7 本格始動の合図
友人の蓮と帰っていたら、現れた俺の未来の娘こと、如月花音。
そして、今度は俺の幼馴染の七瀬美亜とその友人である唐沢紗月が現れた。
はからずして尾行のような形になっていたからか、美亜は決まり悪そうに顔を伏せていた。
反対に、唐沢はまったく気にしていない素振りで「んもう!」と何故か、俺に不機嫌だった。
「あのねぇ、如月くん。その女の子がどこの誰か知らないけどさぁ〜」
「花音だよ!」
ニコニコと自己紹介する花音。別に身内の贔屓目ではないが、さすが元気可愛い。
唐沢はふんぬと腕組みした。
「あのねぇ、花音ちゃんがどこの誰かは知らないんだけど、サ………、てなに、すごいこの子。めちゃくちゃ可愛いんですけど」
「えへへ、どーもー」
否定しないあたり、やはり自覚してるらしい。花音はむしろ当然だとでも言い出しそうな、自信に満ちた表情である。
言われ慣れてるんだろうな、コイツ。
はあーと唐沢が溜め息を吐いた。
「美亜から聞いたよ、如月くん。本当に花音ちゃんとは、ただの知り合い……ナノカナ?」
「知り合い、だ」
俺は嘘はないと表情を落とした。
そうだ知り合いである。(未来の娘と知ってる)知り合いだ。
だって未来の娘とか言って、誰も信じれないだろ。
俺もまだちょっと疑ってんのに。
「本当にそーかなー?」
「どういう意味だ?」
「如月くんの対応が、どーも花音ちゃんには違うように見えてねー?まるで気心知れた家族のような距離感だったヨ」
エスパーか。それが正解だよ。
「美亜は言えないだろうから、私が言うね。あのね、如月くん。花音ちゃんと本当はどんな関係なのか、美亜のためにも、ハッキリさせてあげて欲しいの」
「……美亜のために?」
俺は首を捻る。唐沢はうんうんと頷いた。
「うん!だって美亜ったら、ここ最近ずっと如月くんのことで思い悩んでーーーーーー」
「紗月ちゃんッ!」
美亜は顔を真っ赤にしていた。
唐沢の腕を引っ張って、眉を中央に寄せていた。怒っているというよりは、焦っているように見えた。
いつも大人しい彼女には、珍しい。
「紗月ちゃん!帰ろうね!今すぐ帰るよ!帰りますよ!」
「え、いや、今いいとこ……」
「か・え・る・よっ!」
「ええっ、ちょっと待ってよ美亜ーっ!」
美亜が脱兎の如く夕日の向こう側に姿を消し、唐沢は河川敷に転がっていた自分の鞄を拾って、急いでその後を追った。
「あっ、ごめんね邪魔して!じゃあね如月くん、花音ちゃん。またね!あっ、忘れてた、あと斉藤!」
「おい忘れんな」
恐らく人生で主役級の扱いしか受けてこなかったであろうモテ男の蓮が、不満そうな声を漏らす。
にしし、と笑った唐沢の顔を見るに、それは彼らなりのコミュニケーションなのだとは思うけれど。
実は仲良いよな、コイツら。
教室ではあんまり一緒に居るところ見たことないけど。陽の者はすぐ仲良くなれるから、羨ましい。
唐沢は走りながら、手を振った。
「あっ月曜日の林間学校、遅れないでねーっ、楽しみにしてっから!んじゃ!」
そういえばもう明々後日か。
林間学校で、俺と蓮、美亜と唐沢は同じ班を組んだのだ。誰かが遅れては、班の連帯責任になるからな。
「ああ、またな」
「また会おーね、紗月ちゃん!」
「いや一番遅れそうなの、お前だけどな」
「うっさい、斉藤ー!当日バス乗り遅れて置いてかれろー!」
蓮と唐沢が小競り合いをして、唐沢も美亜と同様に、夕日の向こう側へと姿を消した。
何かよく分からんかったが、美亜ってあんな大きい声出せたんだなという新発見はあった。
まだ知らないこと、あったんだな。いやそりゃそうか。ここ最近まで美亜とはめっきり話してなかったし。
俺が2人が消えた方角を黙って見つめていると、横で笑い声がした。
何だと思ってると、俺の手に持っていた串から炭火焼が消えていた。あ、おい。
「食べたな」
「おいひー」
花音がピースしてきた。コイツ。
まだ俺は串の半分も食べてなかったのに、一口で吸収するなんて食い意地が張ってやがる。
「それにしても」と唇の端に少しついた脂を指で拭って、花音はニコリと微笑んだ。
「いやー、私の思った通りだったねぇ。美亜ちゃん、きゃわいっいー。バレバレ〜」
花音はひーふーと腹を抱えて笑う。
その様子だけ見れば美亜を揶揄ってるようにしか見えないが、花音の目は、どこか愛しいものでも見ているようだ。
手のかかる子供を相手にして仕方ないなと笑う親のような、優しい目つきだ。
「順調に未来が変わってるってことかな?ぬはは、まさか私が美亜ちゃんを嫉妬させる役回りを引き受けるとは思わなかったけどねー」
あれは果たして、嫉妬、…なのか?
