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7 大波乱の班決め

朝起きると、まだ乾いてなかったので、我が家の洗濯物と一緒に、ぷらんぷらーんと花音が残していったジャージが揺れていた。青空を悠然と舞う。


……早く持ち主に会えることを願う。



学校へ向かうと、既に登校していた友人の蓮がよっすと手を上げた。俺も「はよ」と短く返して、自分の席の椅子を引いて腰を下ろした。


「知ってるかー、伊織。今日の1時間目は、林間学校の班決めだとよ。しかも男女混合の縛りつき」

「おー…………お前に一任する」

「ちいとは、社交性を見せんかねお前は。まあいいけど」


代わりにやってくれるらしい。さんきゅー。

男女混合か……

この友人が居なかったら多分詰んでたな。

女子と組めなくて余ってた自信すらあると言っても過言ではない。悲しき日陰者の宿命である。


俺は、友人の肩に手を置いた。頼むぞ、と全力の笑顔を浮かべた。

コイツは違う…!俺と違って、隠れファンの居るイケメンなのだ。コイツに任せておけばこの手の面倒事は万事上手くいく。


「蓮、頑張って俺の分まで誘ってくれ…!可能ならば大人しいタイプの子がいい。俺に陰口叩かない系の子が希望だ……!」

「おーおーおー。他力本願すぎねーかお前は。たまには自分から誘いに行く甲斐性を見せてみろや。例えば………七瀬さんとかに?」


俺は一瞬で真顔になった。友人が冗談ではなく割と真面目に申しているのも加味して、虚無った。


「お前……前々から思っていたが、事あるごとに俺を破滅へと導いてくるよな…?…」

「はあ、ほんと後ろ向きだな、お前….…誘ったくらいで破滅になるかよ。てか何だ破滅って」

「聞け。いいか?俺は昔美亜に恋愛対象外の宣告を受けてある。ので、恋愛対象外の人間は、ひとつひとつの行動が命取り。マイナスはあっても、プラスはない。だって、既に外されてるんだから……!」

「卑屈だなぁ……」


蓮は顔をしかめた。仕方ないなコイツ、といった具合に肩を落とされるが、猛烈に抗議したい。


中学生で好きな子にそんな宣告受けるのは、だいぶトラウマもんだぞ………加えて、10年以上の付き合いの幼馴染から、なんだぞ…?


恋愛対象外ということは既に恋愛の上でのマイナス要素が存在しているということ。何だろうか?顔だろうか。いや、性格なのか。

「顔だ」と言われたらどうしようもないのでやるせない気分になるし、「性格だ」と言われたらだいぶ堪える。……うわ、やだな。

果たしてどっちがマシなのか。



俺が「顔か性格かどっちがマシか論争」を頭の中で繰り広げていると、そのうち朝礼が終わり1時間目がスタートした。

林間学校の概要の載ったプリントが手渡され、前に立っている学級委員によっておおよその説明がなされた。


なるほど、2泊3日でハイキングやらカヌーやらのアクティビティ体験や、工房見学をするらしい。なかなか楽しそうだ。しかし、班行動が多い印象が見受けられた。

つまり、班決めに全てがかかっている…!

頼んだ蓮!めちゃくちゃ他力本願で申し訳ないが、まあ、頼んだ!


「じゃあ、自分たちで自由に決めろー。はい、先生は見守っとくからー」


教師は自主性を尊重していると見せかけて丸投げし、俺たちの戦いは火蓋が切って落とされた。

この学校生活における、「自由に」という言葉に何人の少年少女たちが苦悩してきたことか…!

決めてくれよ先生!と何度思ったことか。


俺は蓮にぼそりと呟く。

「………で、蓮。どこのグループの女子を誘うつもりだ?俺的には、香山さんとか……」

「あー、香山さんね。微妙に気まずいんだよなあ、フッちゃったし。俺から誘うのはないなー」

「…………。えっと、じゃあ、森川さんとか……」

「森川かー、大人しそうに見えて意外と性格キツいからなー。元カレの愚痴しか言わないから、俺連絡先ブロックしたんだよな」

「………………。丸井さんとか………」

「あー、葵?うーん、別れたからな……」


…………。


「おい………お前どんだけ大人しい系の女子のこと食い散らかしてんだよ……!?他クラスは聞いてたけど、自分のクラスでもやってたのかよ!」

「人聞き悪いなー。なんか寄ってくるから、しゃーない」

「何か寄ってくる!!……うわあ……」


ひでー台詞だ……そして俺のような日陰者の心をぶっすぶすに刺してきやがった。こっちは、好きな子1人であれこれ苦悩してるのに、コイツ……!


