放課後の喫茶店
午後11時、ヘアピンをつけ九六式をホルスターに入れ外に出た。
島本さんはもういない。
佐藤さんの情報収集能力は頼りになるが、まだ神崎にはたどり着けていない。
今の俺にできるのは戦うことだけだ。どうにかして大和や大森から神崎の居場所を吐き出させる。
前を歩く女性が見えた。私服を着た松田さんだ。
松田春香。若手の女性警官で、眼鏡をかけたショートカットの美人だ。
その前からパーカーのフードを目深にかぶった子供が歩いてくる。身長は150cmほど、中学生だろうか。
松田さんとすれ違ったその子供が急に振り返った。
そしてポケットから取り出したナイフを松田さんに振りかざした。
「やめろっ!!」
「黒木君!?」
九六式の安全装置を外し子供に銃口を向ける。
俺の怒声に松田さんと子供はこちらに振り向き、子供は急いでナイフを収め走り去った。
まず頭をよぎったのは組織による警察官襲撃事件。
確証がなかったから引き金は引かなかったが、あれも組織の一員なのか? あんな子供を使うなど、どこまで外道なんだ。
だが子供であろうと、松田さんに危害を加えていれば殺していた。どんな境遇であろうと、罪は償ってもらう。
松田さんは俺の九六式に目線を向けた。
「……黒木君。その銃、本物なの?」
これを見られたら逮捕されてしまう。俺はそれを承知の上で、松田さんを助けるために九六式を出した。
松田さんは警察官だ、嘘をついたって無駄だ。
「……ええ、本物です」
「なんでそんなものを持っているのかしら」
「僕は父さんを撃った犯人からこの銃を奪った。それから組織と戦ってきたんです」
ここで終わるのか、俺の戦いは。松田さんを助けるためにはこうするしかなかった。だがどうしても悔いは残る。
「組織と戦ってきたというのが本当であれ嘘であれ、あなたが今犯したのは銃刀法違反、犯罪よ。とはいえ今の私は勤務時間外、一般人と変わらないわ」
俺は少し胸を撫で下ろした。
「でも、現行犯で私人逮捕は可能よ」
松田さんは冷徹な目つきで俺を見た。
その言葉に冷や汗が流れる。
「……いえ、私は命の恩人を逮捕なんてできない。警察官としては間違っているかもしれない。けれど一人の人間としてそんなことはできないわ」
「……ありがとうございます」
松田さんは微笑み、俺は深く頭を下げた。
「私の両親は数年前に死んだの。家族は弟しかいない。だから私を救ってくれてありがとう。私は弟を残して死ぬことはできないから」
松田さんにそんな壮絶な過去があったなんて。普段の松田さんからは想像もできなかった。
まさか、松田さんの両親は組織に殺されたのか? さすがにそれは邪推か。
「けれど、くれぐれも警察に見つからないことね。私も勤務時間中なら容赦なく逮捕しちゃうから」
松田さんは笑顔でウインクした。
松田さんと駅に向かって歩き始めると、俺たちの脇を銀色の車、リトラクタブルヘッドライトを開いたFD3SのRX-7が走り抜けていった。
「やっぱりかっこいいなあ、FD」
「好きなんですか」
「ええ、いつか乗りたいの。弟の学費を貯めなきゃならないから夢のまた夢なんだけどね」
自分のほしいものを我慢して、弟のためにお金を貯めるなんて。20代中盤にしてどれだけできた人なんだ。
「あ、私が『松田』だからじゃないよ!?」
「誰もそんなこと思ってないですよ」
夏休みが終わり、2学期。
代理の教員から島本さんが亡くなったことが伝えられた。詳細は伏せられて。
それを聞いて教室がざわめく。
桜井に目を向けると、眉をひそめて黙っていた。
放課後、俺たちの教室に外村が来た。
外村茜。二重まぶたの大きな瞳が特徴的な、赤みがかった茶髪のショートカットの小柄な美少女で、俺の中学からの後輩だ。桜井と同じく空手道部に所属している。
履くスニーカーも、聴く音楽も、昼食のパンも、何かと俺の真似をしてきやがる。まあ悪い気はしないが。
普段は笑顔の絶えない明るい性格だが、今は神妙な面持ちで俺を見た。
「纏先輩、島本先生が亡くなったって……」
「ああ」
「何か知ってるんですか?」
外村は察したのかもしれない、以前の俺と桜井の怪我と関係があるんじゃないかと。
俺は何も答えることができなかった。
「纏先輩!」
外村は俺の右手を両手で握った。
「纏先輩は絶対に死なないでください……!」
今にも泣き出しそうな顔で、外村は俺の目を見据えて言った。
「大丈夫よ、外村さん。黒木君は絶対に死なないと、私と約束したわ」
白沢がいつもと変わらぬ無表情で言った。
白沢ゆり。俺と同じクラスの黒いロングヘアで、Gカップはあろうかという巨乳の美少女。成績は常に学年トップで志望は東大の理科三類だ。
いつもクールで、他のクラスメイトと話すことはほとんどない。
そして、俺が思いを寄せる相手。
「本当に?」
「ええ。でも乙女を泣かせるのはいただけないわね。外村さん、スターバックスにでも場所を移して、一緒に黒木君を問い詰めましょうか」
なんだよそれ。怖すぎるだろ。
「は、はい! でもあたし部活あるんでそのあとでもいいですか?」
「もちろんよ。黒木君、私たちは先に行っていましょう」
「あ、ああ……」
駅前のスタバ。俺はキャラメルフラペチーノ、白沢はアイスラテを頼んだ。
窓際のカウンター席に並んで腰をかけた。
「外村さんには話していないの、組織との戦いのことを」
