佐藤さんと.32ACP
車で10分ほど走りマンションに着いた。エントランスからして高級そうなマンションだ。島本さんはインターホンで部屋の番号を押した。
「おーい、俺だ。開けてくれ」
島本さんがそう言うとすぐにオートロックが開いた。
「大丈夫か、黒木。汗でびっしょりだぞ」
エレベーターの中で桜井を肩に乗せた島本さんが心配そうに言った。自分の顔に手をやると、ものすごい量の汗をかいていた。
……大和光流。島本さんが来てくれなければ、俺はやつに桜井ともども殺されていた。
部屋の前に行き島本さんはチャイムを鳴らした。するとすぐにドアが開いた。
「おお、島本」
「すまねえな、夜分遅くに」
島本さんは桜井を肩に抱えたまま部屋に入った。
「あの、失礼します」
「どうぞ。君が黒木纏君か。島本から話はよく聞いているよ」
「おーい佐藤! こっちが先だっての」
「ああ、すまない」
佐藤と呼ばれた眼鏡をかけた男性は、端正な顔立ちで落ち着きがあり、まさにエリートといった風貌だった。身長は桜井と同じくらい、180cm以上はありそうだ。20代後半から30代前半か、島本さんより若そうに見える。だが島本さんと同い年の37歳だとしても不思議ではない、そんな貫禄があった。
部屋の中を見渡すと、まず大きなテレビが目を引く。そして家具のひとつひとつが高級そうだ。整然とした部屋、言い方を変えればモデルルームのように生活感のない部屋だった。
島本さんに急かされた佐藤さんは桜井をソファーに寝かせ、すぐに様子を診はじめた。そして慣れたふうに心臓の鼓動と脈拍を確かめた。
「佐藤はこう見えて東大医学部出てるからな! いや、こう見えてってそう見えるか?」
「医者としての腕に大学は関係ないだろう?」
そうは言っても東大医学部は凄いな。白沢の目指しているところじゃないか。やっぱりそういう人間は遺伝とか家庭環境からして違うんだろう。俺も九大法学部出の父さんの血を受け継いでるから地頭は悪くないはずなんだが。
「桜井君だったか? 大丈夫、ただ意識を失ってるだけだ。そのうち目を覚ますだろう」
「よかった……」
「そういえば黒木、なんで桜井がお前と一緒に戦ってたんだ」
「桜井が俺の家に来てたんですよ。それで運悪く組織の金髪の男、大和光流と出くわして」
「そうか。戦いに巻き込んでしまった以上、桜井には事情を話しといたほうがいいだろうな。だが桜井は組織と戦うべきじゃない」
島本さんはそう言ってタバコに火をつけた。
「そうですね。桜井は俺と組織との戦いに関係ない。またこんなことになったら……」
今回はなんとか命拾いできた。だが次はその保証はない。
「黒木君。あらためて、私は佐藤祐一という者だ。島本とともに組織を追っている。よろしく頼むよ」
「僕は黒木纏です。よろしくお願いします」
「島本から聞いたが、丸腰から相手の銃を奪ったそうじゃないか」
「いえ、たまたまうまくいっただけですよ。……それに大和には歯も立たなかった。一発も弾を当てられずに」
「その大和という男、どんな戦い方をしていたのかい」
「やつは常にタバコを吸って余裕をかまして、でもこっちの攻撃は全てよけられて。それでライトニングガンという電撃を放つ銃で桜井が撃たれて……」
「電撃を放つ? テーザー銃――ワイヤー式のスタンガンではなく?」
テーザー銃はワイヤーが付いた電極を発射し、それを介して電流を流すスタンガンだ。日本では使われていないが、アメリカなんかじゃ警察で採用されている。
「そうです。まさしく雷でした」
「空気は絶縁体だ、普通は空中に電流は流れない。テスラコイルという高周波、高電圧で空中放電を発生させる機器はあるが、人体に影響を与えることはできない。人体に影響を与えられるとすればそれこそ雷くらいのものだ。オーパーツと言うほかない」
まるでSF映画かゲームだ。組織はどこでこんなものを手に入れたんだ。
