日常への帰還
神崎を撃ったあとのことは覚えていない。気が付くと佐藤さんの家にいた。
「鳥谷君は、亡くなったのか……」
パーラメントの煙を吐き出して佐藤さんが言った。
「守れなかった」
島本さんの頬を滴が伝う。それは初めて見る、恩師の涙だった。俺たちは組織に勝った。しかしそれは鳥谷さんの命を代償として。島本さんのことを先生と呼び慕っていた鳥谷さん。島本さんの胸中を推し量ることなどできなかった。
「それでも、君たちは帰ってきてくれた」
佐藤さんはタバコをくわえ少し悲しそうに、しかし優しく微笑んで島本さんを抱きしめた。そのあと俺と桜井を両手で抱いた。
「こんなにぼろぼろになってしまって。あとは私に任せてくれ」
俺が一番重傷だということで、最初に佐藤さんに治療してもらうことになった。別室に移り、佐藤さんは帽子とマスクをして水色の服に着替えた。
その部屋にはベッドと医療キットがあり、簡素だが必要十分な手術室だった。
「ちょっと我慢してくれよ」
佐藤さんは俺の右腕に麻酔を注射した。
意識が朦朧とする。
気付いたころには、俺の体には包帯とサポーターが巻かれていた。
週が明けて、教室。白沢と目が合った。
「約束通り、来てくれたわね」
「俺が約束を破る男に見えるかよ」
「いえ、とんでもない。おかえりなさい、黒木君」
「ああ、ただいま」
白沢はかすかに口角を上げた。
「なんだか体格がよくなったみたいだけれど」
白沢は包帯とサポーターのせいで膨らんだカッターシャツに目線を移した。そんな冗談言うのかよ。
授業が終わり、昼休み。桜井が白沢に声をかけた。
「白沢さん、今日は俺たちと昼飯食べない?」
何を言っている、桜井。まさか監視のもと俺に告白させるつもりか。
「ええ、構わないわよ」
俺たちは3人で購買に向かった。
「纏先輩、桜井先輩。……と、白沢先輩も!?」
「黒木君と桜井君と昼食をとるの。外村さんもいかがかしら」
「ぜひご一緒させてください!」
パンを買っていつもの屋上に来た。
「夏休みに入ることだし、みんなで半道橋のラウワンでも行こうぜ」
「ラウワン、とは」
「ラウワンといったらラウンドワンしかないでしょうよ!」
「そのラウンドワンがわからないのだけれど」
ラウンドワン知らないってお前は箱入り娘か、白沢。
「ボウリングとかゲーセンとかいろいろ入ってるとこですよ。スポッチャっていう、バッティングとかバスケとかサッカーとかもできるとこもありますよ」
「へえ、そんなバラエティに富んだ施設があるのね。一度行ってみたいわ」
「俺もラウンドワンってゲーセンくらいしか行ったことないんだよな」
「みんなで行ったら絶対楽しいですよ!」
「それじゃ決まりな!」
桜井、これが狙いだったのか。これはもしや、ダブルデートというやつなのでは。
そして終業式の日。駅から出ている無料シャトルバスでラウンドワンに来た。
まずはバスケをやることにした。俺と白沢、桜井と外村のペアとなった。
白沢にボールを渡した。なんだかたどたどしいドリブルを見ていると、ボールが足に当たり転がっていった。
まさか容姿と頭脳に極振りで、他はからっきしだというのか。その二つがあれば十二分だけどさ。
「ぶっ」
「……笑ったわね」
「ち、ちげーよ。笑ったのは外村だ」
「いやいや、あたしは笑ってないですよ!?」
俺と外村を睨みつける白沢は怖かった。
「おらあっ!」
桜井がボールを持ったまま高くジャンプする。そしてそのままダンクを決めた。
「いってー! レイアップにしとけばよかった」
組織との最終決戦からまだ10日ほどしか経っていない。佐藤さんに治療してもらったものの、完全に傷が癒えたわけではない。体が痛むのも当然だ。
「一人だけ180越えとかずりーんだよ」
「桜井君、大人げないわ」
「子供の中に混じって大人が無双して喜んでるようなもんですよねー」
「何この言われよう!?」
このままじゃ悔しい。これを打破するにはオーバークロックしかない。それこそ大人げないが。
しかし集中にはほど遠い。やはり生死がかかった状況でなければオーバークロックなんてできないのか?
