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デリバリーガール

「『千賀のフォーク』と『洗顔フォーム』ってめっちゃ似てね?」

「どうでもいいよ。……いや似てるけどさ」


 午後11時、今俺と桜井は公園にいる。ベンチに座り二人でずっととりとめのない話をしている。


「で、桜井。いつ外村に告白するんだ?」

「待てよ! まだ俺と外村さんは知り合って3か月。デートなんてしたこともない。まだ機は熟してない!」

「そんなこと言ってると、他の男に取られちまうぞ。外村はモテるんだから」

「わ、わかってるよ。でも纏はどうなんだ? 人に告白しろって言う前にさ」

「俺に告白するような女子なんていねえよ」


 桜井はわりと鈍感だ。白沢への思いを悟られているはずがない。


「纏、お前白沢さんのこと好きだろ」

「な、なんでそれを……!?」

「わかるさ。纏が女子にあいさつするなんて普通じゃ考えられないからな」


 この野郎、見てやがったのか。


「それを見られてたのならば仕方ない。ああ、俺は白沢ゆりが好きだよ」

「黒木纏も人の子……いや、おっぱい星人の子だということだな」

「俺はおっぱい星人でもおっぱい星人の子でもない」


 なぜ俺たちが7月とはいえ夜の公園でずっとくだらない話をしているのか。それは組織のやつを見つけるため。もちろん九六式は持ってきている。


「纏、お前ヘアピンつけてデコ出してると結構かわいいな」

「気持ち悪いこと言うんじゃねえよ」


 俺はこの赤いヘアピンを、白沢が前髪につけているところを見てみたい。一度見てみたいだけだ。


 戦いに備えるため九六式を取り出し、安全装置と残弾数を確認した。


「それがうわさの九六式自動拳銃か。この前はちゃんと見てなかったけど、やっぱり、なんだかまがまがしいな」


 まがまがしい。俺はその言葉を聞いて、初めてその感想を抱いた。

 九六式自動拳銃。佐藤さんによれば、作られたのは1936年だ。その名前をネットで検索しても、何も情報は得られなかった。

 第二次世界大戦中に作られたこの銃は、現在に至るまでにすべての記録が紛失したのか? それとも意図的に歴史から抹消されたのか?

 こいつはこれまでどれだけの人間を殺してきたのだろう。


「おい纏、あいつなんか怪しくねえか」


 桜井の視線の先にはタンクトップを着た筋肉質の、短髪の男の姿があった。見た目だけで怪しいなんて言うのは失礼だが、その男は何やらきょろきょろ辺りを見回している。うん、怪しい。

 その男が俺たちのほうを向き、こちらに向かって歩きはじめた。逆にこっちが怪しまれてる?


「やべえよ。やっぱ組織だよ」

「やったな桜井。早速組織をぶちのめすチャンスじゃねえか」

「いざ実際に戦うとなるとこええな……」


 話しているうちに、組織の男が目の前に来た。いや、まだ推測だが。

 近くで見るとまさに筋骨隆々、ものすごい筋肉だ。タンクトップ越しに分厚い胸筋と腹筋がよくわかる。身長は170cmそこそこ。だが筋肉量はボディビルダー顔負けと言っても過言ではないほどだ。


「黒木纏と……お前誰だ」


 いきなり断定してきた。そして誰呼ばわりされた桜井が不憫だ。


「お前誰だなんて言う前に、まず自分の名前を名乗ったらどうですか?」


 なんで得意げな顔で俺の真似してんだよ。


「ふん、お前らは今日ここで死ぬ身。あまりにかわいそうだから特別に教えてやろう。俺は大森武史(たけし)という者だ」

「大森ね、覚えた。俺は桜井優人だ」

「別にてめーと仲良くする気はねーんだよ!!」


 大森と名乗る男は桜井の顔面をいきなり殴りつけた。桜井の体は吹っ飛び生け垣に突っ込んだ。


「あークソガキをいじめるのはやっぱ気持ちいいねえ!?」


 強い。パワーでいえば島本さんをも超えている。金田や米沢よりはるかに強い。まさか、大和と同格とでもいうのか。


「……ってーな。やっぱ甘くねえな」


 桜井はすぐに立ち上がり、ペッと血を吐き出した。


「だが、俺もそれほど甘くねえぞ」


 桜井は連続中段突きを繰り出す。大森に反撃の暇も与えないほどに。

 島本さんと戦ったときより技のキレが増してる。こいつ、どんな成長スピードなんだ。


「あーかゆいかゆい。あくびが出ちまうぜ」


 この攻撃を受けて、まったく効いていないというのか。どんな筋肉をしてやがる。

 だが。


「俺を忘れてもらっちゃ困るぜ」


 俺は大森に九六式の銃口を向けた。いや、向けようとした。

 向ける前に大森は手を振りかざしこっちに突進してきた。

 速い。


「銃なんてのはな、撃たせなきゃいい話なんだよ!」


 向かってくる大森に引き金が引けない。撃てばいいのに撃てない。尋常じゃない威圧感だ。

 撃たせなきゃいいって、こういうことか!?