「だが君の九六式自動拳銃も、ライトニングガンと同じほどのオーパーツだと思うがね」
俺は九六式を取り出し佐藤さんに見せた。
「こいつは本当にプシュンっていう、例えるならば炭酸のペットボトルを開けるような音。その程度の発砲音しかしないんですよ。九六式の元々の持ち主、組織の金田って男が完全犯罪も余裕って言ってましたけど、本当にそうだと思います」
「一般的なサプレッサーでは銃声をそこまで小さくすることは不可能だ。そして九六式という名前を信じれば、作られたのは皇紀2596年、つまり西暦1936年」
1936年に作られたっていうのか、この銃が。現代でもいまだに銃声をほぼ完全に消すサプレッサーなんてないのに。
「ちょっと見せてくれないか、その銃を」
安全装置を確認して九六式を佐藤さんに手渡した。佐藤さんは弾倉を外し九六式を色々な角度から見た。
「これはおそらく.32ACP弾だな」
.32ACP弾。グロックで使用する、現在主流の9mmパラベラム弾と比べれば威力は低い弾だ。だが急所に当てれば人を殺すには十分な威力はある。
「そういえば、もう弾がなくなっちゃったんですよ」
「佐藤。.32ACPなら」
「もちろん」
佐藤さんは棚の引き出しから紙袋を取り出し、その中から出した銃弾を弾倉に詰め九六式に再びセットした。そして佐藤さんから九六式と紙袋を受け取った。
「なくなったらまた私に言うといい」
「あ、ありがとうございます」
だが普通に部屋に銃弾があるなんて。何者なんだ、佐藤さん。
「しかしライトニングガンと九六式自動拳銃、それよりも凄いのは黒木纏君、君だ」
「いや僕は、そんな……!」
「謙遜することはない。君には確かに才能があるようだ。そして相当の実力者であろう大和という男と戦っても、相手から攻撃は受けなかったんだろう? すぐに島本よりも強くなるさ」
「言ってくれるな、佐藤! まあ俺も黒木に相当な才能があることはわかってるよ」
「……ありがとうございます」
お世辞ではないであろう賞賛の言葉を俺は素直に受けとめた。だが大和の強さは段違いだった。やつに勝てるのか、俺は。
「あの、ひとつ気になることが。神崎って知ってますか? 大和が九六式を奪い返しに来たのは、神崎様の直々の命だって言ってて」
「神崎!?」
急に島本さんの顔色が変わった。
「神崎……組織のボスだ」
佐藤さんは白地に青の箱のタバコ、パーラメントに火をつけ神妙な面持ちとなった。
「俺たちが最終的に倒すべき相手だってことだ」
神崎が組織のボス。警察襲撃の首謀者、すべての元凶だというのか。倒さなきゃならない、父さんのために。そして神崎にたどり着くためには金田、米沢、そして大和を倒さなきゃならない。
「じゃそろそろ行くか、黒木。佐藤、桜井のことは頼んだ」
「今夜は寝ずに看病するさ」
小さく笑みを浮かべながら、佐藤さんは答えた。
「そうだ、黒木君、携帯番号を交換しよう。島本を介さずとも弾を渡せるようにね」
「ぜひお願いします」
先日の松田さんのときと同じように、佐藤さんと電話番号を交換した。
「それじゃ失礼します。お世話になりました」
佐藤さんのマンションを後にし、島本さんの車で家まで送ってもらった。
家に帰ってきて、俺はすぐベッドに横になった。
ちくしょう、桜井を巻き込んでしまった。これは俺の戦いで、桜井には関係ないのに。
桜井の意識が戻っても、もう俺に関わるなと言おう。また今日のように戦いに巻き込んでしまうかもしれない。
それに、あいつにこっちの世界は似合わない。まっとうに生きていくべき人間なんだ。
だが、あのホスト野郎、大和光流。あいつと戦うには、どんなスポーツでもこなす運動神経を持つ桜井の力を借りたいことも確かだ。
銃口の動きを読んで弾を避け、ライトニングガンという飛び道具まである。
……怖い。また大和が九六式を奪い返しに来るかもしれない。もう夜中に一人でコンビニなんて行けないじゃないか。