18 笹丘大毅
川からの冬景色も素晴らしく、昼食の地元料理の弁当も美味しく、良い思い出が出来たのに。
頭の中は、美亜と笹丘の告白とキス騒動でパンクしそうだ。
もし花音の言った通りならば────、
笹丘は今夜のキャンプファイヤーで美亜に告白をし、盛り上がった周りの生徒たちからコールが起こって、キスするとか何とか……
「伊織。今日の夕食は、焼肉出るらしいぜ」
「おう、そりゃ豪勢だな」
楽しみだなぁとぼやく蓮に相槌を打って、俺は頭を掻いた。ミシ、と枯れ葉を靴で踏む音がした。
少し前を歩く、美亜の姿を盗み見る。
唐沢としゃべる彼女の横顔は、幼馴染の俺には最近見せていない打ち解けた顔で、胸に仄かな隙間風がびゅうっと通り過ぎて行った。
……ああ、くそ。俺はどうしたらいい?
かと言って笹丘の告白止めるとか、そんなことは出来ないし、俺に許されたことではない。
そもそも美亜とのことを有耶無耶にしたままの宙ぶらりんの俺が、あーだこーだとここで喚いたって、負け犬の遠吠えみたいなものじゃないか。
「……っんとに、自分が情けない」
「どうした、急に。メンヘラか」
割と否定できないのが、残念だ。
午後のカヌー体験を終えた昼下がり。
早めに宿舎に戻った俺と蓮、美亜、唐沢は、教師に点呼報告をしてから、それぞれの部屋に戻った。
かろうじて、
「…また後で」
「…うん」
と美亜と短いやり取りはしたが、本日2度目のまともらしい会話はこれだけだった。
カヌーも昼食も班行動でずっと一緒だったのに。
……ずっとこのままなのだろうか?
明確に「それは嫌だ」と思う自分は居るのに、具体的にじゃあどうしようかと行動に移せない。
今夜が1つのタイムリミットに、違いないのに。
俺には、焦りが生まれ始めていた。
階段を上り、カーペットの敷かれた廊下を歩いた。
自分たちが宿泊している部屋の扉の前に立つと、ドアノブ部分にカードのようなものがかかっているのが見えた。
穴が空いていて、ホテルでよく見る『起こさないでください』のドアノブプレートのような形状だった。
……先に目に入ったのが、俺で良かったと思う。
俺はそのプレートを素早く掻っ攫って、ポケットに突っ込んだ。隣に居た友人の目にも止まらぬ速度。
スパイ映画のようだ。
蓮が鍵を回して扉を開けた後、俺は何食わぬ顔をして「ちょっと飲み物買ってくるわ」と長い廊下を引き返した。
ジャージのポケットからプレートを取り出す。
急いで突っ込んだせいで、半分に曲がってしまったが他に用途はなさそうだし、いいだろう。許せ。
『パパ、9階のエレベーター前。
未来のKより』
プレートにはこう書かれてあった。
……差出人は、未来(の娘)の花音だろう。
『パパ』とか書いてあるあたり、危ない綱渡りをしてくるのでヒヤヒヤするが、よそから見たら、別に誰も俺のことだろうとは思わないのか。
そう考えると、便利な合言葉だ。
階段をさらに上り、うちの高校の生徒たちが泊まる階よりも上にある9階を目指す。
が、その途中で、思いがけない人物と遭遇した。
「………ッチ、如月かよ」
恒例の舌打ちだった。見事なスタッカートである、そうとう慣れてるんだろう。
てっきり無視されて終わりかと思ったら、意外にも向こうの方から反応してきた。
申し訳ないが……
俺としても、今はあんまり会いたくないなと思っていたクラスメイトの、笹丘大毅だった。
彼は元が割と甘いマスクなだけに、眉を吊り上げた表情はものすごい剣幕である。
や、どんだけ俺のこと嫌いなんだよ。もはや前世からの因縁レベルだぞここまで来ると。
ほとんど会話したことないのに……。
俺はあまり刺激しないよう、そそくさと失礼することにした。
「……笹丘。じゃあ、また」
肩を掴まれる。
「オイ、待てよ」
そうは問屋が卸さなかった。
いつもならもう一度舌打ちされるだけで終わるのに、不運なことだ。
何だ……?
「鬱陶しいんだよ、お前」
笹丘が吐き捨てるように言った。
俺は、一瞬何を言われたのか分からなかった。
瞬きをして、「あ、罵られてるのか」と理解した。
面と向かって言う度胸は買うが、呆れの方がやはり勝る。
───笹丘はこんな人だっただろうか?
入学式の日は、『如月』と『笹丘』で割と席も近くて、普通に会話してたはずだ。
話し方も好青年だな、と俺はそんな第一印象を抱いた。
だから、美亜と仲の良い彼はお似合いだと思っていたのに。
残念ながら、これが彼の本性だと言うのだろうか。
───でも、本当に?
第六感のようなものが働いて、俺は疑問を持った。
俺は別にお人好しでもない。ここまでボロクソ言ってくる相手に善性を信じるほど、甘ちゃんではないのだ。
どちらかと言うと、むしろ、つい相手の裏をかいてしまうネガティブな偏屈な人間なのだ。
でも、そんな俺が、何となく笹丘の態度には引っかかっていた。
どうしてかは、説明できないが、何となく………
「あの、笹丘、……」
「弁えろよ、自分の立場くらい。昨日美亜にフラれてたくせに、しつこいんだよマジでさ。お前、まさか、まだワンチャンあるとか思ってんの?」
笹丘に肩を鷲掴みされたまま引き寄せられ、思わず、階段でバランスを崩しそうになる。
俺は、目を静かに見開いた。
罵倒されたことより、耳が驚いた情報があった。
いや、何で美亜の彼氏でもないのに、コイツにこんなこと言われなくちゃいけないんだよと憤りも感じたが。それより。
昨日の……って、
見られてたのか?
笹丘の姿なんて、どこにもなかった気がするが……
俺が見落としていただけなのか?
俺と美亜の近くのソファには、若い女性とお爺さんが一人ずつ居たくらいで、うちの学校の生徒は居なかったように思うが………。
───まただ。
俺の中で、何かが引っかかっている。
言葉じゃ、説明のできない圧倒的な違和感を………。
「もういい」
ドン、と肩を押されて、俺は慌てて階段の手すりを掴んだ。踏み外しかけた足を戻して、俺は落ちそうになった下を見た。
ヒヤッとした汗を感じた。危なかった……。
俺は、笹丘を見上げる。
笹丘は俺を見下ろして、冷ややかな視線で射抜いた。
「さっさと降りろ、負け犬。もう今後、美亜の周りうろつくんじゃねぇ。俺が今日のキャンプファイヤーで美亜に告白すんだから」
喉奥が干上がった。
花音の言った通り……だ。
花音は自分が来てからこの世界は、花音が元いた未来の世界線とは、変わり始めていると言っていたけれど。
やっぱり、この世界でも…
同じ路を辿ろうとしているのか。
笹丘が階段を降りて、俺の横を通り過ぎて行った。
古い建物なので、カン、カン、と笹丘が降りた分の揺れと重量が、足元に伝わってくる。
「……は、お前みてーにフラれるなんてザマにはならないから、諦めろ」
笹丘はそれだけ言い残すと、非常口から出て行った。
俺はしばらく、呆然としたまま、その場に残っていた。