 九六式を奪われたらすべてが終わる。こいつだけは絶対に渡せない。

 俺は大森に対して体を横に向け、左肩で大森の攻撃を受けた。俺の体は地面に叩きつけられた。


「桜井!!」

「てめーの相手はこの俺だっ!!」


 俺の声に押されて、桜井は筋肉野郎にドロップキックをかました。その蹴りは大森の背中にぶち当たった。


「ちょろちょろうぜーんだよクソガキがぁ!」


 俺はかすかにバランスを崩した大森に向けて、地面に尻をついたまま九六式で撃った。

 その銃弾は大森の胴体に直撃した。


「やったか!?」

「……やったもクソもねーんだよ。そんな非力な.32ACPじゃあな」


 大森は銃弾を受けたことなど意にも介さず仁王立ちしていた。こいつ、本当に人間かよ。


「てめーらの底は見えた。そろそろ本気でぶち殺させてもらうぞ!!」


 再びこちらに突進してくる大森。

 避ける。この一回だけは。

 大森が右腕を振りかざす瞬間、俺は左に飛んだ。


「慣性の法則って、学校で習っただろ」


 右腕は空中をつかみ、俺を通り越したあとも止まらない大森に向けて引き金を引いた。


「ぐあああっ!?」


 放たれた銃弾は大森の背中を貫いた。当たりどころがよかったみたいだな。

 だがその瞬間。


「纏ぃぃ!!」


 桜井の声が届く前に俺の体に電撃が走った。文字通りの。


「大和!?」


 倒れそうになる体をなんとか起こしたまま顔を右に向けると、そこには金髪にスーツの長身の男が立っていた。大和光流。

 大森だけでも苦戦してたってのに、大和まで来たら勝ち目がねえ。


「なんてザマだよ、大森」

「や、大和さん!? 申し訳ございません、こんなクソガキごとき相手にご助力いただきまして!」

「大森、神崎様からの緊急指令だ。そいつらはほっといてさっさと行くぞ」


 さっさと行くぞ、と言うわりには大和はタバコをのんきに吸っている。くそ、撃ちたいのに体に力が入らねえ。


「神崎様から!? わ、わかりました」

「神崎だかなんだか知らねーが、ただで帰すと……」


 食い下がる桜井に大和はタバコをふかしながらライトニングガンを撃ち、動きの止まった桜井の喉元に左手でナイフを突きつけた。


「お前らなんざいつでも殺せる。ただ死体を片付ける時間が今はないだけだ」


 大和は桜井に前蹴りをかまし、桜井の体は地面に叩きつけられる。体を起こせない俺と桜井を尻目に、大和と大森は去っていった。


「……あー怖かった。ナイフを向けられるなんて、当たり前だけど生まれて初めてだぞ」

「ライトニングガンはスタンガンのように殺傷能力はない。……だが、動きを止められてしまえばナイフで簡単に殺されちまうってことか」

「ちくしょう、大和の野郎。俺たちのことなんてなんとも思ってないみたいに言いやがって」

「大森は強い。だが大和はやはり別格だ」


 だけど島本さんと桜井と力を合わせ、俺ももっと強くなる。そしてあのホスト野郎を倒してやる。


「『神崎様』からの緊急指令か。大層なご身分なんだろうな」

「神崎にたどり着くためには、金田も大森も大和もぶっ倒さなきゃならねえ」


 まだ電車がぎりぎり動いている時間なので、俺は家へ、桜井は駅へ帰りはじめた。




 家に帰り玄関のドアを閉めた瞬間、俺は床に座り込んだ。

 痛い。体中が痛い。大森のタックルと大和のライトニングガンで負ったダメージが、今冷静になってから襲ってきた。


 戦うと決めたのは俺自身だ。だがこんなのはあまりにも辛すぎる。

 ……誰か、誰か助けてくれ。

 俺は携帯のロックを解除しラインを開いていた。俺の『友だち』は桜井、外村、そして松田さんの3人だけだ。


『いたいたすけて』


 俺はその7文字だけを外村に送った。

 送って少し後悔した。そして自問自答した。なぜ外村に助けを求めたのか。付き合ってもいない女子にこんなラインを送るなんて。

 だが、1分もしないうちに返信が来た。


『大丈夫ですか!?』

『きて』

『わかりました、すぐ行きます』


 10分後くらいにまた携帯が鳴った。


『着きましたよ』

『親いないから呼び鈴ならして』


 オートロックを解除してしばらくすると、チャイムの音が聞こえた。

 ドアを開けるとコンビニ袋を持った外村が立っていた。服装は赤いパーカーにベージュのミニスカート、靴は赤いワンスター。


