隠し通してきた想い
土曜日、駅前のカラオケ館。
待ち合わせの午後1時の5分前に着いたが、すでに外村は待っていた。
俺に気付いた外村は笑顔で手を振った。
「こんにちは!」
「お待たせ」
外村は俺の横に並んで同じ方向を向いた。そして右足を俺の左足にくっつけた。
その靴は黒いジャックパーセル。今までオールスターやワンスターは履いていたが、ジャックパーセルを履いているのは初めてだ。
そして俺が履いているのも黒いジャックパーセル。
「えへへ、懐に余裕ができたんで買っちゃいました」
「お揃いだな」
それを聞いて外村はいっそう嬉しそうな顔をした。
「そんなにお金あるんだったら、今日はおごってもらおうかな」
「えー、別にいいですけど?」
「冗談だよ」
桜井と白沢も誘うかどうか迷った。だが外村が誘ったのは俺だ、前から俺とカラオケに行きたいと言っていたんだ。他の人間を呼ぶのは野暮だろう。それに俺たちの時雨を聴かされても反応に困るはずだ。
店の中に入り受付に。
「機種、DAMでいいです?」
「ああ」
カラオケに来るのは初めてだから機種なんてわからん。
部屋に入った。
外村は2本のマイクと大きなリモコンを手に取った。デンモクというらしい。画面は大きくて綺麗で、想像していたのとかなり違う。
「入れなよ」
「どうしよっかなぁ」
少し悩んで、外村が入れた1曲目は『SOSOS』。
「いきなり時雨かよ。しょっぱなから飛ばすじゃねえか」
「ちゃんと予習してきましたから! ガス欠なんて考えてたらやってられないですよ!」
外村は黒くて硬い棒を口元に向けた。いや、俺もだけどな。
演奏が始まり、俺と外村は歌う。
練習のかいあってか、自分で言うのもなんだがわりとうまく高い声で歌えてると思う。そりゃTKには程遠いが。
だが外村は段違いにうまい。その歌声は普段の声からは想像もつかないほどに艶やかでかっこいい。
「お前めちゃくちゃうまいじゃねえか。一瞬マジで345かと思っちまったよ」
「言い過ぎですよー」
大声で歌うと気持ちいいもんだな。
だが、4曲も歌うとすでに喉はがらがらになってしまった。
「声大丈夫ですか?」
「うーん、ちょっと休みたいな。でも外村はまだまだ余裕そうだな」
「だったら次は345ちゃんパート多めの曲にしましょうか」
「じゃあこれだな」
『am3:45』。歌うのは女性のベースボーカル、345のみの曲だ。
「これ使ってください。カラオケの必需品ですよ」
「おう、ありがとう」
外村が貸してくれたのはパープルショットという喉スプレー。
しかしこれはある意味間接キスよりもきわどいぞ。だって口の中に入れるんだから。
俺は無心を装ってスプレーした。
しばしの小休止。画面を見ながら歌う外村の横顔を眺める。その顔は本当に愛くるしい。
受付の店員にはカップルと思われただろうか。俺は隣にふさわしい男だろうか。
歌い始めて4時間半ほどが経った。あと残り30分。
「そういえば『テレキャスターの真実』歌いたかったんですよ!」
「おー、俺も好きだ」
『テレキャスターの真実』。同じフレーズを何回も繰り返すこの曲。初期の曲ながら、男女ボーカルの掛け合いが熱い曲だ。
「イントロからテンション上がっちゃいますよ!」
「俺もだよ」
外村と目を合わせながら歌う。
めちゃくちゃ楽しい。カラオケは今日が生まれて初めてだけど、もっと早く来ればよかった。いや、こんなに楽しいのは外村と一緒だからなのかもしれない。
ラストのシャウトは今日一番の気合いで叫んだ。
「あー疲れた。つーか喉がやべえ」
「ちょっと休憩しましょうか。もう終了時間近いですけど」
4時間以上ほぼ休みなしで歌ってきたんだ。明日まともに声出るか不安だ。
沈黙。
ふと外村のほうを見ると、俺のことをじっと見ていた。
真剣な表情。鼓動が速くなる。
狭い部屋に二人きりだということを忘れていた。
外村と見つめあう。
そして顔が近づく。
「纏先輩、好きです」
頬を染めて少し切ない表情で、外村は言った。
外村は俺の肩を抱いた。そして目を閉じてさらに顔を近づけて。
外村の唇と俺の唇が触れ合う。
ファーストキス。
柔らかい唇の感触。
何秒たったのだろう。1分には満たない、けれども永遠に感じるような口づけのあと、外村はそっと顔を離した。
「……ごめんなさい」
そう詫びた外村の瞳は潤んでいた。そして目を伏せた。
外村からの好意には気付いていた。あれだけあからさまで気付かなければ鈍感を通り越してただのバカだ。
君がコンバースを履くのも、時雨を聴くのも、チョコチップを食べるのも、すべては俺に近づきたくて。
だが俺は気付かないふりをしていた。それは勘違いかもしれないから。ただの自意識過剰であれば、俺は自分自身を許せなくなるほど恥ずかしいし傷付いてしまう。だから予防線を張っていた。
なぜそこまで傷付くことを恐れたのか。
それは、俺は外村のことが好きだからだ。
白沢に恋をしていたのは事実だ。だがそれは中学を卒業したあと、外村を忘れたくて、わざと誰かを好きになろうとしていたふしがある。
なのに君は一年後同じ高校に入ってきた。
桜井の恋を応援するとは言った。でも心の奥底で思っていたことは真逆だった。俺はこの子を誰にも渡したくない。
白沢のことは好きだ。
黒髪も人形と見まがうような顔も綺麗だし、おっぱいは大きいし、俺に勉強を親身になって教えてくれるし、勉強は東大理三に受かるほどの偏差値だけど運動はてんでダメだし、いつもクールでクラスメイトとはろくに話さないし、たまに見せる笑顔はかわいいし、意外とお茶目だし。
好きにならないほうがおかしいだろ。
でも。
赤茶色のショートカットの髪は思わず撫でてあげたくなるし、大きな瞳の顔はまるでアイドルみたいだし、小さな胸は誰かさんに対抗意識丸だしだし、背の低い俺よりも10cm以上小さいし、纏先輩纏先輩っていちいちかわいく呼んでくるし、道着姿も意外と似合ってるし、リスペクトとか言って俺の真似するし、俺のことを慕ってくれるけど心配もしてくれるし、いつも絶えない笑顔は最高だし、ふとしたときのしおらしい表情にはドキッとさせられるし。
俺が異性として好きだったのは。恋人にしたいと思ったのは。
外村茜だったんだ。
部屋に備え付けられた電話が鳴り、外村が出た。
「……残り10分ですって。最後に1曲歌いましょうか」
「だったらこの曲しかないだろ」
最後の曲は『傍観』。
会計を済ませ外に出た。まだ明るい。
「今日はありがとうございました」
外村は目も合わせず、俺を待たずに歩きはじめた。
俺は外村の告白に何も答えられなかった。肩を抱き返してやることもできなかった。
外村は俺に嫌われるのを覚悟して勇気を振り絞ってくれたのだろうに。
この期に及んでもまだ自分が傷付くのが怖くて、外村を傷付けてしまった。
覚悟を決めろ、黒木纏。
「外村!」
少し驚いたように外村は振り向いた。それは俺の普段とは違う声色と表情のせいだろう。
俺は外村の目を見据えた。
「今日は、俺は君を帰したくない」
「えっ」
外村の表情はさらに動揺を強くした。
「俺も君のことが好きだ!!」




