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元工作員、異世界の殺し屋「死神」に拾われる  作者: 丸ノ内きみこ


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死神は効率的な獲物を好む

肺の奥が焼けるように熱い。  視界は、爆破の熱波で焼き付いたオレンジ色。崩落するビルの轟音と、雨の音が混ざり合って遠のいていく。


「……あぁ、また計算ミス」


 詩音しおんは、血に濡れた指先を虚空に伸ばした。  裏社会の「掃除屋」として二十年。どんな死地も合理的に切り抜けてきたが、最後に信じた依頼人が、自分ごと証拠隠滅を狙うという「非効率」な選択をすることまでは読み切れなかった。


(次の人生があるなら……もっと、定時に帰れる仕事がいいな)


そんな皮肉を最後に、彼女の意識は深い闇へと沈んだ。


◇◇◇


「——余計なものが混ざったか」


低い、地を這うような声。


次に詩音の肌が感じたのは、アスファルトの冷たさではなく、ゴツゴツとした石畳の不快な感触だった。  


重い瞼を押し上げる。そこは、見たこともない巨大な魔法陣が不気味な紫の光を放つ、崩れかけた寺院の地下だった。


そして目の前には、一人の男が立っていた。


漆黒の外套コートを纏い、返り血を浴びた大剣を無造作に引きずる男。


その瞳は吸い込まれるほどに深く、冷たい「死の黄金色」。


男——ジークハルトは、召喚の儀式の失敗を確認し、忌々しげに吐き捨てた。


「魔力も、闘気も、生きる意志すら感じられぬ。……異世界のゴミを呼んだか」


ジークハルトが右手を軽く振るう。それだけで、彼の周囲に漂う空気が鋭い刃と化し、詩音の喉元へ向けて放たれた。


普通の人間なら、自分が死んだことすら気づかずに首を落とされていただろう。だが、詩音の体は、脳が思考するよりも速く反応した。彼女は、まるでダンスでも踊るかのような滑らかな動きで、石畳の上を転がった。その際、足元に落ちていた召喚の生贄の残骸——折れた短剣の破片を拾い上げる。


「……!?」


ジークハルトの眉が動く。  詩音は立ち上がらない。四つん這いの姿勢のまま、重力を無視したような加速でジークハルトの懐へと潜り込んだ。


殺し屋として、彼は「最強」だった。だが、それゆえに「か弱い小娘が自分に肉薄してくる」という非合理な行動への対応が、コンマ一秒遅れた。


詩音の手の中にある破片が、ジークハルトの頸動脈まであと数ミリという場所で、ぴたりと止まる。  同時に、ジークハルトの漆黒のナイフが、詩音の眉間を捉えていた。


「……死に急ぐな、と言おうとしたが。貴様、その動きは何だ」


至近距離。互いの吐息がかかる距離で、詩音は無表情のまま口を開いた。


「心拍数、百四十。左肩に古い裂傷。右足の重心がわずかに外側に逃げている。……あなたの構えは美しいけれど、右側の死角が甘すぎます、師匠。」


「……誰が師匠だ」


「命を拾った相手を、私はそう呼ぶことに決めています。殺すなら、今すぐどうぞ。でも、生かしておけば、あなたのその『無駄の多い殺し方』、私が効率化してあげられますけど?」


沈黙が流れる。ジークハルトは、目の前の「ゴミ」だと思っていた少女の中に、自分と同じ——いや、自分以上に純粋な「死の匂い」を感じ取っていた。


彼は不敵に唇を歪め、ナイフを収めた。


「面白い。俺の名はジークハルト。大陸で最も嫌われている男だ」


「私はシオン。……定時に帰れるなら、何でもします」


ジークハルトは詩音の細い首を掴み、強引に引き寄せた。彼の指先から、熱い魔力が流れ込んでくる。それは、この世界の理に詩音を縛り付ける、残酷な呪いの契約。


「いいだろう。三年の猶予をやる。それまでに俺に膝を突かせられなければ、その時は改めて俺が、貴様を効率的に処分してやる」


こうして、異世界最強の死神と、現代最強の掃除屋による、歪な共同生活が幕を開けた。


三年後。  かつての「ゴミ」と呼ばれた少女は、あらゆる暗殺術と魔術を合理的に再構築し、王立学園という名の「最も安全で危険な戦場」へと、その身を投じることになる。

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