12 彼女が未来からやって来た理由
そして、話はプロローグにまで戻るーーーーー。
如月花音は、俺の未来の娘だった。
カラオケの個室で、ついに真実の答え合わせを済ませた俺は、長い息を吐き出した。
ソファに背を預けて、顔を覆う。
花音はニヤッと笑った。
そして両手に持っていたマイクを片方、インタビュアーのように俺に差し出した。
「ねえねえー、未来の娘だと分かった感想はー、パパー?」
「………信じられないです」
「あははっ、まあそれはそっか〜」
花音はマイクを元に戻して、俺の向かいに腰を下ろした。場を仕切るように、パチンと手を合わせた。
「はいはーい、特別出血大サービス〜!未来から来た娘の花音ちゃんに、訊きたいことある〜?もちろんいっぱいあるねーっ、いいよー答えたげる♡」
た、確かに聞きたいことはいくらでもあるが……
未来の世界ってどれくらい進歩してる?とか、未来の俺はどんな感じ?とか。
まあ、でも何より………
「えっと、花音はマジで、俺の実の娘……?」
「もっちろーん!ママが浮気してない限りは、パパの血の繋がった子供でーす!」
「お前さらっと何てこと言ってんの」
「だねだねーっ!ママに聞かれたら、ビンタされそう!ママ真面目だからなー。あり得ないって分かってるから言ってる冗談なんだから、間に受けないでよねーって話だよねぇ」
「鬼メンタル……」
本当に俺の子供か?
花音は足をぶらぶらさせて、ソファをリズミカルに手で叩いた。
「はいはい、じゃんじゃん行こ〜?次の質問はー?」
「俺って、マジで結婚してんの……?」
「マジマジ〜、婚姻届出して、お式上げて、子供作って、家族4人で暮らしてまーす」
「……うわ、仮にも娘の口から、『子供作って』とか言わないでくれる……?何か生々しいから」
「失敬失敬ー。パパとママが夜中にこそこそやってるのも黙っとくねー」
「黙ってないんですけど……?」
やめて。何か複雑だから。
そして、すごい、いたたまれない……。
聞きたくないんだが、未来の自分の性事情とか。
メロンソーダで、小休憩。甘い香料が鼻腔を抜けていく。
俺は、ごくりと唾を飲み込んで、一番聞きたかった質問をした。
「……花音のお母さんって、どんな感じ……?」
「もー、パパぁ。そこはさぁ?
"未来の俺の妻ってどんな感じ?"……って、聞くとこでしょー!?」
「それを口にするの、すげー勇気が要るんだよ!」
こっちは、頑張って質問したのにこの娘ぇ。
「……で、どんな感じ?」
「そうだねー。パパの嗜好が昔から変わってないなら、今のパパの理想ドストライクだと思うよー。目が好きって言ってるー」
「あー、嬉しいような、複雑なような……」
確かに理想ドストライクではあるらしいが、それを娘に知られてるのも恥ずいし、大人になっても結局やめられなかった嗜好を妻に求めてるのが……何か……何か!(何とも言えない感情)
「………他には?」
「えー、他ー?ママの分かりやすい特徴ー。うーん、そうだなっ、……あ!」
花音は、誇らしげに笑った。
自分の親を自慢するように。
「ママは、料理が得意だよ!お菓子作りも上手でねー、お店出せるレベルなんだぁー」
俺は、目を静かに見開いた。
花音の言葉を、咄嗟に咀嚼することが出来ずにいた。
料理上手な未来の妻。
普通なら喜ぶべき点だろう。俺だって、それは理想だ。
だけど、俺は「聞きたくなかった」とこの時思っていた。
………分かっていたはずなのに。
「…………そう、か…」
「パパー?どうしたのー?」
「………いや、何でもない」
花音が不思議そうな顔で俺を見ていた。俺はかぶりを振る。適当に笑った。でも思考が停滞していた。
自分で自分が分からない。
未来の自分の様子に、今の俺では納得が出来ない。
俺は、だから尋ねた。少し、唇が震えていた。でも悟られないように、そっと開いた。
「花音のお母さん。………名前は?」
花音が少し目を瞠る。俺に初めて見せるような、困った表情を浮かべていた。眉を下げて、やがて視線を俺から逸らした。
「ごめんね。……それは言えない」
「どうして?」
責めたいわけではなく、純粋な疑問がこぼれ落ちた。
「未来の"縁"に影響が出るから。それは伊織くんの周りだけじゃなくて、全部の縁に」
「……縁?」
何の話だろうか。
尋ね返した俺に、花音は頷いた。彼女は自分の頭に手を伸ばした。しゅる…っと、彼女のポニーテールが解ける。
花音は、手の中に赤い紐を握っていた。その結び目に見覚えがあった。表は口で、裏は十。だから、合わせたとき「叶」になる。
ーーーーこれは、二重叶結びって言うの。
いつだったか、再従姉妹の姉の方がそう言っていたのを思い出す。俺と、もう1人の再従姉妹の妹の方は、へぇーと年上の器用さに感心していた。当時の俺には、巫女姿の彼女が紡ぐ糸は、何だか神聖なものに思えた。
「花音、それを結んだのって……」
驚いている俺に、躊躇いがちに花音は少し語った。
「パパ。あのね、未来の縁は……最終的に結ばれる男女の縁は、最初から決まってるの。途中までの縁は、いくらでも変わる。誰と恋に落ちて、誰と付き合うか。だけど、最後の相手は絶対に決まってるのーーーー」
最初から決まってる?
