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3 離れていたはずの幼馴染

未来の娘に恋愛成就を手伝ってもらう、か……


昨日のカラオケでの花音の提案を思い出し、俺は学校へ登校するかたわら、頭を捻らせた。


ああ、花音は本当に何を考えているのだろう。

彼女からすれば、俺と自分の母親以外の女性との仲を取り持とうというのだ。


それに、気になることを口にしていた。


先日、俺の実家の前で花音と一緒に居るところを、美亜には確かに目撃された。

しかし、花音はそのことに関して「美亜ちゃんは伊織くんを意識するようになると思う」と。


……ないだろ。


そりゃあ、女子の影もないし、同級生の女子には雰囲気が枯れてるとか言われてるし。

そんな俺が美少女(娘)と居るところ見たら、誰でも「嘘でしょ!?笑」とはなると思うが。


まあ、美亜は性格良いからそこまでは思わないだろうが……もし俺を気にするとしたら、色恋の意味ではなくそちらの意味になるだろう。


疎遠になっていた非モテの幼馴染に、美少女(娘)の組み合わせは、確かにいくら美亜とて気にはなるものなのかもしれない。


かつて恋愛対象外だと陰で言われていたせいで、希望に満ちた妄想さえできないのが悲しいところだ。

夢も見れないとは。

とはいえ、元々そんなタイプというわけでもないのだが。どちらかというと、俺はマイナス思考の現実主義者だ。


では何故俺からあのような元気ガールの娘が生まれたのか、つくづく謎だ。

母親の遺伝子なのだろうか……。


「い、伊織くんっ」


「………嘘だろ。俺の未来の結婚相手があんな元気ガールに似たタイプ…?可愛いとは思うけど、恋になるタイプじゃないと思うんだよな…?ああ、ますます未来の俺が何を考えてるのか分からなくなってきた……」


「いいい、伊織くん!!」


「は、はいっ?」


名前を呼ばれたので、慌てて振り返った。思考のどツボにハマっていたので、あまりに不意打ちすぎた。

そういえばよく知っている声だなと思っていると、俺の背後に立っていた彼女の正体が明かされる。


艶やかな黒髪のロングストレート。

黒曜石の瞳が、じっと俺を見つめていた。

こんな美少女は、そうそうお目にかからない。


つまり誰かというと、幼馴染の七瀬美亜だった。


これはあまりにも不意打ちがすぎる。

家が近所だから顔を合わせる可能性がないわけではないけれど、朝に弱くていつも遅刻ギリギリの彼女が、何故こんな早い時間に?


例の恋愛対象外通告により、中学の途中から勝手に気まずくなって、俺の方から近所で会うのを避けていた自覚があるだけに、なお気まずい。

彼女がこんな早い時間に起きるのは苦手だと知ってるから、俺は毎朝この時間で登校が固定されていたのだ。


朝から声をかけられた喜び半分、戸惑いと気まずさ半分…といったところだ。


こんな時間に会ったのは、偶然だろうか……?

まあ、偶然か。そりゃそうか。それ以外ないか。


美亜はリュックの紐を両手で握って、何か決意したように俺の隣へと並んだ。


「い、一緒、学校行かない……?」

「え?」


俺は目を瞬かせた。自分の耳を疑う。美亜はたった今、俺のことを登校のお供に誘ったのか。

……幻聴じゃなく?


俺が戸惑っていると、美亜は不安そうな顔をした。

眉を中央に寄せて、おろおろと視線が彷徨った。


「だ、駄目、かな……っ?」

「え?あ、いや、違うんだ!急だったからびっくりして。うん行こう。ありがとう、嬉しい」


俺は慌てて美亜の不安を否定して、こくこくと頷いた。そう最初から素直に返せばよかったのだ、余計な思考など挟まずに。

たかだか登校の誘いに、色々と考えすぎてしまったあたりが、まるで俺の恋愛遍歴の薄さを物語っていた。


それだけ青天の霹靂すぎて、驚いてしまったのと同義ではあるが。


「………う、嬉しい……」


美亜が俺の言葉を反芻して、何やら戸惑っていた。

必死におつかいの内容を覚えている小さな子供のように、彼女はその言葉を繰り返していた。


俺からすればそれが不思議で、首を傾げた。


「え?うん、嬉しい」

「嬉しいの……?」

「…嬉しいぞ?」


嬉しくないこと、ある?

それなのに美亜は、どうしてそんな信じるのが難しそうな顔をしているのだろうか……?

