表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/21

9 花音さん、補習してたってよ

また河川敷に来ていた。

心が荒れているわけではないが、やはり人はぼうっと無心になる場所が必要なのだ。


やたらと目まぐるしかった日常も、最近落ち着いていた。何故かと言えば、単純。


如月花音に会わないからだ。


花音が忘れて行ったジャージも早く返したいのに、一向に会わない。最後にアデューされてから、1週間近く経っていた。

体育困ってるだろ、早く取りに来てくれないか……?


「へいへいへい〜」


何かリズミカルな声が聞こえてきたな…と思うと、

土手の下でサングラスを掛けて、変な踊りをしている女子が居た。

やたら脚が細くてスタイルが良い。


「へいへいへい〜」


腕と腰をくねくねしている変なダンスをしている。何故かスマホのアラーム音が鳴らしていた。それをBGMにして、彼女は踊ってるらしい。音源なんて、探せばいくらでもあるのに、スマホのアラーム音て(泣)。


「…………」


俺は、速攻で見なかったことにした。


変な人だ。関わらないようにしとこう。ジャージは適当に畳んで置いとこう。ごんみたいに。

……たとえが悪いな。火縄銃で殺されてしまう。


しかし、俺からの反応がなかったことにこらえられなくなったのか、彼女は土手を駆け上がった。

運動神経抜群な彼女らしく、急勾配を軽やかに登り切った。ポニーテールが揺れた。


「へいへい、そこの黄昏れボーイっ。花音ちゃんが来たよー!」


どーんっと、元気印の登場。

サングラスを上げて、夕日を背にイタズラめいて彼女が笑った。


……まあ、制服で一応誰かは分かってたけど。


「久しぶりだな」

「まあーねーっ、ごめんね!寂しかったよね伊織くん!私に会えなくて寂しかったよね〜。会えない間、私が残してったジャージを抱えて伊織くんはベッドの上で悶々としてたよね……」

「おい。俺に不名誉な罪を被せるな」

「あはは、冗談だよ〜」


花音はけらけらと笑って、俺の隣に前みたいに腰掛けた。制服のスカートが汚れるのは、今度はお構いなしらしい。


「雨上がりだから、スカート汚れるぞ」

「いいのー、いいのー。下に体操服のズボン履いてるし」


どっちにしろスカートは汚れると。微妙に回答になっていなかった。


「あー、この前はアレだよ?パ……伊織くんがそういうのうるさそうだから、一応きちんとしておこうかなあーって思っただけで。私は、元々気にしない性格なの」

「俺って、神経質そうな顔でもしてるの…?」

「ううん、高校生のくせに枯れてるだけー」

「もっとひどい……」


何でたまにこの美少女は俺のことをフルボッコにしてくんの?


く、やられっぱなしでは、格好がつかない。

代わりに、俺も反撃することにした。


「……さっきの変なダンスは、なに」

「あははっ、変だよね〜。世間って変なもので溢れてて面白いよね」


花音はパチン、と手を合わせて、せせら笑いをした。

急に冷笑主義(シニシズム)になったんですけどこの人、やだ怖い。


「あの変なダンスが、今の世間では流行ってるんだよー。不思議だよねー?」

「え、嘘……」


初めて見た。

現役男子高校生なのに、俺知らない……


こういうところが「枯れてる」と言われる所以なのか…?


いや、俺は別に世間の流行りについていけないほど、枯れちゃいないはずなんだが……

あんな変なダンス、一度見たら覚えると思うんだけどな。


「あれ、伊織くん。その反応は、もしやあのダンスを知らないのカナー?」

「………」

「あれあれあれれ〜?現役男子高校生が知らないの〜?うーん、でもそっかぁ、伊織くんならしょうがないよねっ、絶賛おじさん化中ということで〜!」

「おーい!人をおじさん扱いす・る・な!」

「きゃー!あはっ、やだやだー、やめてーっ」


花音の頭をぐりぐりと曲げた指で押すと、彼女はさらにおかしそうに笑った。俺のささやかな抵抗すら、彼女は意に介さないらしい。

この彼女による揶揄いフィールドを崩せる日は、来るんだろうか…?


はあ、と俺は溜め息を吐いた。


「……にしても、音源くらい検索すれば。まさか、今時はスマホのアラーム音をBGMにしてあの変なダンスを踊るのが流行りとか、言わないよな……?」


もはや世紀末を疑うぞ。

世間が狂ったのかと思ってしまう。


「やだー、そんな訳ないじゃん〜。本当は音源探したかったんだけど、この世界じゃやっぱり電波合わなくてねー?ネットも開かないから、仕方なくアラーム音で気分上げてたの」

「アラーム音で気分上げようという発想が、意味分かんなくて面白い」

「えっへん。お褒めに預かり、光栄ーっ!」


何の疑いもなく、言葉を額面通りに受け取った花音は鼻高々に、胸を張った。俺に向かってサムズアップ。


「皮肉って、知ってる?」

「なにそのお肉?美味しい?」

「初めて聞いたわ、そんな最上級の皮肉返しは……」


この美少女に勝てる人、誰か居る?


……てか、"こっちの世界"って、何だ?

まさかコイツ、まだあの『私は伊織くんの未来の子供』とかいうSF設定を遵守してるとか言わないよな…?

