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19 鍵と違和感

未来はやっぱり、変えられないのか?

笹丘の宣言した内容が、花音に事前に教えられていた内容と一致していたことに俺は戦々恐々としていた。


自分はまるで、予め決められたレールの上を動く舞台装置なんじゃないか………


俺はネガティブに陥っていた思考に首を振って、打ち消す。


「いや、だからそれを変えるって決めたろ……」


深呼吸した。いくらか、落ち着けた気がする。


掴んでいた手すりを離して、階段を上る。

花音に指定された9階のエレベーター前に到着すると、窓の側に置かれた1人用ソファに女子が座っていた。


明るい茶髪のポニーテールが揺れている。トレードマークの赤い紐は、今日も彼女の長い髪を纏めていた。


「花音」


彼女は振り返った。


「おー、いほひくん」

鷹揚に手を上げる花音。串に刺さった大福をもぐもぐと頬張っていた。


この辺の名物らしい。

団子ではなく、大福が串に刺さっていると串の重量が重そうだが、それを口いっぱいに頬張っている未来の娘というのも、なかなか食い意地が張っている。


……て、俺が悩んでいる間に、この娘ちゃっかり旅行をエンジョイしてやがるな。


「はあ、こんなところで食べるなよ、部屋で食べろ」


マナー違反だぞ、と俺は苦言を呈するのだが、花音は壁を指差した。軽食可というポスターが貼られてある。


「ここは、ラウンジだから大丈夫。禁止なのは、あっちのスペース。伊織くんも食べる?」


箱を持ち上げる花音。

いちご大福、マスカット大福、葡萄大福。

……美味しそうだ。


「………じゃあ、食べたい」

「毎度あり〜。はい、400円と引き換え」

「ええ、金を要求されるのか……」

「んーんー、パパは可愛い娘にお小遣いあげようという気はないのかね?」

「いや同い年なんだよ」

「なはは未来ジョーク。いいよ、原価の200円に私が1時間並んで買った手間費合わせた230円で!」


さっき原価の2倍の400円取ろうとしてたんだがコイツ。200円の利益をせしめられるところだった。


「まあ結局取られるんだな。……はい」

「毎度あり〜」


食べたかったので、俺もここらで手を打った。

花音の財布にちゃりんと消えていく俺の100円硬貨2枚と10円硬貨3枚。花音はいい笑顔だ。

今は少額だが、未来の父娘(おれたち)の間では多額の取り引きが行われているのだろう。


花音には将来お金を毟り取られそうで、非常に怖い。


マスカット大福串を選んで、俺も席についた。


「で、俺を呼び出して何の話だ?」

「んー、ちょっと共有しておきたい情報があって」


花音は唇についた白い粉をペーパーで拭いながら、コンパクトミラーで自分の顔を眺める。

「やーん、グロス取れたぁ」と花音は唇を窄めて、話を進める気がまったくなかった。

これぞ自由人、マイペース……!


「情報って、何だよ」

「どうも私の部屋に誰か入ったぽいんだよねー」

「は?」


部屋って……花音が宿泊してる部屋だよな。

俺が目を白黒させていると、花音はなんてことないように間延びした返事をした。


「出掛ける時に締めてたはずのドアの鍵が開いてて、しかも中にスペアキーが置いてあったの」

「はっ?」


俺が険しい顔をしていたからだろう。花音はケラケラと笑って、「パパ顔怖いよ」と鏡で俺の顔を見せてきた。

確かに、元が陰鬱な雰囲気だから、子供にでも見せたら泣かれそうな表情をしていた。


「いやそんなのどうでも良くて。は?花音、お前、大丈夫だったか?何もなかった?部屋荒らされたりとか。ホテルには?警察には?」


俺が心配して花音に次々と尋ねると、花音はぷっと噴き出した。

人が心配してるのに何を呑気に、と俺は軽く睨んだが、花音はくすくすと笑った。


「何だ」

「いや〜……んふ…なんというか、いつの時代でも私のパパって、パパなんだなぁと、思った。ぶっちゃけ未来でのパパと今の伊織くんって違うとこばっかだったから、やっと安心したなぁって……」


花音は、笑った。

それは人を揶揄っているのではなく、彼女の安堵ゆえなのだと気付いた時、俺は何かの力が抜けていくのを感じた。


ニコニコ笑って自由な娘も、俺と同じように、ちゃんと不安だった。

未来の世界からやって来て過去の父親に会いに来た彼女もまた、未来を知って不安になっている俺と同じように不安を抱えていたのだ…………。


気付けば、口にしていた。


「───ごめん」

「え?何の謝罪?」

「気が回らなかった。まるで俺ばっかり不安になってるつもりになってた。………俺、父親なのに」

「いや同い年でしょ」

「過去ジョーク」

「ちょー、パクらないでよ。私の持ちギャグ!」

「ふっ」

「ふふ」


小さく笑い合う。

お互いきっと、不安を誤魔化すためのそれだったが、何だか初めて………

きちんと、父娘として少しは通じ合えた気がした。


それはそれとして、花音はとんでもないことに巻き込まれてる。


「でも、それは大事件だぞ。フロントには?」

「もちろん伝えた。私は鍵を持ってるし、鍵を持ったままホテルを出た。だから、何で部屋の鍵が開錠されてて、しかもスペアキーが置かれてあったのか───おかしいって」

「それで、フロントの人は何て?」


花音はきゅ、と顔を歪めて、不可解そうな顔をした。


「それが、おかしいの!」

「おかしい?」

「フロントの人は、こう言ったの!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()───って」


何だって?


