初めての人
「本当ですか……?」
「当たり前だろう、俺は中学のころからずっと外村のことが好きだったんだ」
俺の言葉を受けて外村は顔を真っ赤にした。
ここまで言ったんだ。言え、俺の願望を。
「だから、俺と付き合ってください」
「……はい、よろこんで」
外村は涙を浮かべて微笑んだ。
まさかカラオケ屋の前で告白することになるなんて。だが行き交う人の目など気にならなかった。俺は君に愛されていれば十分だ。
「さっきの、帰したくないって、どういう意味ですか?」
外村は上目遣いで尋ねた。
「君を連れて帰りたいってことだ、言わせんなよ」
「いいんですか? せっかくキスだけで我慢してあげようと思ってたのに」
「それこそどういう意味だよ」
外村は意地悪そうににやつく。
待て、今日は土曜日だ。父さんは家にいるはず。
「……ちょっとトイレ行ってくる」
「はーい」
父さんに電話をかける。俺から父さんに電話をかけるなんてこれまで数えるほどしかなかった。
「もしもし、僕だけど」
『纏か』
「……あのさ、たまにはビジネスホテルとかに泊まるのもいいと思うんだ。ネットカフェとか個室ビデオ屋とかでもさ。父さんは泊まったことないだろうけど」
『纏、何が言いたい』
「僕の彼女が今日家に来るんだ。だから、家空けてもらいたくてさ……」
『ふ、そういうことか。了解だ、家は空けておく。……うまくやれよ』
「ありがとう、父さん」
電話を切って戻ってくると外村は俺の横に並んだ。
「今日俺んち親いないんだ」
「へー、どういう意味ですか?」
「別に」
「ねえ纏先輩、手繋いでもいいですか?」
「もちろん」
外村と手を繋ぐ。柔らかくて小さな手。
手を繋いで歩くと、駅前に立ち並ぶビルも街の喧騒も、いつもとまったく違って見える。
外村とともに俺の家に帰ってきた。
俺の部屋に外村と二人きり。前に外村が来たときは『友だち』だったが、今は晴れて恋人同士。
鼓動の高鳴りを感じる。これからすることを考えると心臓が飛び出そうだ。
外村はせっかくキスだけで我慢したのに、と言っていた。ということは、いいんだよな?
オカモトゼロワンは常備してある。備えあれば憂いなしとはこのことだ。まさかこんなに早く出番が来るとは思っていなかったが。
いや待て。本当にいいのか。
もっと順序があるんじゃないのか。もっとマック行ってスタバ行ってキャナル行って映画観てとか、あるもんじゃないのか。
俺たちは今日付き合ったばかりなんだぞ。
二人で並んでベッドに腰をかける。
「二人きり……ですね」
「そうだな」
外村は俺の手を握って目をじっと見た。大きな瞳は少し潤んでいた。
「はしたない女だなんて思わないでくださいね。あたしもう我慢したくないんです、ようやく纏先輩と両思いになれたんだから」
その言葉の意味はわかった。
キスも告白も手を繋ぐのも、全部君からだ。さすがにこれ以上は自分で動かなきゃならない。俺は男なんだから。
「ねえ纏先輩。あたしのこと、茜って呼んでくださいよ」
「わかったよ……茜」
茜と呼ぶことに違和感はなかった。一人の夜は君のことを下の名前で呼んでいたんだから。
「えへへ、もっと言ってくださいよー」
「は、恥ずかしいんだけど……あ、茜」
「もう一声!」
「好きだ、茜」
「それはずるいですよ纏先輩!」
そう言って茜は俺に抱きついた。
「あたしも纏先輩のことが大好きですから!」
まったく、どっちがずるいんだか。
その小さな体を抱き返す。
いい匂いがする。これが女の子の香りなのか。
そして目を閉じてキス。
舌を絡める。お互いに相手の口の中を舐め回すように。
「やらしいですよ、纏先輩」
「お前もな」
そして茜をベッドに寝かせた。
茜の目を見据え、しかし左手は茜の肩を抱き、右手は体に這わせる。
俺の手が茜の素肌に触れるたびに吐息が漏れ、茜の頬は赤みを増す。
「あっ……」
「今の声、すごい色っぽい」
「……纏先輩のせいですから」
「よかったのか、茜」
「えへへ、纏先輩とこうなるのがずっと夢だったんですよ」
少し無粋な問いに、茜はすこし汗ばんだ、紅潮したままの顔で答えた。
君の髪も、顔も、体も、表情も、言葉も、すべてが愛おしい。
俺はまた、茜の華奢な肢体を抱きしめた。
朝。目覚めると茜が俺の顔をじっと見ていた。
「お前、まさかずっと俺の寝顔見てたのか」
「ふふ、かわいかったですよ、纏先輩。寝顔も今の反応も」
「てめえ」
「わ、怒らないでくださいよー」
怒るもんか。それどころか喜んでるんだ。
唇を重ね、茜の体を抱きしめる。
そしてそのまま俺が上になったり茜が上になったり、狭いシングルベッドの上を転がる。
「纏先輩、キス好きですねー」
「ああ、キスがこんなに気持ちいいものだなんて思ってなかった」
「あたしもです」
携帯が鳴った。誰だ、俺と茜の朝のひとときに水を差す輩は。
それは父さんからの電話だった。
『すまない、纏。急用ができて今日は夜まで帰らない』
「わかったよ」
今日は日曜日だ。そして今の声色からしてどう考えても嘘だろう。
やはり父さんは退院してから丸くなっている。まるでバランスボールがごとく丸く柔らかくなっている。
輩だなんて言ってすみませんでした。
「朝食にするか。ちょっと待ってな」
「纏先輩作ってくれるんですか!? ありがとうございます!」
フライパンで目玉焼きとベーコンを焼く。
「醤油とソースどっちだ?」
「ソースで!」
「奇遇だな、俺もソースだ。あと目玉焼きでご飯食えるか?」
「いけますいけます!」
ご飯をよそい、待ちわびる茜が座る食卓に並べた。
なんだか新婚夫婦みたいだ。
「いただきます」
二人揃って手を合わせた。
「おいしい! この絶妙な焼き加減、纏先輩、目玉焼きの天才ですか!?」
「なんだそのしょっぱい天才は」
「いやいや、纏先輩はなんといってもFPSの世界ランカー、black_dresserじゃないですか。ゲームは手先が命でしょう? 手先が器用ならば料理もうまいってことで」
「目玉焼きにそんな繊細な手先が必要かは疑問だがな」
でもおいしいと言ってくれたことは素直に嬉しかった。
「そして夜もテクニシャンなんでしょう?」
俺に顔を近づけて、卑猥な笑みで茜は言った。
「夜と言わず朝からさ」
「もう、エッチなんだから」
「なんだよエッチって」
そう言った俺の口角は上がっていた。
「茜」
「纏先輩」
お互いの名前を呼び合う。そして顔をさらに近づけてまたキスをした。
好きな人と愛し合うことがこんなに幸せだなんて想像もしていなかった。
俺はわざと組織との戦いから目をそらした。