「ああ、俺はあいつを絶対に巻き込みたくない」
「私なら巻き込んでも構わないということかしら?」
「お、お前は俺の戦いを見たじゃないか。白沢のことも巻き込みたくはない、当たり前だろう」
「ふふ、冗談よ」
白沢と放課後にスタバだなんて想像もしていなかった。だが鳥谷さんと島本さんが殺された現状では素直に喜べはしない。
「外村さんって誰が好きなのかしら」
「なんだか最近恋バナにお熱じゃないか」
「あら、私も一応花の女子高生なのでね」
「自分で言うなよ」
「でも好きな人の特徴は聞いたわ。前髪で右目を隠している痩身の美少年だそうよ」
それ、まるっきり俺じゃないか。美少年かはさておき。
外村が好きなのは俺? 顔が熱くなってしまうのを感じる。
「なっ……嘘だろ!?」
「ええ、嘘よ。あなたのその顔が見たくて」
「てめっ」
外を見ると、外村が手を振っていた。
ほどなくして俺と同じキャラメルフラペチーノを持って外村が来た。そして俺の隣に座った。
「恋バナに花を咲かせていたの。黒木君が好きな女の子って、赤みがかった茶髪の小柄な美少女らしいわよ」
「ええっ!?」
外村は顔を真っ赤にして大きな目をさらに見開いた。
「待て待て、俺は好きな女子のことなんて一言も言ってない」
「び、びっくりさせないでくださいよー」
こいつ、どんだけ人の恋路をからかうのが好きなんだよ。
「お前、ほんとやめろよなそういうの」
そう言って白沢のほうを振り向くと、俺のティーカップを持った右手が白沢の胸に当たった。
その推定Gカップの巨乳に俺の右手の甲が沈み込む。やっぱり並大抵じゃない柔らかさだ。
「きゃあ!?」
2か月ぶり、2度目の『きゃあ』。そして平手打ち。
「ちょっ、危な……」
その勢いでカップから中身がこぼれそうになる。それを防ごうとして、バランスを崩して外村の肩にぶつかる。
その場にこけそうになったが、窓ガラスに手をついてなんとか踏みとどまった。
俺が外村を押し倒したような格好になっていた。
「え、あ、あの……」
外村は頬を染めて、しおらしい表情で目を伏せた。
なんでそんな顔するんだよ。どう反応すればいいかわからないだろ。
「とりあえず外村さんから離れなさい、黒木君」
「は、はい。ごめん外村」
「い、いえ……」
なんなんだよそのエロい表情は。さっきの白沢の胸の感触といい、俺の愚息を屹立させるのはやめてくれ。
「……なんなのよあの振り向きざまタッチは。しかも2回目だなんて、得意技なのかしら」
白沢は顔を赤くしたまま俺をにらんだ。
「ええっ、纏先輩前にも白沢先輩の胸触ったんですか!?」
「ご、誤解だ。いや本当だけど、事故だから」
「纏先輩のエッチ。おっぱい星人」
外村は頬をふくらませた。
白沢は俺と外村を見て、少し顔をしかめた。
「……ごめんなさい。元はと言えば、私があなたたちをからかったことと、取り乱してしまったこと。騒いで他のお客さんにも迷惑をかけてしまったわ。本当にごめんなさい」
そう言って、白沢は申し訳なさそうに頭を下げた。
「いや俺も怒られて当然だ。ごめん」
「あっあたしも、ごめんなさい!」
「あなたは謝る必要はないわよ」
白沢は深呼吸をしてから、ラテに口をつけた。
「それじゃ気を取り直して。私がしたかったのは恋バナなのよ」
俺と外村も深呼吸をした。そしてキャラメルフラペチーノを飲む。顔の赤さも少しはましになったはずだ。
「やっぱお前ら相当モテるだろ? なんせこの学校の二大美少女だからな」
「いやぁそれほどでも」
「私も無愛想すぎてかそれほどモテないのよ」
「謙遜するなよ」
外村も白沢もまんざらでもなさそうな顔をした。
「でも纏先輩もモテるでしょ?」
「俺はからっきしだっての」
「黒木君はモテないわよ、桜井君と比べたらかわいそうなくらいにね」
「うるせえよ」
「いやーでも纏先輩は絶対隠れファン多いですよ、桜井先輩とどっちが攻めか受けかって」
「それはファンとは言わねえし俺と桜井はそんな関係じゃねえ」
「黒木君は受けでしょう」
「ですよねー」
「やめろ」
俺はにやつく二人をにらんだ。
帰り道、白沢を駅まで見送って、外村と二人。
「いやー白沢先輩ってほんとずるいなぁ。あんなに美人でスタイルもよくて勉強もトップクラス。ちょっととっつきにくいけど、話してみたらすごいいい人だし面白いし」
「お前だってルックスなら負けてないだろ」
「本気で言ってます?」
「俺はお世辞が苦手だからな」
それを聞いて外村は遠慮がちに笑った。
「でも男の人ってみんなおっぱい好きなんでしょ?」
「そんなことねえよ、俺は別に」
「本当ですかぁ?」
気付かれないように外村の胸元に目線を落とす。残念ながらうらやむ気持ちもわかる。
俺は巨乳が好きというわけではないが、貧乳が好きというわけでもない。大事なのは美しさだろう。
「ねー纏先輩、カラオケ行きましょうよ」
「カラオケ?」
「纏先輩の家で言ってたじゃないですか、忘れたんですか?」
「……覚えてるよ」
忘れるわけがない。俺はあれから毎日風呂で練習していたんだから。
「それじゃ次の土曜、お昼の1時に駅前のカラオケ館でどうでしょう?」
「了解だ」
「ありがとうございます! 今から楽しみですよー」
外村は満面の笑みを俺に向けた。
帰ったらまた練習しないとな。