「どういうことだ?」

「分かんないの!昼過ぎにその"犯人"は、フロントに寄ったらしいの。それで『鍵を紛失したから再発行して欲しい』って伝えたって!だからフロント側は再発行したんだって、言われて!」


花音もさすがにわけがわからず、混乱している様子だ。


「花音の部屋の様子は?」

「その再発行された鍵が置かれてただけで、後は荒らされた形跡はなかった……それも、意味が分かんなくて!」

「おかしいな」


今の状況を整理すると、謎は2つ。

①犯人はどうやって花音のフリをしたのか?

②花音の部屋に鍵を置くだけだと、何のために部屋に侵入したのかが不明である。


………厄介なことになった。


「このこと、警察には?」

「言えないよ!」

「何でだ」

「だって、思い出してよ。私がどうやってこのホテルに宿泊してるのか」


俺は、花音が昨日の朝に言っていたことを思い起こす。


花音は未来人なので、そもそもこの世界に籍がない。


加えて、未来から持ち込んだスマホは電波が合わずに使用が不可能。


→そのため、花音にとって未来での知り合い?らしい、この世界に居る、俺の再従姉妹(はとこ)水馬千代(みずま ちよ)に協力を仰いだ。


→水馬千代に身分証明書を借りて、代わりにインターネットで宿泊予約をしてもらった。

受付では、花音はマスクをつけることで顔写真の照合を誤魔化した。


「警察に連絡したら、私が"千代ちゃんに成りすまして"このホテルに宿泊してることがバレるでしょ!最悪の場合は、私が未来から来たことがバレるかも…」

「確かに…」

「だからフロントの人にも強く言えなかったんだよ。マスク外して確認させてくださいとか言われたら困るから!水馬千代に成りすましてるってバレたら」


嗚呼、もっと厄介なことになってきた…!


俺が頭を押さえていると、花音が長い息を吐いた。


「………伊織くん、気をつけて」

「俺…?気をつけるべきは、花音だろ?」

「私も気をつけるけど……犯人の狙いは、伊織くんなんじゃないかな」

「どうして」


俺が尋ねると、花音は唸った。

腕を組んで、ちらりとテーブルを見た。


「私が、この世界の警察に頼れない未来の人間だって知ってるからこんなことになったんじゃないかな。私のしようとしていることに反対して……"犯人"は、警告したいのかも」


花音の目的は、俺の青春時代に悔いが残らないようにすること。

具体的には、俺と美亜を恋人にすることだ。


だから、犯人の動機が、花音が働きかけている"俺"にあるんじゃないか……という意味か。


「まさか、相手も未来人とか?」

「可能性としては、あるだろうね。……ほとんどあり得ないと思うけど。そもそも、私以外に時空を超えられる"巫女"は居ないと思う……」

「巫女?」

「………まあね」


俺は尋ねる意味で、その単語を訊き返したが、花音は多くは語らなかった。

あまり口外したくない様子だ。


「前にも少し説明したけど、私は全ての時代の人間が必ず持ってる"(えにし)"を辿って、未来から過去にやってきた。縁には血縁と恋愛があって、私の場合は、パパとの血縁を辿ってこの世界に来た」


縁………確かに、前にカラオケで花音に説明された。そのときは、恋愛の縁だけ聞き耳に及んだ。

運命の相手は予め決まっている、的な。


当たり前だが、そうか。

家族の縁もあったのか。


花音は、太腿に肘をついた。手に小さい顔を乗っけて、はあーと溜め息を吐く。


「でもそれは、()()()()()()()()()()()なことであって、他の人間じゃできないはずなんだよね………」

「えっ」


何かサラッとすごいこと言われた気がするが……、

どういう意味だ…!?


「ま。とにかく未来人の可能性はあんまりないと思うんだよね……警戒するしかないな……伊織くんが心配だけど、どうしよっかな」

「俺は男だから大丈夫だと思うけど。花音こそ」

「私は大丈夫だよ?神に愛されてるからね」

「はっ?」


花音はニヤッと笑う。

本気なんだか、冗談なんだか。……いや、冗談に決まってるな。

いきなり漫画の強キャラみたいなこと言い出すから、びっくりした。


「花音、それって……」

「そういえば、伊織くん時間大丈夫?そろそろ始まるんじゃない、キャンプファイヤー」

「あっ、…とマズい」


腕時計を見ると、17時。集合時間の10分前だ。

しかし、迷う。事件が起きている中、花音を放っておくのも……


「花音、1人で大丈夫か?不安なら俺が……」

「大丈夫っ!呼び出したのは、伊織くんに気をつけてねって言いたかっただけだから」


にひ、と元気にピースする花音だが、俺はまだ不安だった。それを察したように、花音は「早く行ってこい」と言いたげに、俺の背中をバシッと叩いた。


「それより、頑張ってねキャンプファイヤー!私も非公式だけど、こっそり参加しようと思ってるから。あ!美亜ちゃんと笹丘大毅のキス騒動とか気にしちゃ駄目だよ!」

「……言うなよ………」


林間学校最大の悩みの種を思い出して、俺は胃を押さえた。





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