親友と友だちと恋人
夕飯と風呂をすませ、英語の単語帳、速単必修編を読んでいると桜井からラインが来た。今から公園に来てくれとのこと。
午後11時、いつもの公園。最近やや肌寒くなってきた。パーカーを羽織ってきて正解だった。
桜井はベンチに座っていた。
「まー座れよ」
俺はやや距離をあけて桜井の隣に腰かけた。
「俺を避けんなよ」
桜井は俺の目をまっすぐ見据えた。その視線に俺は少したじろいだ。
「だって俺はお前を……裏切ったんだぞ」
「俺が外村さんを好きって言ったから遠慮してたんだろ?」
俺は何も言えなかった。確かに桜井への遠慮もあった。だが一番の理由は傷付くのが怖かったから。
「最初は正直ショックだった。でも今じゃ自分でも驚くくらい、祝福してやりたい気分なんだ」
桜井は少し切ない笑みを浮かべた。しかしそれはおそらく嘘偽りのない笑顔。
「で、その……し、したのか?」
急にもじもじと視線を泳がせながら桜井は尋ねた。
「ああ」
「ぐああああ!!」
「自分で聞いといてダメージ受けんなよ」
もちろん多くは語らない。俺は紳士だからな。
「このやろぉぉ!!」
桜井は俺の頭をぐりぐりと撫でた。
島本さんが死んで以来、桜井と話すことは少なくなった。茜と付き合ってからはなおさらだ。でもようやく、桜井の前で心からの笑顔を作れた。
「……纏、外村さんのこと絶対幸せにしろよな」
「もちろん」
茜を一生かけて幸せにする。その自信はある。
「……ま、浮かれてばかりじゃいられないな」
俺がそうこぼすと、桜井も一転表情を引き締めた。
九六式は持ってきている。この時間帯のこの公園、大和や大森との戦いを思い出す。
「そうだな。俺たちは島本さんの仇を取らなきゃならねえ」
「ああ。大和も大森も神崎も、ぶっ殺す」
桜井と目を合わせハイタッチを交わした。
昼休み。茜と二人屋上に。
今日もチョコチップを二人で食べた。
軽くキスをして、教室に戻ろうとしたときに茜に止められた。
「ここでしちゃいます?」
茜はその場にしゃがんで、俺を上目遣いで見上げた。
「いやダメだろ!?」
「なんでですかー、どうせ誰も来ないのに」
この屋上に来る可能性があるとすれば桜井だけだ。だがあいつはもう来ない。俺と茜がいる限り。
「そういう問題じゃ……」
「いーからいーから」
放課後、父さんから電話がかかってきた。
『今日は残業で終電になりそうだ。夕飯は先にすませておいてくれ』
父さん、最近忙しそうだな。
でも父さんがいないということは茜を家に呼ぶチャンスだ。しかし茜は部活がある。2時間待たなきゃならない。
ドトールにでも行って時間を潰すかと考えていると、白沢と目が合った。
「黒木君、今日は物理にしましょうか」
白沢が持ってきたのは物理の薄い参考書、物理のエッセンス。
俺が返事を返せずにいると、白沢は俺の顔をじっと見てきた。
「もしかして外村さんに遠慮しているのかしら。私たちは勉強をするだけよ、何もやましいことはないでしょう?」
「そ、そうだな。よろしく頼むよ」
白沢に勉強を教えてもらってたと言ったら、茜は妬いてくれるだろうか。
白沢に勉強を教えてもらうとき、俺はいつもドキドキしていた。だが今日はいたって平常心だ。
自分でも現金なやつだと思う。
「物理のエッセンスって正直理解するの難しくね? 漆原に変えようと思ってんだけど、どう思う?」
「参考書をころころ変えるのは、落ちる受験生の典型的パターンよ」
「いや確かにな……。でも俺はもう漆原と心中するから!」