花音と一緒に行動してたことで、今までは美亜から感じなかった類いの強い興味は感じたが。
蓮が不思議そうな顔をしていたので、おやマズいと思った。事情を知らない人間からしたら、花音の発言はかなり謎めいているだろう。
俺は声を顰めて、未来の娘に呟いた。
「いや、おま。美亜は単純に気になっただけじゃ、」
「あのねパパ。鈍感で許されるのはラブコメのイケメン主人公だけなの。パパは普通の人だから、許されないの」
ルッキズム極めてんな。
涙が出た。
花音はふっと笑った。俺を揶揄ってケラケラ笑ういつものではなく、年不相応な哀愁の漂うものだった。
「……うそ、パパの気持ちは分かってる。まだ信じきれないんだよね」
「………っ」
俺は痛いとこを突かれた、というか、自分でも無自覚になっていた古傷を無理矢理抉られた気分だった。
ーーーー『恋愛対象じゃないから!』
引きずりすぎなのも、女々しいのも、十分に分かってるつもりだ。
でもどうやっても美亜に俺との恋愛を否定されたのは確かで、それがトラウマになっていた。
美亜との仲はずっと良好だった。
創作物の中みたいな付き合う寸前のベタベタのヤツじゃなくったって、世間一般的に見れば俺と美亜の仲は多分、友達以上だった。
本当は、きっと俺は思ってたんだ。
美亜が俺のことなんか好きになってくれるはずがないと防波堤を立ててたくせに。
でもやっぱりそれは自分をいざと言う時の……自分を傷つけないために、嘯いていただけだ。
心の中では、きっと、……きっと、俺は思ってたんだ。
美亜は同じ気持ちでいてくれてるはずだって。
彼女の言葉に、態度に、俺への好意がある気がしていた。
それなのに、そんな気持ちの昂っていた絶頂期に。
彼女の口からしっかりと否定されたのが。
勘違いされたくないと周りの友人に焦って否定していたのが。
もう、頑張れないと思った。
"これ以上"を、俺は彼女には出せないと思った。
恋愛対象外なら、彼女に好きになってもらうためには現状以上に頑張らなくてはいけない。
そんなの、分かるさ。
でも中学のあの時点で、俺は。
俺が彼女に見せられる最大限を、見せていたつもりだった。
その上で恋愛関係になることを拒まれたのならば、もう立つ瀬がない。
花音の言う通り、美亜が嫉妬してくれたなら、俺はそりゃあ嬉しいさ。
でも。
だけど……"頑張ってない今更"で、そんなことが起きるのが、俺はなんとなく受け入れられないのだ。
昔は頑張っても、彼女にその想いが届いていなかったのだとしたら。
何もしてない今に、彼女の興味が俺に向くのは、どうにもおかしいだろ、と思ってる。
「伊織くんは、きっと誰かに自分の気持ちをぶつけるのが苦手なんだね」
花音の目が仕方ない人を見るごとく、すっと細くなる。
そうだな。
これは結局、俺が頭の中であれこれと考えているだけだ。美亜の発言を陰で聞いて、ショックを受けて、それを自己修復しようとして、だけど材料が足りないことに気付く。自己完結できもしないくせに、自分でしか抱え込まない。
おかげで面倒くさいのだ、俺は。
花音がポツリと呟く。
「林間学校」
「それがどうし」
「それはね、また伊織くんと美亜ちゃんの誤解が深まる日」
「っ、」
思わず声を上げそうになった俺に、花音がしいっと合図した。唇に、ふにっと彼女の指が軽く触れた。
「伊織くん。そろそろ、本格的に動こうか?」
「何を、っ」
花音は僅かに白い歯を覗かせた。
大胆不敵なヒールのように、唇の端を吊り上げた。
「伊織くんのトラウマ療治」