「そんな遅いドリブル、取ってくださいって言ってるようなもんだぜ!」
重心を読め、俺ならできるはずだ。緩急をつけ右から左に一気に切り返した。
それにつられバランスを崩した桜井はその場に尻餅をついた。
「アンクルブレイク!?」
「行かせませんよ、纏先輩!」
「お前じゃ止めらんねえよ」
「きゃあっ!?」
ふたたびアンクルブレイクを決め、外村も転んだ。そのままレイアップを決めた。
「すごい纏先輩、こんなの黒子のバスケでしか見たことないですよ!?」
「やってくれるじゃねえか」
ドリブルをする桜井。急激な緩急、これはさっきの俺の動き。今度は俺が尻餅をついた。
「コピーだと!?」
「俺だってそれくらいできんだよ」
「いやーほんと桜井先輩って大人げないですよねー」
やめてやれ外村。桜井がマジで涙目になってるから。
終わってみると俺と白沢のチームの完敗だった。
「ギータのフルスイング!!」
バッティングで、桜井は柳田を彷彿とさせる左の豪快なスイングでホームランを飛ばした。
「いてて……ちょっと張り切りすぎたな。脇腹がいてえ」
「本調子じゃないんだからほどほどにしとけよ。つーかお前右打ちじゃないのか?」
「最近左打ち練習してんだよ。遊びレベルだけどな」
「両打ちのショートストップって、松井稼頭央かよ。福岡の坂本勇人と呼ばれた男が次は松井稼頭央か」
俺と外村はミートはできるが、ヒット性の打球はほぼなし。白沢は一球も当てられず不機嫌になっていた。
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
そう言って桜井が場を離れ、俺は自販機でポカリを買った。
「纏先輩、一口もらってもいいですか?」
外村が俺のポカリを指して言った。
「あ、ああ」
さっきまで俺が飲んでいたポカリを外村が飲むのを見て、心臓の鼓動が速くなってしまう。
「すみません、飲みすぎちゃいました?」
外村は少し頬を赤らめ、申し訳なさそうに笑った。
邪念を捨てろ、黒木纏。俺は返されたペットボトルを開けて口をつけた。
ファースト間接キス。いや、桜井とはしたことあるけどな。男との間接キスなんてノーカンに決まっているだろう。
桜井がこの場にいなくてよかった。
「それ、私にも少しいただけるかしら。小銭を切らしてしまっていてね」
「ええっ!?」
顔を赤くして驚く外村。なんでお前がそんな表情するんだよ。
「で、でも……」
「外村さんにはわけてあげて、私にはわけてくれないと言うの?」
「い、いや。構わないさ」
ペットボトルに白沢の唇が接する。たぶん、今の俺の顔はめちゃくちゃ赤い。
「ありがとう、黒木君」
これはもう間接3Pと言っても過言では……あるが。めっちゃ過言だが。
「纏くーん、両手に花で楽しそうじゃないか、おい」
桜井が邪悪な笑みを浮かべて戻ってきた。
「ぎゃっ般若!?」
だから外村、お前のその一言が桜井を傷つけてんだぞ。
「今度は何にする?」
「ビリヤードやりましょうよ!」
ナインボールをやることになった。今度は俺と外村、桜井と白沢がペアだ。最初の番は白沢。キューを構えるその姿はなかなか様になっている。白沢の胸が台に押し当てられているのに気付いた。私は台になりたい。
だが最初のショット、手球はひし形に並べられた的球に当たらず、そのまま穴に落ちた。
「嘘……だろ……」
「黒木君、私がミスしたのがそんなに面白いのかしら?」
「……すみません」
次は俺の番。快音が響き、3個の的球が穴に入った。
「うまい纏先輩!」
「私のショットを笑うだけのことはあるようね」
「さすがブラドレさん!」
「ブラドレって言うな」
順番が回り、俺が最後の球を入れ、外村とハイタッチした。俺と外村のペアの勝利だ。
桜井はわりとうまかったが、いかんせん白沢が下手すぎた。
そのあとはサッカー、ダーツ、卓球など。こんなに一日中運動したのは久しぶりだ。
特に楽しかったのはポケバイだ。しかしここでも桜井が大人げなく一位をかっさらっていった。
最後には全員へとへとになっていた。
帰りのバスの中。
「俺らのライングループ作ろうよ! 夏休みの間またどっか遊びに行きたいじゃん?」
「いいですね、ぜひ作りましょうよ」
「私、ラインやっていなくて」
「この機に始めましょうよ! それで友だちになりましょう!」
グループに招待され、参加した。『知り合いかも?』の欄に白沢の名前が出ていたので、友だちに追加した。そうだ、俺と白沢は『友だち』だ。
博多駅に着いた。桜井は香椎、白沢は天神だ。二人と別れ、俺と外村は歩いて帰ることにした。
「纏先輩、家まで送ってってくださいよ。なんか最近治安悪いらしいですし」
「ああ、わかったよ」
二人並んで歩く。はたから見れば、恋人同士に見えるのだろうか。
俺も外村も疲れて口数は少なく、ほどなくして外村の住むマンションに着いた。
「ありがとうございました。今日はほんと楽しかったです」
「俺もだよ。それじゃ」
外村は満面の笑顔で手を振った。
桜井には感謝の二文字しかない。今度抹茶ラテおごってやるよ。ミラノサンドも。なんならミルクレープもつけてもいいぞ。
最近治安が悪いらしいと外村は言った。神崎の言葉を、そして組織との戦いを思い出して、罪悪感が俺を襲った。
……なんで俺はふつうに楽しんでいる。
ガブリエル、金田、神崎。やつらは死ぬべき人間だった。これは間違いない。だがそれでも、人間だったんだ。
忘れようとしても、忘れられるはずもない。俺はこの気持ちを心の片隅にしまって生きていくんだ。




