第4話 交渉によるダンジョン攻略
王都から馬車で半日ほどの距離にある「さえずりの森」。
その奥深くに、初心者向けのEランクダンジョン「小鬼の洞窟」がある。
俺たちのパーティ結成後、最初の仕事場だ。
「……おい、リヒト。本当にこんな装備でいいのか?」
洞窟の入り口で、クララが不満げな声を上げた。
彼女は愛用のフルプレートアーマーに身を包み、背中には身の丈ほどの大剣を背負っている。完全武装だ。
対して俺は、動きやすい旅装束に、腰には飾り物の短剣のみ。エルフィに至っては、簡素なローブに、俺が買い与えた中古の木の杖だ。
「十分だろ。俺たちはピクニックに行くわけじゃないが、戦争に行くわけでもない」
「戦争だ! ダンジョンは戦場だぞ! いつモンスターが襲ってくるか分からないんだ!」
クララが唾を飛ばして力説する。彼女にとって、ダンジョンとは命の削り合いをする神聖な場所らしい。
「分かってるよ。だからこそ、『準備』は万端にしてきた」
俺は背負った巨大なリュックサックをポンと叩いた。中には、食料やポーション、そして「交渉」のための様々なアイテムが詰め込まれている。
「……ご主人様、魔物気配がする。近い」
エルフィが杖を構え、鼻をヒクつかせた。さすがは森の民、エルフの感覚は鋭い。
「よし、行くぞ。クララ、先頭を頼む。エルフィは中央、俺は最後尾だ」
「チッ、口だけは達者な司令官殿だな」
クララは悪態をつきながらも、素直に前衛に立った。彼女の背中は、確かに頼もしかった。
* * *
洞窟内部は湿気が多く、カビ臭い空気が充満していた。
松明の明かりを頼りに進むと、すぐに最初の敵が現れた。
「ギャギャッ!」
薄汚い緑色の肌をした小鬼、ゴブリンが三匹。錆びたナイフや木の棒を持って襲いかかってくる。
「雑魚が! 私の剣のサビになれ!」
クララが吼え、大剣を一閃させる。
ゴゥンッ! という風切り音と共に、先頭のゴブリンが真っ二つになった。
凄まじい威力だ。Eランクダンジョンには完全にオーバースペックである。
「次!」
残る二匹が怯んだ隙に、クララは追撃を仕掛けようとする。
「待て、クララ!」
俺は彼女を制止した。
「あぁ!? 何だ、邪魔をするな!」
「殺すな。生け捕りにしろ」
「はぁ!? 何を言って……」
「いいからやれ! 司令官命令だ!」
俺の強い口調に、クララは舌打ちをしつつも、剣の腹を使ってゴブリンたちを殴打した。
ゴッ、バキッ、と鈍い音がして、ゴブリンたちは気絶する。
「……これで満足か? こんな雑魚、生かしておいても意味がないだろう」
クララが不満げに剣の血糊を拭う。
「いや、大いに意味がある。『情報源』としてな」
俺は気絶したゴブリンの一匹を引きずり、頬を張って目を覚まさせた。
「ギャッ!? ギャーッ!」
ゴブリンは俺を見て、恐怖で喚き散らす。
俺は【絶対交渉術】を発動した。
【対象:ゴブリン(斥候)】
【欲望レベル:C(食欲、生存欲求)】
【現在の思考:『怖い、殺される! 人間、強い! 逃げたい! 腹減った!』】
【弱点:ボスへの恐怖、空腹】
言葉は通じない。だが、思考は読める。
俺はリュックから「干し肉」を取り出し、ゴブリンの鼻先にちらつかせた。
ゴブリンの目が釘付けになる。
「……欲しいか?」
俺はゆっくりと、共通語で話しかける。通じなくてもいい、意志さえ伝われば。
「ギャウ!」
「なら、案内しろ。お前たちのボスの居場所まで」
俺は干し肉を少しだけちぎって投げ与えた。ゴブリンはそれを貪り食う。
「……リヒト、お前、正気か? モンスターと取引するなんて」
クララが信じられないものを見る目で見ている。
エルフィも警戒を強めている。「魔物は裏切る。信用できない」
「信用なんかしてないさ。利用するだけだ」
俺は残りの干し肉を見せびらかし、ゴブリンに先導させた。
ゴブリンは食欲と恐怖に支配され、大人しく俺たちの道案内を始めた。
