エピローグ 高校を卒業した10年後の未来①
花音がやって来た世界線の話です。
高校を卒業して10年後。
節目を祝って、同窓会が開催されていた。
久しぶりに集まった顔ぶれは、やっぱり懐かしい。
私は大人しい性格だったのもあり、打ち解けて話せる相手は数えるほどしか居なかったけれど、お酒と食事とともに会をそれなりに楽しんでいた。
でも、すっごくモヤモヤすることがあった。
私の視線の先には、1人の男性。
高校時代の途中までは平均だった身長は、ぐんと伸びていた。高身長でスタイルが良く、スーツを着こなす姿は、人の目をよく引く。
おまけに、涼やかな目鼻立ちが微笑むたびに、周りの女性たちが色めきたった。
高校時代は、見なかった光景だ………。
私がそんな気持ちを抱くのはお門違いなのかもしれない。私は彼の特別でも何でもなく、昔から彼に想いを寄せているただの1人だ。
でも………
「美亜ー、まーた如月くんのこと見てる」
「………だ、だって……」
友達の紗月ちゃんに指摘されて、私は肩を縮こませた。そんなに見てないと思いたい。他の人にも、彼にも、そんな風に思われていたのだとしたら、穴がいくつあっても足りないだろう。
昔から、私は彼を陰で見ることしかできなかった。
「まあ、気持ちはわかるけどねー。あの辺の女とか、高校の時に散々『如月くんは枯れててタイプじゃな〜い』とか抜かしてたくせに、手のひら返すんだから。ずっと一途な美亜がムカついても、仕方ないわー」
「………そっ、そこまでは思ってない、けど……」
私は、目を伏せた。
否定はしたものの、紗月ちゃんの言っていることは、ほとんど私の今の気持ちを代弁していた。
私は彼の穏やかな性格を好きになったけど、もちろんあの顔も好きだった。彼の鼻筋やフェイスラインは、すっと通っていて、いつも綺麗だと思っていた。
でも、当時の彼について、『雰囲気が枯れてる』なんて言っている女子が居たのも、知っている。
でも、私は分かっていた。
枯れているのではない。一足先に、周りの皆んなよりも大人びてしまっているだけなのだとーーーー。
現に、今の彼は、あの歳不相応だった涼やかな雰囲気に、ついに年齢が追いついた。
彼の醸し出す落ち着きと余裕は、今の同級生の女性たちにとっては、まさに理想の大人の男のそれだった。
彼が綺麗な顔してたことくらい、見れば分かっただろうに。今さらに評価を変えた女性陣に、私はモヤモヤしていた。
彼にお酒の入ったグラスを渡して、さりげなくボディタッチをしようとして、何人もの女性が彼を取り囲んでいた。
たわいもない思い出話に花を咲かせているように見せかけて、その実、激しい女の戦いを繰り広げていた。
彼が楽しそうに談笑していたのも相まってーーーー私の心がどこかすり減っていった。
もうやめよう。
見ちゃ駄目。
彼を見るから、私は辛くなる。
「ねえ、美亜……。…如月くんのこと、諦めちゃうの?」
「………っ、」
紗月ちゃんはお節介でも野次馬根性でもなく、ただただ私を心配してそんな言葉をかけた。
彼女の声色は、子供に語りかけるみたいに優しかった。
私は、ワイングラスのステムをキツく握った。からん、と重量のあるグラスの中の液体が揺れた。
昔から勇気が出せずに、私は結局何もないまま、高校時代を終えてしまった。彼と同じ大学に行きたかったけど、私の頭じゃ足りなかった。
彼は一人暮らしをして、実家を出てしまったけど、長期休みは帰省していた。
まだ彼に話しかけるチャンスくらいはあったはずだった。
頑張ろう。
頑張ろう。
そう思い続けてーーーー結局、私は何もできなかった。
それから、社会人になった。
すると、もう間に合わなかった。
彼は地元ではなく、県外に就職が決まった。
あっちでの生活が忙しいようで、年に一回、こっちに帰ってくるか帰ってこないか……そんな具合だった。
「美亜……もう、私たちも28だよ?人によってはそろそろ結婚も考える年だし、いつまでも引きずってるわけにはいかないじゃん。大丈夫だよ、美亜なら。如月くんだって、男だし、絶対に嬉しい………」
ねえ、紗月ちゃん。
私は、力のない笑みで微笑んだ。
「伊織くんが別れたって話、私まだ聞いたことないの」
「………っ、それは」
紗月ちゃんの表情が狼狽する。
私にたった今「絶対に大丈夫」と背中を押していた紗月ちゃんも、流石に、その姿勢を崩さざるを得なかったのだ。
ーーーー伊織くん本人が、語ったわけじゃない。
だけど、私たちの学年では有名な話だった。