「……勿論、生きている間にその相手を見つけられない人も居る。縁は、誰かと誰かを結んでも、2人を引き寄せる力は無いんだ。だから、男女は別れを繰り返す。やがて、縁で決まっている最後の相手を見つけるためにね」
花音は、小さく息を吐いた。手の中にある赤い紐の結び目をそっと撫でた。
「未来でね、パパはその運命の相手と結ばれた。凄いことだよ?初めてお付き合いした人が、その相手だなんて。そして、その相手と結婚して、子供が生まれた。それが私と、弟。パパは、幸せだ、って私に言った。でもね、後悔してることがある、とも言ったの。高校時代にやり残したことがある、ってーーーー」
「何、を………?」
尋ね返したのは、形式的なものにすぎなかった。
何となく、想定がついた。
花音の話は相変わらず現実感がなくて。
しかも、さっきまで納得出来なかった未来の自分のことなのにーーーーー俺は花音の次の言葉を分かっていた。
未来の俺が、高校時代にやり残したこと。
それは、きっと……
「パパは、こう言ったよ。
『あの頃の俺は、自分の気持ちを好きな人に伝え忘れた』ーーーって」
「………っ!」
誰のことなんて、知れたことだった。
相手は、間違いなく美亜だ。
俺が想い続けて、断ち切れずに居る相手。
どうして。
どうして、未来の俺は………?
俺が呆然としている中、花音は立ち上がった。
置いたはずのマイクを再び手にして、スイッチを入れる。カチッと音がした。彼女の声がマイクを通して、反響した。
「だからねー、私決めたんだー」
何を……?
花音はニッコリと微笑んだ。初めて会った時のように、元気印を掲げた青春ど真ん中の少女は。
「高校時代を後悔してるパパに、最高の青春を届けてあげようと思って!パパと好きな人を結んで、パパが後悔しないで未来に進めるようにーーーー」
俺は、目を見開いた。
それはもしかしたら、素晴らしい提案なのかもしれなかった。
諦めた俺に、もう一度立ち上がるチャンスを与えようとしているのだとすれば、恐らく。
だけど、彼女が未来からやって来たその理由に、俺は複雑な思いを抱いた。
彼女の言葉が、およそ信じられなかった。
「もし……もしも、もしも、仮に、俺と好きな人が結ばれたら……未来はどうなるんだ……?未来で俺と結婚してくれた人は?花音は?お前の弟は…?」
「ーーーー大丈夫」
ニコリと微笑む。
花音があまりにも、するっと言葉を吐くから、俺は、この瞬間に的外れなことを期待していた。
未来は、上手いこと行くんだーーーーーと。
「私は、パパの後悔を解消しに来た。だから、ちゃんとパパと好きな人の縁は繋ぐよ。勇気を出せなかった後悔を、未来でパパが抱かないように」
だけど、俺の期待は、すぐに儚く砕け散った。
「でも最終的な縁は、変わらない。パパが結婚するのは、私のママだよ」
ああ、そうだった。
ーーーー美亜は、料理が昔から苦手だ。




