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復讐を決意した俺は、無音銃で犯罪組織と戦う  作者: 一条イチ
第二章

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罪悪感と背徳感

 月曜日。

 朝7時過ぎ、俺の家まで茜が迎えに来てくれた。


「纏先輩、おはようございます!」

「おはよう、茜」


 茜はにこにこと笑顔で手を振る。


「なんだか朝っぱらから嬉しそうじゃないか」

「えへへ、纏先輩の顔見たらこれから1週間頑張れそうな気がして」


 月曜日なんて憂鬱の代名詞のようなものだ。7時半から朝課外、長い長い1週間の始まり。

 月曜で嬉しいことなんてジャンプが読めることくらいだ。


 でも今日は、俺も君の顔を見るだけで自然とテンションが上がってしまう。


 茜と手を繋いで学校に向かう。

 俺のクラスメイトにも、茜のクラスメイトにも、見られたって構わない。

 茜は俺の彼女だ。俺は茜の彼氏だ。

 それをアピールして何が悪い。何も後ろめたいことはない。


 だが校門の前、唯一顔を合わせたくない相手とはち合わせてしまった。

 桜井優人。ずっと茜に思いを寄せていた、俺の親友。


「お、おはよう……」


 俺は思わず茜の手を離した。

 手を繋いでいるところを見られたかはわからない。だがこれまでずっと俺は一人で登校してきた。

 それがいきなり茜と二人仲睦まじい様子で登校となれば、察するところはあるはずだ。


 いずれ言わなきゃならないんだ。今言ってしまえ。


「俺、外村……茜と付き合い始めたんだ」

「そ、そうか」


 桜井は唖然とした表情で返した。

 罪悪感が俺の胸を締め付ける。


 いやいや、なんで俺が遠慮しなくちゃならないんだ。俺はお前よりずっと前から茜のことが好きだったんだぞ。

 お前が茜を好きだと公言したせいで俺はこの思いを閉じこめなくちゃならなくなったんだ。逆に遠慮してもらいたいくらいだぜ。


 ……さすがに醜すぎるぞ、黒木纏。

 たった一人の親友にずっと嘘をついていた。俺は卑怯者だ。


 俺は何も言えず、桜井から目をそらした。


「ど、どっちから告白したの?」

「あたしからです!」

「……へえ、纏もさすがに外村さんに告白されたら付き合うしかないよなぁ」


 お前が好きなのは白沢さんだったのに、というニュアンスに思えた。

 俺は妥協や同情で茜と付き合ったわけじゃない。それだけははっきりさせておかなければ。


「……俺も中学のころから茜のことがずっと好きだったんだ」

「纏先輩とずっと両思いだったなんて夢みたいで。もっと早く告白しておけばよかったですよー」


 俺の左手を握り、茜は笑顔で桜井に話す。

 もちろん茜に悪気はない。だが桜井にとってこの笑顔は残酷すぎる。


「……ごめん、桜井」

「なんでそんな顔すんだよ! 長年の思いが実ったんだからもっと嬉しそうにしろよな!」

「ああ、そりゃ嬉しいさ。ありがとう」


 そらしていた目線を桜井の目に向け、俺は無理矢理に笑顔を作り言った。


 教室に入って自分の席で準備していると、高橋が来た。


「お前、朝あの後輩の子と来てたな」

「ああ、付き合い始めたんだ」

「そうか、まあよかったな」


 高橋は俺を肩をポンと叩いて自分の席に戻った。

 高橋、お前そんなキャラだったか?




