8 バスの中の駆け引き
雲ひとつない晴天だ。いつもと違い制服ではなくジャージ姿で、俺はやや緊張しながら学校へと向かった。
早すぎたかと思ったが、案外そうでもない。
既に学年の三分の一は集まってそうだ。
「おっはー、如月くん」
集合場所である昇降口の前に行くと、同じ班のメンバーの唐沢に声をかけられた。
「おはよ、早いな唐沢」
「えへん、学年で2番乗りでしたー。なんか無性にワクワクして、つい目が早く覚めたんだよね」
「まあな」
俺の場合は、緊張だけど。
2番乗りはでも、すごいな。
肩に手を置かれたので振り返ると、これまた班員の蓮だ。髪のセット具合を見るに、気合いが入ってる。
「よっすー、早いなお前ら。何だ、俺が最初かと思ったのに」
「へへ残念でしたー、こちとら3時起きっ」
「早すぎな」
「早すぎだろ」
蓮がマジかよとおっかなびっくりした顔、俺も思わずツッコミに加勢してしまった。
唐沢はピースした。
「大丈夫ブイ。昨日は推しの配信見てて1時寝たドン」
「全然大丈夫じゃねーじゃん」
「バスで爆睡予定」
「そりゃ本末転倒」
「肩貸して」
「嫌だつーの」
蓮と唐沢のテンポの速い会話に、俺は見事に置いてかれた。元々混じるつもりもなかったが、気が合いすぎてるなと思った。
お互いコミュ強だと、こうなるのだろうか?
俺は笑った。
「仲良いな」
「…………」
「…………」
無言しか返ってこなかった。何故だ。
俺は無罪だ。
「あっ、あそこに居るの美亜じゃない?おーい」
露骨に話題転換した唐沢は、遠くに手を振っていた。
確かに美亜は居たが。
代わりに蓮と唐沢の関係値の謎が深まった。この2人何かあったのか?
「ごめんなさい、遅れた!」
美亜が大きな旅行バッグを持って、こちらへと走ってきた。いつも下ろしてる髪が、今日は三つ編みだ。
林間学校の間、アルバム用の写真を撮られるからか、前髪もふわっと仕上げて、いっそう気合い入ってるし。
いいな、非日常感が増す………。
「ごめんね……早めに家出たつもりだったんだけど…」
美亜は走ったせいか、ちょっと息を切らした様子だ。
ふぅと深呼吸している。ジャージは胸の膨らみが強調されて、良くない。でも見てしまう。
………良くない。
「大丈夫だぞ、俺も蓮も今来たとこだし」
そもそも美亜以外の3人が、集合時間にこんなに早く集まるタイプでないのにたまたま集まっただけである。相対的に今日は美亜が最後になっただけで、いつもなら真逆の現象が起きてるはずだ。
「んじゃっ、揃ったことだしー、バス乗ろっか!」
唐沢が先頭を切って、俺たちはクラスのバスへと向かう。班のメンバーが揃い次第、乗車できることになっていた。
班長の蓮が担任に点呼報告をし、中へと乗り込んだ。
「席どうするー」
2人ずつの座席だ。
女子と男子同士で座ればいいのではないかと思ったが、そうではなく、4人の座り方を唐沢は決めたいらしかった。
「通路を挟んで一列か、それとも二列か……」
「いや、どっちでもいいだろ」
蓮がどうでも良さそうな顔をして、さっさと窓際の席に座った。
「4人でお菓子交換とか、ゲームとかしたいじゃーんっ。てか私が窓際ね!?どけぇ、斉藤っ」
「はいはい」
ナチュラルに、蓮と唐沢が隣同士で座った。
2人の気楽さが羨ましい。
ということで、残された俺と美亜。
2人で顔を見合わせて、静かな時間が流れる。
お互い言い出せないタイプなのだ。
「えっと」
俺は頰をかく。ああ、思い出せ昔の自分を。
昔はもっと、頑張ってたろ。
「隣、いいか」
俺がなんとか捻り出すと、美亜が頷いた。
「……は、ひゃい」
なんか、俺まで更にぎこちなくなってしまった。
これからのバスの2時間を考えると、もっと緊張した。
特に唐沢に何も指定されなかったので、2人の後ろの席に座ることにした。
またここで窓際か通路側かと言う問題が出てくるが、これは簡単だ。唐沢は窓際だし、その後ろの席が美亜も唐沢と話しやすいだろう。
「あ、美亜が窓際……」
「えいっ」
「おぅ?」
ちょっと小突かれて、俺は座席の方に吸い込まれた。はからずして、美亜に譲ろうとした窓際の席に俺が座る形になった。
「美亜が窓際の方が、いいんじゃないか」
「あのね」
美亜は俺の隣によいしょと座って、小さく笑った。
控えめで少々口下手な彼女は、ときに言うより先に行動することがある。たまに大胆なのだ。
例えば、昔…俺が落とし物をした時。
探しても見つからなくて。俺が諦めると言ったら、彼女は何も言わなかった。
でも、次の瞬間には彼女は走り出した。まだ探そうと直接は言わなかったけど、まだ探そうと言った。
そういう人なのだ。
「伊織くんは酔いやすい人でしょ?」
「……あ」
俺が遠慮するのを見越して、先に着席させたのか。
何と言うか……
幼馴染、なんだろうな。
疎遠になっていたって、やはり変わらないのが残ってる。
……それに、
俺だけが、彼女を見ていたわけではないんだと気付く。
覚えてたのか、俺のこと。
「……ありがと、う」
「うんっ」
彼女は、頷く。
「美亜ー」
「うん、なーに紗月ちゃん」
唐沢に呼ばれた美亜は、前の座席に少し身を乗り出した。蓮の面倒くさそうな声に、女子2人の笑い声が混じる。
俺は口に手を当てて、ちょっと窓辺に肘をついた。
顔を沈める。
まだ出発前で酔ってなんかいないが、なんとなく、そうしたい気分だった。
花音には嘘をついていた。
こんな簡単なことで振り回される恋が、諦めたくらいで消えているはずはなかったのだ。




