10 家に連れ込むとかじゃないですけど?
「勉強の楽しさを教えてやるよ…!うちに来い。いい参考書があるんだ!ついでに、いい加減ジャージ取りに来い」
「ええー、勉強やだぁー!」
「来い」
「えー?まー、でも、おじいちゃんおばあちゃん家行けるのはいっか〜」
「うちは核家族ですけど?」
我が家にじいさまとばあさまは、おりませんですけど?
どういう偏見の仕方してるんだか、この子。
俺が枯れてる顔してるから、勝手に祖父母と同居してると思ってる?何か各方面に失礼だわ。
「あ、いやいやごめん〜、うっかり〜」
「別にいいけど、俺の母親の前で言うなよ?あの年にそれは禁句だぞ?」
「ごめんちゃい、うっかりうっかりー。私の媚び媚びの笑顔に免じて許してー」
「違法な賄賂は、受け取れません」
俺は手を立てて、隣を歩く花音にストップサイン。
顎に手を当てて媚び媚びの笑顔をしていた花音は、わおっと、口を小さく開けた。
「私の笑顔が違法な世界線ーっ!?ごめんなさい、私が可愛すぎて法律が崩れちゃった系か……私って、罪深いおんなー」
「俺は、突っ込まんぞ?」
「じゃあセルフ突っ込みー。お前何ゆーてんねん。アホかー。もっと媚びセールス頑張りーや。…と裁判官が申したので、再び私は伊織くんに媚びーる。これは合法です♡」
「……やっぱ、突っ込めば良かった……」
労力が倍になって帰ってきた。
恐るべし、如月花音。
「ねーねー、私伊織くんの家知ってるよー」
「……は?」
いきなり読めない笑みでそんなことを言うものだから、反応が遅れた。
驚いて顔を上げると、花音は遠くを指さした。
んー?と指を動かす。
「うーん、この辺、家が変わってるから分かりにくーい。でも、確か……そうそう。あの白い家の角を曲がって、さらに左に曲がって、公園の目の前……が、伊織くんの家?」
「………」
俺は、あっけにとられていた。
花音が突拍子もなく述べたからではない。
彼女の説明が一言一句違わずに、合っていたからだ。
「……何で…?」
「だーから、私言ってるじゃーん。私、伊織くんの未来の子供なんだよー?」
「だから、信じられないって」
それを簡単に信じられる方が、難しい。
だけど確かに、彼女がまた俺に証拠を見せて、俺の信憑度が増したのは事実でもある。
じゃなきゃ、俺の家を知ってる理由なんて。
花音は、特に表情を変えずに、にへーと笑う。俺の困惑など、彼女にとっては意にも介さないらしい。
「そおー?別に私としては、困らないけどね。伊織くんがそれを信じても、信じなくても。伊織くんがもし信じてくれたらやりやすくなるけど、信じなくたって私のやることは変わらないしー」
……何の話だ?
私のやること、?
ますます混乱する俺をよそに、花音はぴょーんっと、俺の腕に抱きついた。ナンパ、とか言って、初めて俺を誘ってきた時のように、俺に身体を密着させた。
「なあ、ちょっと」
「……ふふーっ、興奮する?」
俺は口をポカンと開けた。
「…………」
「伊織くん、そのドン引いた顔はやめよー?私も、今やりすぎたなって思ったからー」
分かってるなら、いいよ。
何だかなー、そういう対象ではないんだよな。
安心するし、容貌だけじゃなくて何かその…本能的な部分で「可愛い」という衝動がわいてはくるんだけど、何か違うんだよな……。
「伊織くん、私のこと、今のところ何だと思ってるー?」
「主人の歩行を阻害する小型犬」
「ひどーい!」
ちょっと拗ねたように頰を膨らませて、彼女は俺を見上げた。でも自分でやってておかしくなったようで、すぐに吹き出した。
騒がしい奴だ。
2人で日が沈みかけた住宅街を歩く。特にすれ違う住人も居なかった。
うーん……にしても、左の腕が、重いな。花音が俺に体重を預けるように、ひっついてるからだ。
でも振り払おうとは思えないのだから、こんな短期間で随分と彼女に気を許してる自分に気がつく。
俺の家には、あとちょっとで着くというところだ。
「きゃー、ついに連れ込まれるーっ」
「人聞き悪いこと言わないでくれるか…?元はと言えば、花音が忘れて行ったジャージのせいだから」