俺がうげぇという顔をしていると、蓮は笑い飛ばす。まあまあ、なんて言って、どこ吹く風。


「誰か誘ってくれるんじゃね?余り物には福来るだ」

「どうだか………」

「他力本願なお前に決定権はない」

「さーせん」


俺は蓮を頼ってる身なので、口なし。

周りでどんどん男女が合流して班になっていくのを、ぼうっと眺める。俺の視線の先には、美亜の姿もあった。もちろん、ハンド部イケメンもそばにいる。


美亜はいつもの男女グループで、班を作るのだろうか。…………そりゃそうか。


すると、美亜と目が合った。

がっちり視線が合ってしまい、俺は慌てて逸らした。びっくりした。お互いの視線が合うなんて、いつぶりだ。


……見てたの、バレたか?

や、やらかした……

これは、美亜からの好感度がマイナス成長してしまう。ただでさえ、あれなのに。

や、だからどうなのかという話だけど。美亜とどうなりたいとかいう高望みはなくて、俺はただ美亜本人に俺が恋愛感情を抱いていることを悟られたくないのだ。…………彼女も好きでもない男からは、嫌だろうし。


「い、伊織くん!」

「……え?」


美亜がいつものグループの輪を抜けて、俺の机に両手をついた。俯いている彼女のふわふわのブラウンの髪が、俺の机の上にはらりと流れている。

俺は目を見開く。彼女が、俺のすぐ目の前に居る。俺は呆気に取られていた。


こんなの……高校に入ってから、初めてに等しい。


ふう、と小さく息を吐いてから、美亜は顔を上げた。

彼女のチャームポイントの、黒目がちの溢れんばかりの大きな瞳が俺を真っ直ぐと見つめた。


「あの……っ、ま、まだ空いてるかな?……、っ、その、一緒に班組みませんか……?!」


俺は、もっと目を見開いた。

視界いっぱいに彼女が映っていて、耳には彼女の声しか届かない。脳内は、一気に意識を持って行かれた。


ーーーー今、何て。


都合の良い妄想なんじゃないかと疑っている自分が居た。手の甲をつねった。……痛かった。


嘘、ほんとに?


俺は次の言葉が咄嗟に出てこない。

黙ってしまった俺に、美亜は不安そうな表情を浮かべた。俺の顔をそぉーと、おそるおそるといったように覗き込む。


「…あ、あの、伊織くん?……えっと……お返事をいただけると……嬉しいな…」

「あ、えっと……」


あまりに現実感がなくて、俺は返事に戸惑った。喉が干上がって上手く声を出せなかったが、なんとか絞り出す。俺の返事は、考えるまでもなく決まっている。


「……うん。もちろんだ。よろしくお願いします」

「………ほんと?…よ、良かったぁ……こ、こちらこそよろしくお願いします」


美亜は、嬉しそうに笑ってくれた。俺が距離を置く中学の途中まで、沢山目にしてきた彼女の笑顔だった。


「はいはいーい。おまけだけど、私も居まーす。入れて入れて〜」


と美亜に横から抱きついたのは、彼女と特に仲の良い友人である唐沢紗月(さつき)。よっ、とフレンドリーに彼女の片手が上がった。

美亜が控えめなふんわり系の美少女だとしたら、唐沢は美亜を可愛がるボーイッシュな姉ポジ。

体育会系のこれまた違ったベクトルで美少女…いや、美人と形容した方が正しい。


俺が反応するよりも早く、蓮が肩肘をついて、よっすと唐沢に片手を上げ返した。


「唐沢じゃん。上手くやれたんだー」

「まあね。今回は、一泡吹かせられたかなー!アイツの顔、爆笑モノよ!私、腹抱えて笑いそうになったもん!」

「マジー?俺も見たかった。この位置からじゃ、見えなかったんだよなぁ」

「はは、もったいなーい!絶対見たら手叩いて笑ってたわよ、アンター」


唐沢と蓮は、おかしそうに笑い合っていた。

2人の会話が何を指しているのか分からず、俺は首を傾げた。


………何の話だろうか?


「伊織くん」


美亜に名前を呼ばれて、彼女の方を見上げた。彼女は、緊張したように自分の髪の先をそっと掴んでいた。幼馴染の俺が知っている、彼女の昔からの癖だ。

愛らしい人形の如く、彼女が俺をじっと見つめた。

こんな正面から見るのなんて、いつぶりだろう。


「……えっと、改めて、よろしくお願いします…っ」


ああ。

律儀で、優しい、君のそんなところが好きだ。


疎遠になっていた俺を、何故急に誘ったのかは分からないけれど。

特別嬉しいことには、変わりない。

俺は自然と笑顔になって、彼女の言葉に頷いた。


「うん………よ、よろひ、しく………」


さて、肝心なところで、舌を噛んだ。


死にたくなった。



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