。放たれた火球に対し、シオンは隠し持っていた「消火用粉末(自作)」を空中に散布。粉塵と反応させて火球を霧散させ、驚愕する相手の頸動脈に手刀を一閃。所要時間、5秒。
準決勝、 高速の剣士。シオンは極細のワイヤーを空中に張り、相手の剣筋を完全に封鎖。絡まった剣士に対し、「紐の解き方、教えましょうか?」と耳元で囁き、失神させる。
決勝戦を前に、会場の空気は変わり「無能」という蔑みは、「正体不明の怪物」への恐怖に塗り替えられていた。
観客席の最後列、影に紛れるようにして座る男が一人。
「……ケッ。あの野郎、足首の使い方がまだ固いな。あと0.5ミリ深く踏み込めば、もっと綺麗に頸椎を外せただろうに」
ジークハルトは不満げに呟きながらも、シオンが勝つたびに、周囲にバレない程度の小さな拍手を送っていました。
「だがまぁ、あいつなりに『学園のルール』という非効率な枠組みの中でよくやってる。……さて、次は……あの王子か」
決勝戦のカードはシオン・ローウェル vs ルミナス・エル・エルシオン。
呪印を克服し、本来の魔力を取り戻しつつある王子と、それを「掃除」した最強の弟子。 ルミナスは舞台に上がると、全校生徒の前で、シオンに向けて不敵な、そして熱い視線を送った。
「シオン。……君が僕に教えてくれた『世界の理』、今度は僕が君にぶつけてみるよ」
「……殿下。公務以外の残業(試合)は、時給が発生することを忘れないでくださいね」
シオンが初めて、少しだけ楽しそうに目を細めた。 二人の激突が、今、始まる。