スマホの電波合わないとか、同じ苗字のジャージとか、随所で手が込んでて、怖い。


「……あっ。でもそっか、じゃあこの世界じゃあの変なダンス流行ってないんだー、残念〜!伊織くんがおじさんなわけじゃなかったのか〜!」


ぴくり、と俺の頰が引き攣った。

俺は人差し指の関節を曲げた。ポキポキ。戦闘態勢だ。


「花音?もう一度ぐりぐりの刑、喰らう?」

「お願いしますーっ、頭皮マッサージお願いしまーす、いやあ先生ぇ、私最近側頭部が凝っててぇー」

「………最強ムーブやめて……俺の立つ瀬がないから…」


もうやだこの美少女。

これに付き合えるコイツの彼氏を、俺は尊敬するよ。全然誰か知らんけど。


花音はニコニコして、俺の顔を覗き込んだ。真ん丸の黒目がちな瞳で、俺を見上げた。


「1週間ぶりの花音ちゃんを見た感想はー?」

「はよジャージ取りこい」

「どシンプルー」


花音は小さく笑い飛ばした。彼女の最大の美点は、多分こんなところだろう。


俺は肘を立てて、頬杖をついた。彼女の整った造形を眺めながら、ちょっとこんなことを言ってみる。


「……1週間も、何してたんだよ」

「ありゃ?これは、もしや…本当に私に会えなくて寂しかったパターンだったか〜!」

「別に……」

「なに、なにーっ?顔逸らしちゃってぇー!花音ちゃん見てると心が落ち着きます?ありがとーっ!」

「言ってないけど?勝手に俺の心の声捏造しないでくれる…?」

「でも、当たらずとも遠からず?」

「………っ」


花音は自信たっぷりに言った。あまりに自信に溢れていて、こちらが覆そうとする気力がわかないくらいに。

分かってるよ、とでも彼女は俺に言いたげだった。


何故だろうかーーーー。


出会いは唐突だし、未だに意味が分からないことばかりなのに、彼女は、どうしてか「もっと話していたい」と思う相手だった。

話してると、落ち着く。

心地よさを感じる。

クラスに居ても交わらないだろうな、という、正反対の青春女子なのに、どこかで気が合ってる。


何だか、不思議な縁を感じるのだ彼女は。



……家族、みたいな。



ーーー『私が伊織くんの未来の子供だって言ったら、どうする?』


いつかの彼女の言葉を思い出す。


まさか、そんな馬鹿な……


電波の合わない超薄いスマホ。同じ苗字のジャージ。時々、「パパ」と言いかけて「伊織くん」と言い直す彼女。


それに、俺の好きな…あの真ん丸の瞳。

もし、それが…俺が未来の妻に求めた、"好きなところ"なのだとすればーーーーー、


それが花音にも遺伝したとしたら?



……馬鹿な……


だけど、だんだんと笑って一蹴出来なくなっている自分に、俺は気付いていた。

あまりにも、納得の行く証拠を、花音は上手に、俺に適切なタイミングでばら撒いていたのだ。


だけど、未来って。


「はいはーい!そんな寂しやがりな伊織くんにいい事教えたげるー!さて、問題ですっ!私はこの1週間伊織くんに会わずに何してたでしょーかっ!」

「………ええ……」


急にクイズ大会が始まった。


「…部活…?」


俺が頑張って捻り出した答えに、花音は指でバツ印を作った。


「ぶー。部活はちょー緩いから、違いまーす。あ実はね、私、家庭科部なのーっ、今度伊織くんにも何かお菓子持ってきたげよっか?私こう見えて、結構上手いよ!あ、でも彼氏が嫉妬しちゃうか……やーん、モテるって幸せー、でも辛いー」

「はいはい、答えは?」


おもくそ話が脱線しそうだったので、無理矢理軌道修正した。話を遮られても嫌な顔1つしないのだから、彼女はそういう意味で性格が素晴らしかった。


「正解はねー」


花音は、毎度のごとく、持ち歩いている学生鞄に手を突っ込んで中身をゴソゴソ。

あったあった、と目的のものを見つけたらしかった。


「じゃーん、見てみてー!」

「ん……?」


彼女が取り出したのは、ホッチキス留めされたプリントの束。赤いペンが大量に入っていた。

右下には、点数が書かれてあった。


41。57。43………


めくっても、どれも似たような点数だ。


「1週間ね、補習してたのー」

「補習………?」



俺はキョトンとしていた。あまり聞き馴染みのない単語だった。


補習って、アレですか。もしかして、テストの点が悪かった人がやるヤツのことをおっしゃってる…?


「テストがほとんど赤点でねー!いやー、まいったまいったー、私勉強苦手なんだよね〜!勉強ってダルいからやだぁ。あ、この補習のテストも先生に教えてもらいながら、ギリギリ合格出来たんだ〜、ねえー、伊織くん褒めて褒めてー。頑張った私を褒め称えてー」

「…………じゃない」

「え?なーにー?」


俺は頭を抱えた。まさかこの年で親みたいな悩み事をするとは思わなかった。


「やっぱり俺の子供じゃなーーーーい!!」


「ええええー!!?」


花音が俺の叫びに、仰け反った。プリントを抱えて、目を見開く。


勉強がダルいだとぉ…!?

己のスキルアップと自己研鑽に持ってこいの、人類の叡智を貴様ぁー!

俺は自慢じゃないが、生まれてこの方、学内の首位は落ちたことないぞ……!


「俺の子供は、勉強好きに育てる予定なんだ…!それで子供に勉強教えて『パパすごーい』『お前も頑張りなさい』『うん頑張る。パパみたいになるね!』っていう会話をする予定なんだーーっ!」

「何それぇ!?初めて聞いた…!パパ私に怒ったことないけど?勉強出来なくても愛嬌あればいいよねーって、前言ってたよ?」

「お前のパパとは、気が合わん」

「合わないはずはないんだけどー!?」


俺の子供かも、と思った俺が馬鹿だった。


やっぱり、違う!

未来の子供なんて、あり得ない!




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