「あなたは漆原のなんなのよ」
いやいや、ドキドキしてちゃ茜に申し訳ないからな。振り向きざまタッチももう封印だ。
いやいや、誓って故意じゃないけどな。
「そういや白沢、俺と茜が付き合い始めたって打ち明けたとき、あのとき茜になんて言ったんだ?」
「『したの?』と聞いただけよ」
「てめっ、何聞いてんだよ」
「私は何をしたかなんて言っていないのだけれど?」
「言ったも同然だろうがよ」
まったく桜井といい白沢といい、思春期の少年少女はそれしか頭にないのかね。俺が言えた義理じゃないけどな。
「桜井君とは仲直りしたのね」
「ああ、普通なら嫉妬にまみれてもおかしくはない。けどあいつは俺を祝福してくれると言った。とんだ完璧超人だよ」
「彼ならそうでしょう」
「さすがに桜井もショックだとは言ってたけどな。そりゃ俺も逆の立場ならそうだ」
「……私も思うところはあるのだけれど」
そう言って白沢は目を伏せる。
「何にだよ?」
「あなたには教えてあげないわ」
白沢はつんとそっぽを向いた。
6時、白沢と道場に向かった。
部活を終えた茜と桜井が出てきた。
「桜井君、邪魔者は消えましょう」
「そうだね。それじゃ纏、外村さん、あとはごゆっくり」
そう言って白沢と桜井は去っていった。
茜は俺の横に並び、じっと俺の顔をのぞき込んだ。
「白沢先輩とずっと一緒にいたんですか?」
「ああ、今日は物理を教えてもらってた」
それを聞いて茜は頬をふくらませる。
「纏先輩、やっぱり巨乳好きなんでしょ!?」
「だから俺はおっぱい星人じゃないって何度も言ってるじゃねーか。白沢には純粋に勉強を教えてもらってただけだ」
「信じられませんっ! 白沢先輩は綺麗で頭よくて優しくて……おっぱい大きくて。あたしがもし男だったらたぶん好きになっちゃうし」
茜は瞳を潤ませながらまくし立てた。
ごめん、茜。君を傷付けるつもりはなかったのに。
「わかった、もう白沢に勉強を教えてもらうのはやめにする。俺が好きなのは茜だけだからな」
涙と鼻水を流しながら茜は黙って聞いていた。
「でもさ、茜、最近大きくなったんじゃないか?」
「はあ!?」
茜は怒声を上げてしばらくして、少し心配そうに俺の顔を覗き込んだ。
実際茜の胸は1か月前と比べても大きくなっている。大きくなったといってもせいぜいAからBだが。
「き、気付きました?」
「そりゃ気付くだろ」
「あーやっぱり女性ホルモンってあるんですね、纏先輩!」
「これからもっと大きくなるかもな」
「えー、でも頑張ります」
茜は目と鼻をこすりながら、かわいらしく微笑んだ。
機嫌直してくれて一安心だ。
でも、少し情緒が不安定だと、一瞬思った。
茜とともに俺の家に帰ってきた。
「なあ、俺のこと纏って呼んでみてくれよ」
「ええっ!? 呼び捨てってことですか!? 無理ですよそんなの!」
「いいからいいから」
「ま、纏……」
そう言った茜の顔は真っ赤だった。
「やっぱり無理ですー!」
「じゃあ今度はくん付けで」
「……ま、纏くん。うう、纏先輩は纏先輩ですよ!」
「わかったわかった、そのうちな」
リビングで二人分のコーヒーを淹れて部屋まで持ってきた。
「ねえ、纏」
「うわっ! 不意打ちやめろ! こぼしそうになったじゃねえか!」
「纏先輩が頼んだんじゃないですか。ささ、座って座って」
言われたとおりにベッドに腰かけると、茜は俺の目の前に立って冷めた目で見下ろした。
「今日はあたしが上。いいでしょ、纏?」
「は、はい……」
まだ怒ってるじゃねえか。