まるでそれは、甘い言葉で誘惑してくる大人を疑う子供のごとくだ。


「………そう、なの?だって、伊織くん私のこと中学の途中くらいから、何となく距離置いてたから……私、ずっと何かしちゃったのかと思って……」

「え?」


彼女の初めての吐露に、俺はガツンと殴られたような衝撃があった。


美亜と疎遠になったのは何故かと言われれば、原因はもちろん俺だ。


今でこそ風化しつつある落ち着いたものだが、当時は美亜への恋愛感情が最も高ぶっていた時期だった。

しかし、俺をそういう目で見れない美亜にとっては、俺のその感情は重荷だろうし、最悪気持ち悪く思われてしまうんじゃないかと思っていた。


俺が自分の気持ちを押し殺して器用に振る舞えるような人間だったら良かったのだが、そうもいかなかった。


結果、美亜に悪い印象を持たれたくなくて、俺は彼女と接する機会を減らした。

具体的には、自分から美亜に絡みに行かなくなったのだ。


俺はこう見えて、昔は自分から美亜に積極的に話しかけるタイプだった。あの時の自分が、今では信じられないくらいだが。

でも美亜は大人しく物静かで、自分から話すようなタイプじゃなかったから、彼女と話したいと思うなら自分から行くしかなかったのだ。

結果、俺が話しかけて、美亜がそれを受ける構図の出来上がり。


……それを、徐々になくしてしまった。


高校も美亜には黙って選んでしまったくらいだ。


でも、問題はないと思っていた。

元々俺たちは、創作物の中でよくあるような距離感の近い幼馴染ではない。

たまに顔を合わせれば一緒に学校に行って、クラスが同じになった年だけ頻繁に話す仲。

母親のお節介で、美亜がうちに招かれることはたびたびあった。

仲が良かったのは、認める。


だけど、美亜にとっての俺の影響など微々たるものだと思っていた。

同性の友人ならともかく、異性の幼馴染と疎遠になったからといって、彼女の生活には影響しないんだろうなと。


それがまさか、彼女に負い目を感じさせていたなんて。完全に、俺の落ち度じゃないか。


「……ごめん、美亜は何も悪くない。そんなつもりじゃなかった。ただ俺が……」

「俺が……?」


ーーー君が好きで、模範的な幼馴染で居られなかった、と言えたらどんなに良かっただろう。


でもそんなことを言えば、今まで何のために美亜と距離を置いていたのか分からなくなってしまう。

だから、代わりに言うしかなかった。


「……美亜は人気者だから、俺みたいなのがそばに居るの、申し訳ないなって………」

「え?」


まるきり嘘ではない。俺がそういう負い目を感じていたのも、また事実だ。

それで大抵の人間は納得できるくらいに、彼女は意図せずして周囲の目を惹く存在だ。


美亜もてっきり納得してくれるかと思ったのだが、彼女は眉根を寄せた。


「………な、何で?そんなこと絶対ない!私なんて根暗だし、人付き合い上手くないしっ。……それに伊織くんはいつだって格好い…い……」


…よ、


と彼女が顔を真っ赤にして、弱々しい口調でそう言った。最初は勢いのあった言葉が、俺と目が合った途端に途切れ途切れになった。

美亜は俯いた。その耳は紅潮していて、それが彼女の心からの言葉だと物語っているようだった。


それにつられて、俺まで視線が迷子になった。

美亜がこっちを見ていなくて良かったと思った。

挙動不審プラス、耳の赤い自分を見られてしまうところだった。


……そんなこと思ってくれてたのか?


いや、お世辞を口にしていて単に照れたという可能性もある。だが……多分、美亜は本心で言ってくれたんだと思う。


余計に照れと嬉しさが倍増した。

格好いい、は男なら誰でも得たい褒め言葉だ。まして好きな子からって。


「………わ、私が話しかけて、伊織くんは嬉しくなってくれる……?」

「な、なるぞ」

「じゃあこれから、いっぱい話しかけていい……?」

「い、イッパイ?」


き、急にどうしたんだ。

美亜は慣れ親しんだ相手でも、自分から話しかけるのが苦手で……

こんなこと、初めてだ。


「も、もちろん良いけど……」

「ほんと!?」


美亜が嬉しそうな顔をした。その場で飛び跳ねそうな勢い……というのは彼女の性格ではないが、静かに喜びを噛み締めているような可愛らしさがあった。



……まさか本当に花音の言う通り、他の女子と居るところを見て俺を意識し始めた……?


いや、そんな都合の良いことあるわけ……


「あ、あの、伊織くん。…き、聞きたいことがあるの!」

「聞きたいこと…?」


彼女の黒目がちな瞳が俺を捉えて、ぐいっと近付いた。

間近で見つめる黒曜石の大きな瞳に、心臓が跳ねた。

健康が心配になるような速さと不規則さ。


「前に、伊織くんと一緒に居た女の子……どこで、知り合った、の……?」



マジで花音の言う通りかもしれない件について。

花音先生ーっ!!





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