 午前中の授業が終わり、昼休み。


「優人、久しぶりにみんなでラーメン食いに行かね?」


 クラスメイトが桜井に声をかけた。


「おーいいね。行こうぜ」


 そうだ、お前は俺がいなくたって他にいくらでも友達はいる。俺と違って。


「纏せんぱーい! 購買行きましょう!」


 茜が元気よく俺を呼ぶ。


「黒木君、外村さん」


 教室を出て茜のそばに寄ると、白沢が俺たちの前に来た。


「白沢先輩、あたしたち付き合うことになったんです」


 それを聞いて、白沢は少し驚いたような表情で茜と俺の顔を見た。しかしすぐにいつもの無表情に戻った。


 俺が白沢に対して抱いていた恋心。それは決して偽りじゃない。この1年半、君に惹かれていたのは事実だ。

 けどまあ、俺がどんな思いを君に抱いていたって、君には関係のないことだよな。


「やっぱり私の言ったとおりだったじゃない」


 白沢はスタバで俺が好きなのは茜、茜が好きなのは俺だと示唆するようなことを言っていた。

 見抜いていたというのか、この慧眼は。


 白沢は茜に耳打ちした。

 それを聞いて茜は顔を真っ赤にした。


「し、白沢先輩! 何言ってんですか!?」


 ほんとに何を言ったんだよ。


「黒木君、外村さんを幸せにしないと承知しないわよ」

「ああ、言われずともな」


 白沢は優しく微笑んだ。




 放課後、俺は一人で佐藤さんの家に行った。

 茜と付き合えたからといって、浮かれている場合ではない。こういう浮き足立ってるときが一番危険なんだ。気を引き締めなきゃならない。

 松田さんには見逃してもらったが、それでも警察官という俺を捕まえるべき立場なんだ。組織との戦いを相談することはできない。

 島本さんがいなくなった今、頼れる大人は佐藤さんだけだ。


「今日は桜井君とは一緒ではないのかい」

「……ええ、色々あって」


 俺は茜と付き合い始めたこと、桜井は茜のことが好きだったこと、白沢を含めたこれまでの俺たちの関係を説明した。


「ふ……青春だな。恋愛で親友に先を越されるなんて、よくあることさ。君と桜井君の絆はそんなことで切れるようなもんじゃないだろう?」

「でも僕は白沢が好きだって言っていて、桜井を欺いていたことになる。恨んでいてもおかしくないですよ」

「それも含めて青春なんだよ。最初は受け入れがたいかもしれないが、彼は君の恋愛の成就を祝福してくれるさ」

「……そうですね。あいつはそこまで器の小さい奴じゃない」

「そして君にとっては大きな転機だ。黒木君はその子――外村茜という守るべき存在が生まれた。それがこれからの戦いにも確実にプラスになる」

「どういう意味ですか?」

「いい女を抱くことは必須だ、強い男になるにはな」


 いい女を抱く――そんな言葉が佐藤さんから出ることに少し面食らってしまった。

 もちろん強さとは戦闘力だけを指しているわけではない。愛する女性に受け入れられたという自信、そして守り抜く責任が生まれるということだ。

 だが佐藤さんがこんなことを言うなんて。


「意外かい? 島本が言うならまだしも」

「あ、いや、まあ……」


 図星を突かれ少し冷や汗が出た。何でもわかるんだな、この人は。

 佐藤さんはこの部屋を見る限り独身に見えるが、この端正なルックスと落ち着いた物腰と圧倒的な知性、そして資産もあるはずだ。

 この人の隣に女性がいるとすれば、佐藤さんに比肩するほどに完璧な女性のはずだ。


「島本とは高校の同級生でね。昔はバカやったもんだ。君たちみたいに誰が好きかとか、いつ告白するかとか盛り上がったな」

「全然そう見えないですよ」

「20年も経てば変わるさ、人間は」


 佐藤さんはパーラメントに火をつけ、少し遠い目をした。


「しかし、君が選んだのは白沢ゆりではなかったんだな」

「し……白沢!? 俺とあの子じゃ釣り合わないですよ」

「君の話を聞く限りでは、白沢さんはかなり君に関心を抱いているようだったがね」


 佐藤さんと白沢は似ている。もちろん性別も年齢も違うが、整った外見と頭脳、そして纏っている雰囲気はかなり近いものがある。その佐藤さんが言うと説得力も感じられる。

 だがやはり、佐藤さんが恋バナをするのはかなり違和感があるな。




 午前0時過ぎ。九六式をホルスターに入れ、前髪にヘアピンをつけて外に出る。


 組織と戦うには、神崎を殺すには桜井の力が必要だ。だが今はあいつと顔を合わせる気にはなれない。いずれ時間が解決してくれるはず。だから今は一人で戦う。


 俺の目の前に白人で長身の女が現れた。

 アナスタシア。ガブリエルとともに教団を運営していた女。

 その顔は痩せこけ、かつての美しく整った顔は見る影もない。


「なぜガブリエルを殺したのよ!!」

「ガブリエルは鳥谷さんを殺した。当然の報いだろう」


 アナスタシアはバタフライナイフを取り出し、俺の喉元に突き出した。

 俺はそれを難なくかわす。


「やめておけ、お前じゃ俺は殺せない。俺の大切な人たちに危害を加えないと約束するなら、見逃してやるから」

「黙れ!!」


 アナスタシアは顔をゆがめ怒声を上げた。

 父さんを撃った金田。鳥谷さんを殺したガブリエル。島本さんを殺した神崎。

 俺がやつらに抱いた憎しみを、アナスタシアが俺に向けるのも当然か。


「……わかったよ、俺は譲歩したからな」


 ホルスターから九六式を取り出し、安全装置を外す。

 アナスタシアはナイフを振り下ろしたが、俺は後ずさりしながら避けた。

 そして九六式の引き金を引く。

 放たれた銃弾がアナスタシアの右腕を貫通し、握られたナイフが転げ落ちる。

 よろめきながら落ちたナイフを拾い上げ、アナスタシアは激昂の表情で俺を見上げた。


「私はあんたを許さない!! 絶対に許さない!!」

「早くガブリエルのところへ行け」


 俺はアナスタシアの体のまさに中心をめがけ、引き金を引いた。

 .32ACPがアナスタシアの胸を貫き、アナスタシアはその場に崩れ落ちた。


 アナスタシアは息を引き取った。


 ガブリエルとアナスタシアがどのような関係だったのか俺は知らない。

 だが今ならわかる。アナスタシアはガブリエルを愛していた。


 人を殺すということは、その周りの人間の憎しみを買うということ。

 それが肉親や恋人であれば、自分の命を懸けてでも絶対に仇を打つという、人間にとってもっとも強い憎しみとなる。

 俺は受けて立つ。その覚悟はある。


 そのはずなのに。

 なぜこんなにも苦しいんだ。


 俺は茜に電話をかけた。


「茜、会いたい」

『こんな時間にいきなりどうしたんですか?』

「今からお前の家に行くよ」

『ええっ!?』


 茜のマンションの前。茜は心配そうな顔で立っていた。


「茜!!」


 俺は茜を抱きしめた。

 華奢な体を強く抱きしめる。


 アナスタシアにとってガブリエルを殺されたことは、最大級の絶望と憎しみだ。

 もし茜が殺されたら、俺はアナスタシアと同じ思いを抱く。


「ま、纏先輩」

「君は俺が守るから。だからずっと俺と一緒にいてくれ……」


 茜は少し動揺して、しかし目を細めて俺の体を抱き返した。


「もちろん。ずっと一緒ですよ、纏先輩」


 そして俺と茜は口づけを交わした。

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