桜井のバカ野郎
昼休み、俺は購買にパンを買いに来た。昨日と同じく桜井はいない。いない理由は違うけど。
「纏先輩こんにちは!」
桜井がいないのなら、俺に対してこんな元気よく挨拶してくるやつは一人しかいない。外村だ。
「……おう」
そんな挨拶に俺は気のない返事しかできなかった。
「まだ体調悪いんですか?」
「いや、俺は大丈夫だよ」
「『俺は』?」
こいつ、割と鋭いな。
「桜井が怪我を負った」
「怪我!? どうしたんですか?」
「あいつは、俺のせいで怪我を……」
それを聞いて、外村は重い表情でこちらを見た。
「いや、待て待て。別に命に関わったり後遺症が残ったりするような怪我じゃないぞ。明日には元気に学校来てるよ」
「いやだって、纏先輩が深刻そうな顔で深刻そうに言うから……」
「悪かったよ。大丈夫、大丈夫だから、桜井も俺も」
俺は無理矢理笑顔を作りながら言った。
「ぶっ! なんですかその顔!」
俺の顔を見て外村は思い切り笑いだした。このアマ。
「人の顔を見て笑うとは失礼極まりないぞ」
「だって、纏先輩の作り笑顔めっちゃ下手ですもん!」
「うるせーな。俺は表情筋が弱いんだよ」
「それなら、これからあたしと鍛えていきましょう!」
「お前は俺のなんなんだよ」
外村の心からの笑顔を見て、俺もさっきよりまともに笑えた気がする。
俺は君の笑顔に少し救われた。
帰りのホームルームが終わったあと、白沢と目が合った。
「……黒木君、なんだか朝より元気になったみたい」
白沢にも元気ないと思われてたのか。どんな顔してたんだ俺。
「ああ、桜井を戦いに巻き込んでしまった。それをずっと気にしてたんだ」
「あなたと私だけの秘密だと言ったでしょう」
「それは、桜井が勝手に! ……いや、あいつは悪くない」
「それを気に病んでいたのね」
「でも外村……後輩と話して少し気分が戻ったかな」
「その子って、茶髪のかわいらしい女の子かしら」
『かわいらしい女の子』って。一つ違いの後輩に言う言葉なのか。
「たぶん合ってる。知ってたのか」
「黒木君と話しているところ、よく見かけるから」
他人になんて興味ないものだと思っていた。
「それじゃ、私は帰るわ」
「ああ、またな」
白沢は教室を出て帰っていった。……よし、今日も話せた。
そうだ、島本さんと一緒に桜井の見舞いに行こう。俺は職員室に行き島本さんに話しかけた。
「島本さん、今から一緒に桜井の見舞いに行きませんか」
「すまん。ちょっと仕事があってな」
「そうですか、わかりました」
仕事なら仕方ない。俺は佐藤さんに電話をかけ、今から向かうと伝えた。
一人で佐藤さんのマンションまで来た。佐藤さんのマンションに来たのはもちろん昨日が初めてだが、場所は繁華街からさほど遠くない場所なので覚えていた。
オートロックを開けてもらい佐藤さんの部屋に入った。
「いらっしゃい」
「お邪魔します。あの、桜井は」
「桜井君、もう目を覚ましてるよ。君と話したがっていた」
よかった。俺も桜井と話したい。謝りたい。
部屋に入ると、ソファーに腰をかけた桜井がいた。
「纏……!」
「桜井、すまない……俺のせいだ、全部」
「いや、俺が弱かったせいだ。大和にここまで完膚なきまでにやられたのは」
「桜井君にはこれまでの事情を話したよ。もちろん島本の了承をとってな」
「俺も一緒に戦わせてくれ、纏。俺は組織を許せないんだ」
待て。なんでお前が戦おうとするんだ。
「この戦いは俺の……父さんの仇を取るための戦いなんだ。関係ないお前を危険な目には合わせられない」
「確かに俺には関係ないのかもしれない、直接的には。だけど俺は悪を許さない。纏のお父さんを襲い、纏を傷つけた組織を許すわけにはいかない」
ここまで正義感が強かったのか、桜井は。だがこいつを戦わせるわけにはいかない。
「これは遊びじゃない、死ぬかもしれないんだぞ。俺は父さんが撃たれたからこそ、その覚悟があるんだ!」
「覚悟がなきゃ戦っちゃいけないのか?」
「当たり前だろ! バカ野郎!」
一呼吸おき、桜井は目を伏せる。
「……俺の妹は中学でいじめられてた。本当にクズとしか言えないやつらがこの世にははびこってる。俺はそんなやつらを許さない」
「それがなんの関係があるんだよ」
「大切な友達を傷つけるやつも俺は許さない。同じことさ」
その言葉を聞いて、正直俺は嬉しかった。俺のために一緒に戦ってくれるなんて。でもそれを認めるわけには。
「ならお前は妹のために死んじゃだめだろう!」
「いいんだよ俺は死んでも。俺はあいつの救いにはなれなかった。だから俺はお前を救うためにこの命を使いたい」
桜井は薄ら笑いを浮かべた。
俺とお前は友達になって3か月もたってないんだぞ? 俺は桜井を完璧な人間だと思っていた。だがこいつは――少しおかしい。
「ちょっと待てよ」
それは島本さんの声だった。
「桜井、お前の戦う意志も、本当はちょっとネジが外れてることもわかった。だがそれだけで戦えるほど組織は甘くはねえ」
「島本さん! だけど俺は!」
「桜井、組織と戦いたかったら俺を倒してみろ」
「倒す?」
「もう体治ってんだろ? 明日部活のあとに空手で一戦交えようじゃねえか。それでお前の力を証明してみろ」
「わかりました。絶対に勝ちます」
無茶だ。島本さんがどれほどの強さなのかは知らない。だが185cmほどの身長と100kgはありそうなガタイからして、格闘技の心得はあるのだろう。桜井も身長は同じくらいだが、体重が30kgは違う。
そしてこれまで組織と戦ってきたんだろう。いくら桜井でも勝てるはずがない。