16 幼馴染は何を思っている
林間学校2日目の朝。
俺は寝不足気味だった。
蓮が『如月伊織は七瀬美亜の幼馴染だ』と同室のクラスメイトたちにバラしたせいであり、彼らからえらく質問攻めにあったのだ。
おまけに蓮が俺と美亜があたかもただならぬ関係だと匂わせるような発言ばかりするので、収拾がつかなくなった。
俺は朝食会場に向かいながら、隣の蓮を軽く睨む。
俺が寝てないせいでますます冴えない雰囲気になっているのに、この悪友は朝からイケメンなのが腹立たしい。
俺はあくびを噛み殺しながら、ひとこと苦言を呈した。
「やめてくれ、ああいうのは。おかげで酷い目に遭った」
「なに、恋バナみたいなもんだろ」
「どこがだ」
ありゃあ、一方的な尋問だ。
彼らの目が怖かった、本当に。
普段は良い奴らなので、俺に対する反発ではなく、単に好奇心が先行してしまっただけとは分かるが。
朝の4時には「意外といおみあ、アリかもしんね…」と何故か応援ムードだったが、恐らく夜更かししたせいで脳が疲れていたのだろう。
蓮が「だろ?」と後方支援者面してたのは、やり口が突然にして横暴だっただけに、素直に感謝しようとは思えなかったが。
朝食会場に入ると、ブュッフェ形式で生徒たちの列が出来ていた。スクランブルエッグ、ボイルドソーセージと朝料理の定番に加えて、和食や中華も充実していた。
個人的には、チーズオムレツがあったのが嬉しかった。
皿に盛っていき、終わったところで列を抜けた。班ごとに座席が指定されているようで、クラスの顔ぶれをたよりに、自分たちの席を探した。
同じ班の唐沢が手を振っていたので、それは案外早く見つかった。隣には、美亜も居る。
「おっはー、2人とも」
「おはよう唐沢」
「はよー」
体育会系の美人なだけあって、朝から元気な笑顔の唐沢だ。常にエネルギーに満ちていて、俺とは正反対なので尊敬している。
唐沢になりたいか、と言われると、そうでもないのだが。あれはあれで、大変だと思う。
「唐沢、何で草しか取ってないんだよ、もったいないぜ。お前、肉好きだろ?」
蓮はチラリと唐沢を見て、残念そうな目を向ける。
理由は知っている。コイツはいっぱい食べる体育会系の女子が好きなのだ。少食の大人しそうな女子ばかり食ってるくせに、変なやつだ。
唐沢ははーん、と鼻を鳴らした。
「草と言うな、サラダと呼べ。肉は要らない。私はもうベジリストとして生きていくから!」
「勝手に造語つくるな、ビーガンだろ」
「分かってないな〜?草草草肉草を食べるのがベジリストよ。ビーガンと一緒にされては困る!」
「いや、それ肉食ってんじゃん」
「うるさいな〜、今朝はサラダだけにするって決めてんのよー。昨日体重計乗ったら前より増えてたから、痩せなきゃなの」
女子が微妙に言いづらそうなことも口にできるのが唐沢たるものだ。
俺は聞いてしまって良かっただろうかと空気に徹した。対照的に、蓮は分かりやすく肩をすくめた。
「いいじゃん、紗月は元が細いだろ。あと、俺は健康的に太ってるほうが好きなんですけど」
「……っ…、そ、そう……?」
唐沢が僅かに照れたように、髪をいじる。
なんか、急にラブコメ始まった。
しかし、長くは続かず、すぐに唐沢は元の色に戻った。
「………て、いや、何でアンタの好み聞かされてんだ!知らんし。私は痩せるから、邪魔すんな」
「シュウマイ、唐揚げ、ローストビーフ……」
「ああ、うるさい〜!」
「素直になれよ。食べたいだろ?」
「痩せるって決めたのにぃ〜」
サラダを駆け込みながら、蓮の肉の誘いに必死で耐える唐沢。互いに強情であり、そして俺は友人の見てはいけないところを見てしまった気分になった。
蓮がニヤついているところを見るに、あれは完全に唐沢を揶揄っている。
ついでに自分好みにしようとしているのも、何とも恐ろしい男だ。
そんな肉戦争をしている2人は放っておき、俺は椅子を引いて着席した。
対面に座っている美亜をチラリと伺う。
クロワッサンを齧りながら、美亜も俺の方をチラリと見た。
「…………」
「…………」
「…おはよう、美亜」
「お、おはよう…」
挨拶するだけで少し重苦しく、何とか笑顔を作ったが、次の会話が思いつかない。
気まずい沈黙が俺たちの間に流れた。
原因をつくったのは、俺だ。
昨日の夜の一件だろう。
俺が告白まがいのことをしたら、美亜に『ごめんなさい』と言われたのだが、あれはやはり……
フラれた、ということなのだろうか。
夜は佐藤や山﨑に質問攻めに遭って騒がしかったから、そのことを考える余裕がなかった。
やっと寝ようと落ち着いた朝の4時から、俺だけ眠れずに悶々としていた。
ほぼ、オール状態だ。
はっきりさせたいと思うし、曖昧なままで居たいと思う自分も居る。
生殺しのような気分だが、不確定のぬるま湯に浸かっていたい気もする。美亜の口からハッキリと肯定されてしまっては、今度こそ立ち直れない気がした。
騒がしい隣の2人とは対照的に、カチャカチャと食器と箸の音だけが場を支配していた。
俺は口を開いた。
「昨日の………」
美亜の箸が、止まる。
「昨日のことは、……忘れてくれ」
美亜が息を呑む気配がした。視線を伏せた俺には、彼女がどんな表情をしているのか、よく見えない。
でも、何となく思う。
彼女は困っているような気がした。
俺も彼女も、言葉の多い人間ではない。だからこそ、相手の空気を読みたがり、そしてそれに従って行動してきた。
今の彼女の空気を察するに、俺にとって喜ばしいものではない。
ああ、ほら。
「………ごめんなさい」
また同じ言葉が、彼女から返ってきた。
どういう意味だ、と彼女に尋ねる勇気がない。
自分は、また臆病風に吹かれてしまったのだ。




