今生の別れとならないように
ガブリエルの教会での出来事から6日間が経ち、金曜日となった。とうとう明日は決戦の日。
昼休み、購買で外村と会った。もちろん桜井も一緒だ。
「そ、外村さん。……今日は俺たちと一緒に昼飯食わない?」
桜井が初めて外村を昼食に誘った。外村のこととなると異常に奥手になるこいつが。顔には汗をかき目は泳ぎ、体はぷるぷると震えている。
桜井のこんな表情を見るのはかなり珍しい。
「ぜひぜひ! 行きましょう」
その言葉に桜井も俺も胸を撫で下ろした。外村と話すのも今日で最後になるかもしれない。それで桜井は一世一代の勇気を出して誘ったのだ。
三人でいつもの屋上に向かった。真ん中に外村、その右に俺、左に桜井。両手に美男子。いやいや、冗談だぞ。
「外村さん、俺と纏が……いきなり遠いところに行ったらどう思う?」
もちろんそれは俺と桜井が死んでしまったら――その隠喩。だがそんなことを言われても外村は何もわからないだろうに。
「え、お二人どっか行っちゃうんですか? 男二人で海外旅行とか? なーんかやらしい感じ」
「い、いや、どこも行かないけどね?」
「……でもいきなりどっかに行っちゃったら、そりゃ寂しいですよ」
「そ、そっか」
そのまま桜井は黙りこくってしまった。そしてリプトンのミルクティーを飲み始めた。おいおい。
「あ、あの外村さん! 外村さんって、その、か、かれ……。いやなんでもない」
「ええっ、途中で言うのやめないでくださいよ」
「……外村、たぶんこいつはお前に彼氏がいるかどうか聞きたいんだと思うぞ」
にやにやと笑う俺を見て、桜井はこの野郎とでも言いたげだった。
「えっ彼氏!? いないですよそんなの! てゆーかお恥ずかしい話、今までできたことないですし……」
……彼氏できたことない? おいそれと信じられないぞ。
「へえ……意外だね。俺と同じじゃん」
「えーそれこそ意外ですよ!」
桜井は嬉しいとも恥ずかしいとも言いがたいような表情をしていた。
「纏先輩こそどうなんですか!? なんかにやにやしてますけど!」
「俺に彼女なんているわけないだろ」
「ですよねー」
「てめっ」
「じょっ冗談ですよ! でも纏先輩って孤高の存在じゃないですか、闇の貴公子というか! だから……彼女いないほうがかっこいいってことですよ!」
外村は顔を赤くしながら必死に力説した。それは褒め言葉なのか? 褒められてるかけなされてるかよくわからんが、ここは素直に喜んでおくとしよう。
昼飯を食べ終わって屋上をあとにした。
「じゃあな、外村」
「はい、またお昼ご一緒させてください!」
この言葉が最後になるかもしれない。そんなことはつゆ知らず、外村は笑顔で手を振った。俺は最大限の笑顔で返した。
授業が終わり、放課後。俺と桜井は島本さんに呼び止められた。
「今日の夜、作戦会議をやるぞ」
「わかりました。場所は佐藤さんの家ですか?」
「いや、俺の家だ」
「へー島本さんの家。楽しみです」
「佐藤の家と比べたら天と地の差だけどな」
「でしょうね」
「うるせえよ」
島本さんは俺の頭をぐりぐりと撫でた。
島本さんが教室を出た後に俺の前に現れたのは、高橋。
「……黒木。お前、最近何やってんだ? 桜井や島本先生と。あの夜も……」
ミルクティーのときも直接話はしなかったから、話すのは本当に久しぶりだ。
「お前には関係ねえよ。……いや、違うな。お前に説明できるようなことじゃない」
「そうか、わかったよ」
高橋は少し考えたあと、かすかに笑った。
「……気を付けろよ」
「……ああ」
高橋と話し終わり、俺は帰ろうとする白沢を呼び止めた。
「明日、組織の総本山に行って戦うんだ」
「あなたのお父さんの仇を取るための戦い。それに終止符を打つのね」
「ああ、もしかしたらここで死ぬかもしれない」
「……ちょっと失礼」
白沢はそう言って、俺の右目を隠す前髪を払った。
「なっ……白沢……」
顔が近い。それはまるで恋人たちがキスをする直前のような。鼓動が高まってしまうのを感じる。その人形のように整った顔は普段とはかすかに違う、真剣な表情だった。
俺の前髪を払いのけたのは、俺の両目を見据えるためだと気付いた。
「黒木君。絶対に生きて帰る。そう約束して」
「……わかったよ、約束する」
白沢は優しく微笑んだ。俺が白沢に惹かれたのは、そのルックス、そして周りとなれ合わないところにシンパシーを感じただけなのかもしれない。だけど本当は、優しい普通の女の子なんだ。だから俺はこの子が好きなんだとあらためて思った。
「外村さんのためにも死んではだめよ」
「なんで外村。あ、そういや先週本当にスタバ行ったのか?」
「ええ、ふだん喫茶店って行かないのだけれど。いいところね」
「どんなこと話したんだ?」
「それは秘密よ。でもあの子、黒木君のことをずいぶん慕っているようだから」
そうだ、外村は俺の身に何かあれば泣くと言った。俺はあの子を泣かせたりなんかしない。
「帰りましょう、黒木君」
「……いや、ちょっと残っていたいんだ。この教室に」
「あなたもセンチメンタルな気分になりたいときがあるのね」
「俺をなんだと思ってる」
「それじゃまた来週会いましょう。さよなら」
「さよなら、白沢」
白沢はかすかに笑みを浮かべて手を振った。俺も手を振って見送った。
白沢が帰り、俺は誰もいなくなった教室に一人残った。
少し前まで、俺は学校に来るのが本当に嫌だった。友達はできず、授業にはついていけず。ただ家と学校の往復、その繰り返しだった。だけど外村、桜井、白沢。みんなのおかげで、ちょっとは学校が楽しくなったよ。
だから、死んでしまったらみんなに会えなくなる。それは少し寂しい。でも俺は戦わなくちゃならない。自分で決めたことだから。
電気が消えた教室はまだ明るかった。黄昏るにはもっと暗くなっててほしかったんだけどな。
学校を出て、父さんが入院している病院に向かった。
目をつぶり横になっている父さんの表情は、あの日と変わらず厳しさはない。
少しして医者が来た。医者によると、様態は安定しているとのこと。安定してたって目を覚まさなかったら意味ないだろ。
金田のせいで父さんはこんな、生きているか死んでいるかもわからない状態になってしまった。それは死ぬよりも辛いかもしれない。
父さんの姿を見て、金田の表情、高笑い、そして父さんの胸を撃ち抜く九六式自動拳銃を思い出した。
そして、金田への憎しみが沸き上がってくる。
待っていてくれ、父さん。金田は俺が絶対に殺すから。そして首謀者、神崎を殺して組織を潰すから。