道中、何度か他のゴブリンの群れと遭遇したが、俺が連れている「案内役」のゴブリンが何かを喚くと、彼らは道を開けた。どうやら「この人間は強いから手を出すな」とでも伝えたらしい。
無益な戦闘を回避し、俺たちは最短ルートで洞窟の最深部へと到達した。
そこには、通常のゴブリンより二回りは大きい、肥満体の「ゴブリンロード」が鎮座していた。
「グルルルゥ……!」
ロードが俺たちを見て、低い唸り声を上げる。周囲には数十匹の取り巻きがいる。
「……数が多いな。私が引きつける。その隙にリヒトたちは逃げろ」
クララが大剣を構え、悲壮な覚悟を決める。
「バカ言うな。これからが『本番』だ」
俺はクララの前に出た。
「おい! 死ぬ気か!」
「見てろって。『交渉』の時間だ」
俺は両手を上げ、武器を持っていないことを示しながら、ゆっくりとロードに近づく。
スキルを発動。
【対象:ゴブリンロード】
【欲望レベル:B(食欲、支配欲、繁殖欲)】
【現在の思考:『人間、美味そう。だが、あの赤い女は強そうだ。部下が減るのは嫌だ。それに……最近、食糧が足りない』】
【弱点:慢性的な食糧不足、隣のオークの縄張り争い】
(なるほど、食糧難か。典型的な悩みだな)
ゴブリンは繁殖力が高いが、その分、食料確保が常に課題となる。
俺はリュックから、大量の「保存食」を取り出した。安物の硬いパンや、少しカビたチーズ。人間なら廃棄するレベルのものだが、ゴブリンにとってはご馳走だ。
ドサドサと積み上げられた食料の山に、ゴブリンたちがどよめく。
「グルゥ?」
ロードが怪訝そうな顔をする。
「取引をしよう、偉大なるゴブリンの王よ」
俺は大袈裟なジェスチャーで話しかける。
「俺たちは、ここにある食料を定期的に提供する用意がある」
ロードの目が光る。
「その代わり、条件が二つある。一つ、この洞窟の『通行権』を俺たちに認めること。俺たちが通る時は、襲わないこと」
俺は一本指を立てる。
「そして二つ目。お前たちが溜め込んでいる『魔石』と、使っていない『人間の道具』。それを俺たちに譲ることだ」
ゴブリンは光るものを集める習性があるが、魔石の価値は理解していない。彼らにとってはただの綺麗な石ころだ。
ロードはしばらく考え込み、そして唸った。
「ガウ! ギャウギャウ!」
(通訳:『足りない! もっと美味いものを寄越せ!』)
欲張りな野郎だ。
俺はニヤリと笑い、最後の切り札を取り出した。
市場で安く仕入れた「強い酒」の瓶だ。
コルクを抜くと、強烈な酒精の香りが広がる。
ロードが鼻をヒクつかせ、涎を垂らした。
「……これは特別な『神の水』だ。契約成立の証として、これを進呈しよう」
俺が瓶を差し出すと、ロードはそれをひったくり、ラッパ飲みした。
「グ、グオォォォッ!!」
初めて味わうアルコールの刺激に、ロードは上機嫌に雄叫びを上げた。
交渉成立だ。
* * *
「……信じられん」
洞窟からの帰り道。クララはずっとブツブツと呟いていた。
俺たちのリュックには、ゴブリンたちから「仕入れた」大量の魔石と、過去の冒険者の遺品(錆びた剣や防具)が詰め込まれていた。
仕入れ値は、廃棄寸前の食料と安酒一本。利益率は数千パーセントだ。
「魔物と取引をするなど、聞いたことがない。お前は……人間なのか?」
「失礼な。俺は平和主義者なだけさ。無駄な血を流さずに、最大の利益を得る。これぞ『商売』の基本だろ?」
「……私は冒険者だ。商売人じゃない」
クララは納得いかない様子だが、その表情には明らかな「驚愕」と、少しの「畏怖」が混じっていた。
エルフィも、静かに俺を見つめていた。
「ご主人様は……やはり、普通じゃない」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
こうして、俺たちの初ダンジョン攻略は、一滴の血も流すことなく(最初の三匹は除く)、大成功に終わった。
だがこの「非常識な攻略」が、すぐにギルドで問題になることを、俺はまだ知らなかった。