高校2年に上がった頃ーーーー彼と私はクラスも離れてますます接点がなくなっていた頃ーーーー、そのニュースが突然舞い込んで来た。
最初は男子の間の噂話だった。それがだんだんと女子にも伝播してきて、そういう話に疎い私も事の次第を知った。
近くのお嬢様学校の子だった。
彼が、その女子高に彼女を校門まで迎えに行くから、それをたまたま目撃したうちの生徒の間でも、その女子高の間でも、注目の的だった。
『まさか如月がな〜』
『うわー羨ましい。如月って、割と大人しいのに、どうやって水馬絃と知り合ったんだろうな?』
水馬絃。
それが、伊織くんの彼女さんの名前だった。
自分の前に突きつけられた現実を、信じたくなかった。
噂話を鵜呑みにしたくなかった。
だから、自分の目で確かめた。
ストーカーの真似事みたいに、伊織くんを後ろから追ってまで。
でも、自分で確かめた現実が、一番残酷だった。
自分の目で見た以上、それは、疑うことのできない、揺るぎない事実を意味するのだから。
私が見たのは、伊織くんと、彼女の姿だった。
伊織くんは校門で待っていた彼女に近付いて、トントンと肩を叩いた。彼女が振り返る。
『ほら、絃。来てやったぞ』
『ふふ、今日も今日とてありがとうございます。ここまで来るのは、遠いでしょう?ごめんなさい』
『……まあ、お前の彼氏を拝命した以上は、な』
『あらまあ。…ふふ、伊織さんのそういう律儀なところ、私好きです』
『お前は、またそんなこと言って……はいはい』
でも、伊織くんも満更でもなさそうだった。
幼馴染だから、分かった。
彼女から向けられた好意に、伊織くんは軽くあしらっているように見せかけて、信頼を寄せていた。
やがて、彼女は伊織くんの腕を取って、ぴとりと寄り添って2人で歩き始めた。伊織くんはそれを受け入れている。誰も疑いようがない、恋人らしい親密さだった。
私は、立ち尽くしていた。
その後、どうやって家に帰ったのか分からない。
誰かの冗談でも、空想でも、なかった。
伊織くんには、彼女が居た。
もっと最悪な事は、この後に起こった。
私と伊織くんの家は近い。
2人の姿を見た1ヶ月後あたりだったと思う。
近所で2人の姿を見かけた。
………伊織くんの家に、彼女が入っていくのが見えた。
『まあ、上がって行って。うちのおふくろも絃の顔見たいって言ってるから』
『そうですか?では、お言葉に甘えて。ふふ、これが世に言う恋人のご挨拶というものでしょうか?』
『お前が言うと洒落にならないから、やめてくれる?』
そんな風に笑って、彼女が伊織くんの家の中に消えていった。昔は私が気軽に足を踏み入れていた場所。中学の途中からもう入れさせてもらえなかった場所。
もう、伊織くんのご両親にまで、絃さんは知られてるんだ……。
恋人として、受け入れられてるんだ。
私は、急いで家に駆け込んだ。部屋まで行く気力もなくて、玄関でしゃがみ込んだ。
じわりと涙が出た。
ぽろぽろと、玄関のタイルがシミを作っていく。
声を上げて、泣いた。
ーーーああ。
もう、とっくに私の恋は終わっていたんだ。
『美亜ちゃんのこと、娘にしたいくらいだわー』と私に言ってくれていた…伊織くんのお母さんである、小夜さんの言葉はーーーーただの冗談だったのだ。
ーーー『うちのおふくろも絃の顔見たいって言ってるから』
伊織くんは、さっきそう言っていた。
小夜さんはもう……絃さんを伊織くんの彼女として、歓迎してるんだ……。
私が、1人で勝手に期待してただけだったんだ。
伊織くんが実家を離れてしまった後も、母親繋がりで小夜さんにはお会いした。
「もうー、あの子ったら昔から女っ気がなくてね。だから、美亜ちゃんもらってあげてくれないかしら?」
そんなことをまた言う小夜さんに、私は心の中でこう呟いていた。
ーーーー小夜さんの嘘つき、と。
小夜さんの言葉を、私は曖昧に微笑むだけで、相手にしなくなった。
信じられなかった。
私は、紗月ちゃんに向かって微笑んだ。
どうか泣き出しそうな顔をしていませんように。
「もうとっくに終わってるんだよ。私が不毛にも伊織くんのことを想っているだけなの……」
伊織くんが、絃さんと別れたのかどうかも知らない。
でも彼の性格なら、一生をかけて大事にしてくれるだろう。
ふんわり毛先がカールした栗色の髪。
すっと通った一重の瞼。
お上品に手を当てて微笑む彼女の姿。
ただ1つ分かっているのは、伊織くんが好きなのは、私と正反対の容貌をした女の子だということだけだ。
これにて、第一章は終了です。
引き続きお楽しみいただけると、幸いです。