「大丈夫ですかっ!? 纏先輩!」


 外村はしゃがんで心配そうな顔で、また床にうずくまる俺にたずねた。


「うん、まあ……あんまり大丈夫じゃないかな」

「何があったんです!?」

「ちょっとな」

「どこが痛いんですか」

「背中と、ここと、ここらへん」


 俺は適当に自分の体を指さしながら言った。


「救急箱とかあります? ちょっと借りていいですか?」

「ああ、洗面台のとこにある」


 救急箱を持ってきた外村と俺の部屋に行った。外村に肩を借りながら。


「ちょっと腰かけてもらっていいですか」


 俺は言われるがままにベッドに座った。


「じゃ、上脱いでください」

「え?」

「湿布貼らなきゃ。痛くて脱げないならあたし脱がしちゃいますよ」


 そういうことかよ。ちょっと勃起しかけたじゃねえか。


「大丈夫、大丈夫だ。自分で脱げる」


 パーカーとTシャツを脱ぎ、俺は上半身裸になった。


「ほんと細いですねー」


 俺の隣に座った外村は俺の腰のあたりを撫でた。やめろ、反応しそうになる。

 俺は痛むところを指さし、外村に湿布を貼ってもらった。


「何があったんですか。この前は桜井先輩が怪我したっていうし、今度は纏先輩が怪我するなんて」


 白沢にも桜井にも知られてしまった。だけど本当は知られるべきじゃなかったんだ。もし俺の大事な人に危害が加われば、俺は後悔してもしきれるもんじゃない。


「……ごめん、それは言えない。君を巻き込みたくないんだ」

「わかりました。でも無茶しないでくださいね。纏先輩の身に何かあったら、あたしは……」


 外村は少し口をつぐませ、俺の目を正面から見据えてまた口を開く。


「泣いちゃいますから」


 そう言った外村は、すでに少し目が潤んでいた。


「大丈夫だよ、俺は」


 ヘアピンで右目を出しているから、普段と違って両目で見つめ合う。

 そして少しの沈黙ののち。


「ありがとう、外村」

「どういたしまして」


 外村は優しく微笑みながら答えた。


「纏先輩の部屋、初めてですね」


 そう言って外村は部屋を見回した。片付けてはいるが、少し気恥ずかしいものがある。

 俺の部屋に女子が入るなんて今回が初めてだ。部屋にあげるなんて彼女くらいなものかと思っていた。けれども俺と外村は『友だち』だ。


「そうだ、こんなときになんなんですけど。時雨のCD貸してくださいよ」


 ちょっと前外村にどんな音楽が好きなのか聞かれて、凛として時雨と答えていた。


「わかった。んじゃ今回は『still a Sigure virgin?』で」

「このアルバムで好きな曲とかあるんですか?」

「んー、『I was music』とかかな」

「覚えときます! てゆーか、このサブスクの時代にCDなんですねー」

「サブスクに毎月1000円払うお金ねーからな。1000円あったら桜井とドトール3回行くよ」


 冷静に考えると桜井とドトール3回行くより、Spotifyに課金した方がいいような気がしてきた。

 俺はCDを外村に手渡した。

 Are you still a virgin?


「ありがとうございます! 今度カラオケ行きましょうよ! 『Telecastic fake show』とか歌ってください!」

「無茶言うなよ。俺があんな声出せるわけないだろ」

「纏先輩ならいけますって!」


 外村は笑顔でウインクした。君にそう言われると、俺もTKのハイトーンボイスを出せるんじゃないかと思えてきた。




 気が付くと、もう朝だった。机の上にはいろはす、inゼリー、カロリーメイト、あとロキソニンが置いてあった。俺は風邪っぴきか。まあ体中が痛いと食欲も起きないので正しいのだが。

 あと置き手紙が。


『纏せんぱい

 島本先生には言っておくので、今日はゆっくり休んでくださいね

 時雨のCDありがとうございました

 ぜったいカラオケ行きましょうね!


 あかね

 P.S. 冷蔵庫にポカリ入れときました』


 いい子だ。

 もし君が恋人だったら、毎日が楽しいだろう。誰にだって自慢できるだろうな。そんなありえない状況に思いを馳はせる。


 ごめん、桜井。俺はお前を応援する資格がないのかもしれない。

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