4 気になるあの子
未来からやって来た俺の娘は、言った。
『断言してあげる。自分以外の女の子と居るところを見た美亜ちゃんは、確実に伊織くんを意識する』
俺が、未来の娘である花音と一緒に居るところを、美亜に偶然見られたことに対して、そんな風に言ったのだった。
俺はまさかと一笑を付した。
中学時代に恋愛対象外と断言された男に、そんな希望的観測があるはずもない。
ーーーーーそれなのに。
目の前には、吸い込まれそうなほど大粒の瞳。
小さく息を吸って、自分の髪の先を落ち着かないように触っている美少女。緊張している時の、彼女の仕草。
幼馴染こと、好きな人こと、七瀬美亜は言ったのだ。
「前に、伊織くんと一緒に居た女の子……どこで、知り合った、の……?」
「え…っ…?」
俺は動揺を言葉にした。頭で理解するより早く、驚きの感情が先行していた。
目を見開いた。
美亜が気にしているその女子は、もちろん言うまでもなく花音のことなんだろうが、そんなことは今は重要ではない。
美亜が俺が女子と居たことを「気にした」ということが、俺の中で驚きだったのだ。
初めての経験だったかもしれない。
いや、それは当たり前か?
そもそも俺は美亜以外の女子とは、ーーーーあと1人を除いては、昔からまったく接点がない。
女っ気がないというのか。
最初から美亜が気にする要素が存在しないのだから、初めてに決まってる。残念ながら過去と比較することは出来ない。
もし、俺が女子と居ても、昔は美亜が気にかけなかったのになあ……だった場合なら、「美亜が俺のことを気にするようになった!?」と変化を感じられるというのに。
いやや、まあそれも置いといて。
とにかく、美亜が気にかけたことが俺の中では重要事項だった。
ま、まさか花音の方が正しかったっていうのか……?
俺がぐるぐると頭の中を回していると、美亜は一歩踏み込んで、俺に近づいた。
視線をあちこちと彷徨わせながら、瞳を閉じてきゅっと眉根を寄せた。
「……も、もしかして、……彼女…だったり……?」
「えっ?」
「か、彼女……なの……?」
「あっ、いやいやいや!違う違う!彼女じゃない!えっと…知り合い?し、知り合いだ!」
俺は手を左右に振って、必要以上に否定しまくった。
だって、そのような誤解を想い人の美亜にされてはたまらない。
しかし、まさか「未来の娘です」とは言えんしな!
俺はあはは……と焦りを笑顔で誤魔化していたのだが、美亜は首を捻る。
納得の行かなそうな目で、ぼそりと言った。
「伊織くんは……知り合いの人なら、家に上げないと思うの……少なくとも友達じゃなくっちゃ……しかも女の子……」
ぎ、ぎく。
さす幼馴染。数年疎遠になっても、やはりこの幼馴染俺の性格よく分かってる……。
「もしかして、前にナンパされた子………」
ぎくぎくぎく!
か、勘が冴え渡ってるな美亜さん。
そういえば教室でこっそり、友人の蓮に花音のこと相談したことあったけ。
まだ花音が未来の娘だと知る前だ。
花音が出会いがしらの俺にナンパだと言って、揶揄っていた頃だ。
よく結びついたな……
いや、俺に女子の知り合いとか居ないから、そのナンパ女子と花音を結びつけるのは、当然の帰結か…?
美亜が、じーっと俺を見た。
「……知り合い…ですか?」
「し、知り合いです」
俺は嘘じゃないです、と頷き返した。
もはや知り合いレベルでは説明のつかない距離の近さを美亜には目撃されてしまっているが、かと言ってどうしようもない。
やはりアレは自分の未来の娘なんだ、なぞとは言えない。言ったところで、まず信じてもらえるかどうか。俺自身も、未だにSFすぎて理解するより、現実が先を行ってしまっているというのに。
「………ほ、ほんとに、彼女では、ない……?」
「うん、それは絶対あり得ないな……」
未来の娘です。
あり得てしまったら、倫理の問題です。
俺が心から渋い顔をしていたからか、美亜はようやく信じてくれたらしい。
ほっと息をつくように、美亜は胸を押さえた。
「良かった、まだ大丈夫……話しかけても、大丈夫……」
ぼそりぼそり、と何かを小さく呟いていたが、残念ながらあまり聞き取れなかった。
多分俺に聞かれないように、美亜が言ったからだとは思うけど。
俺が鈍感なのではない。これはボリュームの問題である。我が娘、花音に言いたい。俺は鈍感ではないぞ?
………何故か頭を叩かれそうな気がした。
よし……と、小さく呟いて、美亜が顔を上げた。
何やら考え込んでいたらしい彼女は、思考がまとまったらしい。
美亜は覚悟を決めたように、リップを引いた艶のある唇を結んだ。
「………い、伊織くん。あの、私ですね」
「は、はい」
「………頑張ります」
「…ガンバル?」
おちなみに、何をでしょうか…?
俺が聞き返して良いのか、察しろということなのか、決めあぐねていると、いつの間にか周りの通学風景が騒がしくなっていた。
そういえばもうそろそろ学校に着く。校門はすぐそこだ。当然、登校する生徒でごった返していた。
少し振り返る。やたら視線を感じるなと思っていたら、その多くが同級生だった。
美亜と俺が幼馴染なことを、高校ではほとんど知られていないから当たり前ではあった。
人気者の美亜と俺の組み合わせが彼らには不思議だったんだろう。
好奇の視線が俺に向けられる。昔はそこまで気にしたことなかったんだが、成長すると思うところが色々と出てくるものだ。
俺は肩身の狭い思いをしながら、そっと息を吐いた。
「………俺も頑張ろ……」
「え?」
美亜が不思議そうな顔をしていたが、俺は何でもないと笑った。まだこっちの想いを悟られるには、時期尚早とやら。
でも、同時に驚いていた。
頭で考えるよりもずっと早く、自分の喉奥から漏れた自分の言葉。
まだ俺の中に、美亜のそばでありたいと願う心が残っていたことに。