「ごめんごめん〜」
まったく感情がこもってなさそうだった。
仕方のない奴め。
俺も呆れつつ、自然と笑みが溢れていた。
その時。
「……伊織くん?」
それは、昔は毎日聞いていた声にして、最近ではめっきり聞かなくなっていた声だった。
振り返ると、幼馴染の七瀬美亜が立っていた。
学校帰りなようで、教室で見かけていた姿と一緒だ。
今日も最高に綺麗な、お姫様みたいなビジュが光っている。
幼馴染なのは、家が近所だからだ、ということでもある。
つまり、こうやって鉢合わせることはなくはなかった。……ここ最近は、俺が意図して避けてたというのもあるから、あまりに久しぶりのご近所での鉢合わせではあるが。
俺を見ていた美亜の視線が、俺の隣の花音に移った。
美亜の瞳が、揺れた。
「………伊織くん、その子ーーーー」
「わー、可愛い〜。誰この美少女っ!伊織くん、知り合いー?…って、伊織くんに、こーんな可愛い知り合い居るわけなーいかっ。名前なんて言うのー?」
美亜が言葉を続けるよりも前に、花音が割り込んだ。
別ベクトルの美少女同士。
大人しめの美亜は、元気印の花音にやや圧倒されていた。花音のニコニコとした笑みに、美亜はたじろいだように視線を彷徨わせた。
「えっと……わ、私は……」
「はうー、可愛いーっ」
花音が勢いあまったように、美亜の手を両手でばっ!と掴んだ。花音の瞳が、輝いていた。さては、お前もやられたか。美亜のこの可愛さに。しかし。
美亜は、驚いたように肩を跳ねさせた。
「ちょいちょい」
俺は前のめりな花音の首根っこを掴み、ずずっと引き離した。ちょっとー!と花音が抗議するが、俺は知らない。
まったく……
あんまり初対面が得意じゃない、うちの幼馴染を困らせないでくれ。
俺は、はあ…と溜め息を吐いて、美亜に申し訳ない表情をつくった。
「ごめんな、美亜。この子ちょっと初対面の距離感バグってるから」
「えっと……」
美亜が困惑を深めるような表情を浮かべたと思うと、俺に首根っこを掴まれたままの花音がジタバタ暴れた。異議あーりっと言わんばかりに、はいはいはい!と元気よく挙手した。
「どこがーっ?私と伊織くんの清き出会いに、そんなメモリーあったっけ?ナンパって言ったこと?胸当てたこと?あーんしたこと?」
「全部だわ。そして、最後はさらっと存在しない記憶付け足すな」
「こんな時は、媚び媚び笑顔ーっ」
「効果なし」
「ひどーいっ!私の最高級の笑顔をおう!おのれー。絶対、可愛いって思ったよねーっ?」
………。
「……………いや?」
「やーいやーい、今の間は何かな何かなー?これ、絶対『くそう、コイツやっぱ可愛いんだよな…』って、思ってるパターン!」
「っ、もういいから、とっとと用事済ませるぞ!」
「やーん、家に連れ込まれるぅぅー。私はじっくりことこと派だから。ねー伊織くん、優しくしてねー?」
「何の話をしてるのかなお前は?」
俺はずりずりと余計な口が回る花音を引きずって、我が家に向かうことにした。
俺は、呆然としている美亜に、もう一度申し訳ない表情を浮かべた。片手を上げる。
「ごめんな、美亜。この子の言うことは、適当に聞き流すくらいがちょうどいいから、気にしないでくれ」
「……あ、えっと、……」
「ひどーい、伊織くーん。花音ちゃん猛抗議の乱!」
何、その面倒くさい反乱。
「はいはい。お前はちょっと黙っときなさい」
「なー?愛をくださいっ、愛が足りないよその言葉っ」
「彼氏に求めてくれるそういうの」
「彼氏とは違う種類の、愛なの……」
「マージで意味分からーん…」
もういいや。ジャージだけ渡して、早く帰らせよう。
「ついに見つけちゃった〜!そっかぁ、あの子がねーーーーーー」
花音がそんな風に微笑んでいたとは、つゆ知らず。
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作者はモチベがあると筆が捗るので、そうしてもらえたら嬉しいです。
あと、他作品『両想いかと思っていた幼馴染にいつの間にか彼氏が居た』は毎日更新してるので、是非是非チェックしてみてください〜。




